31.令嬢は提案する
仕方なく、わたくしとクアラは二人から冊子を受け取って、詳しく内容を読んでみることにした。
「王都水路の水質調査実験について」と書かれた表紙から真ん中くらいまでは、実によく練られた計画書だった。王都を走る水路を水源単位で分類をし、その末端部分をさらにいくつかのグループに分ける。
その上で、どの地点から水を採取すべきかというポイントを割り出し、結果を得るまでの簡単なスケジュールまで記されていた。今回は規模が規模だけに、ルナエ邸のわたくしの設備を使うのではなく、王宮の設備を使うため同時進行で複数調査できるらしい。
(前回魔力版で細かく調査したから、今回は属性検査紙である程度絞り込んでもいい)
ドクトリア運河の水は、属性検査紙で複数属性がある可能性を得てから魔力抽出機で魔力版を製造した。
その実例があるので、完全に単一属性――水属性――だけだと判断できた水は細かく検査をする必要がない。
(……問題は、全ての水源で土属性が見られた場合)
その場合、ある程度件数が重なったからこちらも属性検査紙だけで済ませていいかというと、そうではない。どの程度の濃度分類なのか調べる必要があるし、それによって、土属性が混入したポイントを絞り込める可能性がある。
となれば、最終的に採取した全ての水の魔力版を製造することになるだろう。
ただ、採取にこれだけの時間をかけてしまうのであれば、すべての水の調査を終えるのにどれくらいかかるのか考えて、わたくしは思わずため息を吐いた。
「アリア、大丈夫?」
「ん? ああ、大丈夫。気が遠くなるほど大量の実験が待ってるなって、ワクワクしてたところ」
まあ、元々わたくしは実験が大好きで、研究が大好きなのだ。この調査自体、嫌うものでは全くない。
(ただ、効率は、確かに悪い)
ふむ、と考える。
実は、人手不足を解消する最も効果的かつ、正確な方法をわたくしは一つ知っている。
ただそれが、常人に言って理解されるものとも思っていなかった。
「……つかぬことを聞くが。皆の契約精霊って、どんな精霊か聞いてもいいか?」
とはいえ背に腹は代えられないのも事実だった。このままでは一生実験に取り掛かれない。
各家の使用人を使えればいいのだが、家の使用人を使ってしまったら家門を巻き込むことになる。それでは、エリオットがわたくしとクアラに直接依頼をしてきた意味がなくなってしまう。
クアラが戸惑ったようにわたくしを見つめた。
「アリアたちなら、良いけど……理由を知りたいわ」
「そうだな。なんで急にそんなことを?」
やや硬くなったクアラの調子に合わせて、フレディが少し強張らせた顔でわたくしを見つめた。わたくしではなく他の令嬢が聞いたなら、きっともっと恐ろしい顔で睨みつけ、魔法の構えでもとったかもしれない。
その人が契約している精霊を尋ねることは、基本的にはマナー違反だとされている。
貴族は魔力を持ち精霊と契約していることが多いので、当然、使える魔力の強さが権威に直結する風潮がある。
しかしながら、人に得手不得手があるように、精霊に好き嫌いがあるように、魔力はあれど全く精霊と契約できない貴族や、魔力自体を殆ど持たない貴族も少なくなかった。
貴族だけならそこまで「マナー違反」にはならなかったものの、百年ほど前に、続けて「魔力を持たない王族」が生まれた年があった。
幸いなことに、直系筋だがいずれも嫡子ではなく、魔力がないことはそれほど大きなハンディとならなかった。当時平和な時代であったこともあり、件の王族らは魔法以外の分野で活躍の場を広げた。
彼らは自ら魔力を持っていないことを隠さず、公言していたため――周囲の貴族たちは、自然と魔力に関する話……魔法や、精霊契約について、を、話さないようになっていったのだ。
魔力に関する話を聞くことは、彼らにとって苦痛ではないか? と勝手に忖度したのである。なお、当時の王女の手記を見れば、「魔力を持たない王族」たちが本当に全くそのことを気にしておらず、「魔法なんて面白いものの話、沢山聞きたいのに、皆遠慮しちゃって全然話してくれないんだから」と愚痴っているのを知ることが出来る。
閑話休題。
つまるところ、そうした経緯があって、貴族たちは自分の魔力についてひけらかすことは「マナー違反だ」と捉えるようになった。
