26.文化官は計画をする 1
フェルティリスと言えば、北方を護る辺境伯の家門だ。爵位でいえば伯爵の上に位置し、発言力でいえば侯爵にも劣らない。単純な爵位の位置づけとしては、侯爵とほぼ同等とみてよいだろう。
とはいえそれは、身分が重視される社交界などでの話だ。学内、とりわけ、運営委員会の中で身分はあまり関係ないとされている。
漸く着席を進めたパーバスのおかげで、わたくしたちは応接用のソファに座ることが出来た。三人掛けのソファでは一人余るので、エリオットだけが上座の豪華な椅子に座る。
代々王族が通う学校でもあるため、王族にふさわしい家具も引き継がれているらしい。座るとき、エリオットは露骨に嫌そうな顔をしていたが。
「突然すみませんでした。僕はタクル・ヴィヴァース・フェルティリス。フェルティリス辺境伯家の長男です。どうぞ、タクルとお呼びください」
緊張に顔を強張らせたパーバスと違い、タクルは人の好さそうな笑みを浮かべてわたくしたちを見回した。
フレディとはすでに面識があるはずなので、わたくしとクアラとエリオットの三人は軽く会釈を返す。
「改めて、私が今回のサークルの主催者の、エリオット・ウラヌ・アクアピアです。それでこちらが」
「初期メンバー予定の、アリア・メルクリア・ルナエです」
「同じくクアラ・ソーノスです」
簡易的に名前を告げると、タクルは「ルナエ嬢とソーノス嬢といえば、魔法学研究で活躍しているご令嬢だな」と笑みを深めた。
「一応僕も文化官なんでね。ある程度学会誌はチェックしているんだ。二人の論文も読んだことがあるよ」
エリオットに対するよりは気さくな様子で、タクルはわたくしとクアラを見つめた。
「二人が殿下のサークルの初期メンバーというのなら、僕としてはとても納得できる。殿下から頂いた申請内容にも適していると思えるし」
それから、どこか安心させるような調子で言葉を続けた。
一瞬、わたくしもクアラもタクルの意図を解し損ねた。ただ、わたくしの隣に座ったフレディがちょいと肩を突いてきたので、咄嗟に「ありがとうございます」と礼を告げる。
タクルは幾らか安心した様子で頷いた。
(ああ、わたくしたちが初期メンバーだというのも広く知られてしまっているのか)
それで、漸く言葉の意図を理解した。
サークルについての情報はまだ何も告知されていない。掲示用の試験告知書面だって、今日フレディが作成したばかりだし、運営委員会からの承認だって貰っていない。掲示は早くて今日の放課後だろう。
なので、サークルの初期メンバーについても現時点では公表されていない。しかしながら、入学日のオリエンテーション以来、ずっと一緒にいるわたくしたちの事は学内でそれなりに噂になっていた。
エリオットは王族だったし、未だ婚約者が決まっていない。不要な憶測を防ぐために、わたくしもクアラも、フレディだって色々配慮していたのだけれど。
(殿下だしなあ……)
エリオットがあまりにも気さくにわたくしたちに声をかけるので、サークル初期メンバーにわたくしとクアラが入っていることは、すっかり公然の秘密になっているらしい。
それで、わたくしたちがエリオットの婚約者の地位を狙っているのではないか、と、悪意ある噂がまことしやかに囁かれているのだろう。
(別に、気にしないのに)
わたくしも、恐らくはクアラも、だ。
ただ、タクルはわたくしとクアラの研究に理解を示したうえで、「納得できる」と伝えてくれた。
単純に、認めて貰えるのは嬉しいものだ。
「実は、今日の二時間目が終了したあたりから、殿下がサークルの加入試験を実施するという噂が出回りはじめまして、運営委員会への問い合わせが殺到していたのです」
タクルの話に全員が顔を顰める。
ルシャーナが発端なのは理解していたので、わたくしは思わず身を縮めた。
「事前相談できずに申し訳ございません。今朝、教室内で問い合わせを受けてしまって。内々での対応に留めることが出来ませんでした」
フレディが代表して謝罪する。
わたくしたちに非があるとすれば、場所を選べなかった事だろう。タイミングも良くなかった。運営委員会は完全に寝耳に水の事態だっただろうし、急な噂の広がりに奔走してくれたのだろう。
最初にルシャーナに絡まれたのはわたくしなので、本来ならわたくしも謝罪すべきであったが、フレディがちらりと視線で制したのでわたくしは黙り込んだ。
タクルはフレディの謝罪に、「とんでもない」と恐縮した。
「マーズ様には申請にあたりあれこれ調整いただいてますし、助かってます。僕たちとしても、皆さんに協力できることは協力したいと思っていて。
本来、サークル加入に試験を設ける場合は、サークル側が運営・管理を行い、ぼくたち運営委員会はその監督業務を行うのみになるんです。
ただ、今回については件数があまりにも多く……受験希望者の想定が全校生徒の七割を超える見込みだったので、学校行事として運営委員会側で取りまとめさせていただけないかなと……」
タクルの話はこちらの要望と同じだった。エリオットがゆっくりと頷く。
「私たちもそれをお願いしたくて来ました」
「試験概要は決まってますか?」
問いかけに、エリオットがフレディに視線を向ける。
心得た様子のフレディは、持ってきた告知書面を広げた。
「拝見します」
ひと声かけてから、タクルが書面を手に持った。
隣に座るパーバスも、タクルの持つ書面を覗き込んだ。
先ほどレストランで見た書面と同じものだ。試験日時と試験内容について。採点について。合格者・不合格者への取り扱い。
「……随分厳しく設定されてるんですね」
思わず、といった調子でパーバスが呟いた。タクルもまた、窺うような視線をエリオットに向ける。
エリオットは苦笑を浮かべると、「半端な気持ちで参加してほしくはないので」と簡潔に理由を述べた。
「私の身分に目が眩んでやってくるような人では、有意義なサークル活動ができないでしょう。じっくりと判断したかったので、そのような手順になっています」
「なるほど」
納得の声を上げたものの、パーバスの顔は残念だという気持ちを隠せないようだった。
「となると、放課後に各教室で、担当教員に監督してもらいながら実施するのがよさそうだな」
あらかた読み終えたタクルが早速運営の話を切り出す。
タクルから書面を受け取ったパーバスは、なおもじっくり書面を読んでいたが、タクルの声に机上に広げなおした。
わたくしたちも再び書面を覗き込み、「そうですね」と同意する。
「規模が大きいですし、第二王子殿下の時と違って実技ではございませんから。その規模でご協力いただけるのなら、各教室で実施頂く方がよいでしょう」
意見を述べると、「じゃあそのように手配しよう」とタクルはポケットからメモ帳を取り出した。手配すべきことをメモするようだ。
「問題用紙の管理はどうする?」
「ランダム配布になりますので、適当に混ぜた用紙を人数分配布する形になるかと」
「どの程度ランダム性が保証できる?」
続けてパーバスが問う。
ランダム性か、とは、隣のフレディが呟いた。
「難しいですね。こちらから配布する以上、どうやっても後で抗議が入りそうです」
その通りだ、と、わたくしも頷く。
問題用紙をランダムで配るのは良いが、そうすると、不合格となった者たちから「問題用紙が意図的に答えられない物で配布された」などと抗議が入る可能性がある。
人の手によって配布している以上、そこに人の意思が介入したと思われても否定はできない。証明が出来ないからだ。
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