その内、契約している精霊同士で魔法の相性があったり、得意な属性に違いがあることなどが判明したため、「手の内を見せない」という意味で、とりわけ精霊について言及することをタブーとするきらいが強まった。
ごくごく親しい者同士であれば互いに教えることもあるだろうし、魔法士団では連携の関係上、所属部隊の部隊長へ契約している精霊について報告する義務があると聞いているが、そうでなければ話題にも上らない。
学校の授業でも精霊契約に関する内容を取り上げるが、今既に契約している精霊への言及は殆ど行われないはずである。
得手不得手を見るために、精霊の属性くらいは発表する場があるかもしれないが。
なので、クアラが硬い口調で話すのも、フレディがぎこちなく顔を強張らせるのも、当然のことだった。エリオットだけが、まっすぐわたくしを見ている。
「……信じられないかもしれないけど。うまくすれば、精霊の力を借りて水の採取が出来るんじゃないかと思って」
できるだけ、ちょっとした思いつき、と思えるような軽い調子で、わたくしは肩を竦めて見せた。
「どういうこと?」
当然、クアラが首を傾げる。クアラの専門は精霊なので、猶更疑問に思ったようだった。
「言葉の通り……だけどイメージがしづらいか。
精霊には、小精霊と精霊人、大精霊がいるよな?」
三人の顔を見回す。急な問いかけに、全員が頷いた。
「それで、それぞれ固有の属性を持っている。
この属性なんだが、精霊たちの間で上下関係があるのを知ってる?」
続けて聞けば、エリオットもフレディも理解できなかったように首を傾げた。
クアラがはっとした様子で、「大精霊の生態ね?」と口を開く。
「大精霊は、知られている個体の限り、その身が大きいために移動が困難で、ひとところに根付いていると言われているわ。でもそれだと周辺の魔力を食いつぶしてしまうから、小精霊たちから魔力を運んでもらっているって」
「うーん、ちょっと違うけど、感覚的には同じ」
実際、大精霊が動けないのか、と聞かれたら首を傾げる。
わたくしのルナムペルシャは精霊人だが、自由自在に姿を変えることが出来るので、小精霊のフリをしたり、大精霊のフリをすることだって簡単だろう。
今はわたくしの傍にいるから見目の良い男の姿をしているが、わたくしが死んだら別の生き物に姿を変えるかもしれないし、姿を保つこと自体をやめる可能性だってあった。彼らは、存在が自由自在なのだ。
そしてそれは、精霊人に限ったことではないと思っている。
「精霊の区分って、人間側が一方的に設けた尺度であって、精霊たちからしてみたら頓珍漢な区分だ。わたくしたちが精霊人だと認識している精霊が、あちらの区分では他の精霊人と全く違う区分に属したりしている。見た目で判断できないんだよ。
同じように、精霊の中での上下関係も見た目で見ることはできない」
続ければ、クアラが「その通りだわ」と同意した。
少し学べばごく基本的な知識なのだが、人間が作った精霊区分のまま、精霊同士の上下関係を誤認している人も少なくない。
「わたくしの契約している精霊人から聞いた話なんだが――時に、精霊内での上下関係ってのは絶対的な力を持つらしい」
ちらり、とわたくしが自分の精霊について言及すると、クアラとフレディはそろりと顔を見合せた。なんとなく、話の大筋に予想がついたらしい。
「その精霊が本質的に持っている属性で、上下関係がきっぱり決まる。
わたくしの精霊は月の精霊だから、月属性の精霊たちの多くを従えることができる」
なるほど、と、小さな声でフレディが頷いた。「つまり、」とクアラが後を引き継ぐ。
「アリアは、私たちの精霊が、その属性の精霊を従えることができるなら――彼らに水の採取を頼めばいいって、そう言ってるの?」
理解が早くて助かる。わたくしは頷いた。
「もっとはっきり言えば、眷属だな。彼らの眷属を使えば、わたくしたちは動くことなく、人間を動かすこともなく、目的通りに水の採取ができるだろう」
なるほど、と、今度はエリオットが言った。
話は理解したと言わんばかりに、わたくしのことを見つめ返す。
「話そう。その代わり、アリアの精霊についても教えてくれるんだろ?」
わたくしはゆっくり頷いた。
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