26.文化官は計画をする 2

「……それなら、自分で問題用紙を選ばせるのはどうかしら」


 ううむ、と全員が唸り声を上げたところで、クアラがぽん、と手を叩いて声を上げた。


「自分で選ばせるって?」


 気になって問いかける。

クアラはわたくしの顔を見て笑うと、「籤を作るのよ」と言った。

 籤、と言う言葉に、なるほど、と理解する。どういう手法か思い至ったのはわたくしだけではなかったようで、タクルもまた、「それは良い案だな」と言った。


「四種類の問題にそれぞれ番号をつけて、その番号が書かれた籤を用意するんです。受付時に籤を引かせて、教室で受験するときに籤の番号の問題用紙を受け取る。

 こうすれば、籤を引いたのは自分ですから、ランダムである、そこに我々の意思は介入していない、と、ある程度証明できるんじゃないかしら」


 妙案を思いついたことで緊張がとれたらしい。若干、普段の口調で説明したクアラに、エリオットが「良い案だと思う」と大きく頷いた。

それから、タクルの方をちらりと見やった。


「手配は出来ますか?」

「うーん」


 タクルは顎に手を当てて考えながら、「結論としては、できます」と同意する。


「籤をどのタイミングで引かせようかと思って。実施日に引かせるなら、一度受付をさせなきゃいけなくなるから、効率が悪いだろう。

事前受付の時点で籤を引かせちゃダメかな?」


 確かに、一度別の教室に集合させて、再び自教室へ戻す、というのは効率が悪いように感じる。そこからさらに問題用紙を渡すのだから、時間もかかってしまうだろう。


 かといって、教室で試験の開始前に籤を引かせるのは、教師陣の負担が大きいだろう。どのくらい協力していただけるかにもよるが、基本は生徒主体でやるべきなので、あまり教師頼みの運用にはしたくない。


 となれば、タクルの言うように、受験希望の受付時点で籤を引かせておいて、誰が何番、と言うのをこちらで把握しておく方が良いだろう。


「……そうしたら、問題用紙もぴったり印刷しておけますね」


 ふと、思いついたようにフレディが言った。なるほど、問題の準備も手間が少なくなる。どの教室にどの問題がどのくらい必要か、というのが当日までわからないのは、途中で部数の行き来が発生する可能性もあって、非効率的だ。


「それなら、この概要内にどの問題が何番かを記しておいた方がいいだろう」


 全員が納得しかけた時、タクルの横からパーバスが手を出した。

とん、と示されたのは問題の種類についての部分だ。フレディが丁寧に、わたくしたち四人が作成した問題が四種類あり、どの問題になるかはランダムで決まることを記している。それぞれがどのジャンルの問題かまでは書かれていないが。


「でも、そうしたら事前の予習が出来てしまいます」


 思わずクアラが口を挟む。パーバスがちらりとクアラを見ると、「それの何がいけないのだ?」と問いかけた。


「専門分野外の試験を受けるのだから、受験者側にも事前準備をさせる公平性はあるべきだろう」

「……わたくしたちは、素の実力を知りたいので……」

「しかし、予習すらできないとなると、受験者からの不満が上がるのでは?」


 なおも食い下がるパーバスに、ふとわたくしは思い至った。


 パーバスの家名はルクスである。ルクス家といえば、王国内でも有数の光の家門の一つだが、光の家門は他の属性と異なり、その多くがスプレンダー公爵家の傍系に当たる。

 つまるところ、パーバスはルシャーナの親戚なのである。


(もしかして、ルクス様はスプレンダー様の有利になるように……?)


 次いで、どうしてルシャーナがあれほど早くこちらの状況を察知していたのか理解した。運営委員会の委員長が自分の親戚なら、情報収集もしやすかっただろう。

スプレンダー家の影が異様に優秀なのではなく、そもそもがスプレンダー家の管轄する組織になっていた、というわけだ。


「……まあ、いいんじゃないでしょうか?」


 と、それが分かったところで、何かが出来るわけでもない。パーバスの言うことも尤もだからだ。

 口を挟んだわたくしに、パーバスとエリオットの二人分の視線が飛んでくる。

エリオットが少しばかり不満げな顔をして、わたくしはそれには気づかぬふりをした。


「確かに、本来わたくしたちは、受験される皆様の素の学力を知るためにこのような試験方法を設定いたしました。実際、わたくしたちも互いの試験内容を知りませんので、予習なしで受験します。

 でも、わたくしたちは少なからず学術にのめり込み、研究ばかりしてきたわけですから、他の生徒と“違う”のは当然といえるでしょう。

 その辺りの配慮なく、試験を実施して、後々不満が殿下に集まるのは本意ではございませんわ」


 できるだけ言葉を選んで告げれば、エリオットは考えるように目を伏せた。

 パーバスはややムッとした表情をしたが、わたくしの言葉にもまた、間違いがないことを理解したのだろう。「その通りだ」と頷いた。

言い方に棘はあるが、パーバスの味方をしたのだから当然だろう。


(まあ、言葉の裏に、“どうせ予習しても合格者は出ないからいいだろ”って意味を込めたけど)


 そしてエリオットは正確にそれを読み取ったようだった。


「……分かりました、いいでしょう。フレディ、この箇所の修正を頼む」

「かしこまりました」


 すぐにフレディが修正の印のチェックをつける。

赤インクのペンなどどうして持ち歩いているのか気になったが、エリオットからの要望をあれこれ応える内に持ち歩くようになったのだろう。


「それから、採点についてだが……」


 続いてパーバスが踏み込んで来ようとするのを、フレディがやんわりと「ああ、採点については」と遮った。


「解答をご用意できるものではないので、こちらで責任を持って行ないます。

皆も、その方が安心だよね?」


 それからフレディがわたくしたちを見回す。わたくしたちは一斉に頷いた。


「ということなので、試験の回収までお手伝いいただければ幸いです。あと、合格者の掲示についても」

「それは、もちろん」


 パーバスがもごもごと言いづらそうに口を閉じるのを、タクルが苦笑を浮かべて肩を叩く。


「パーバス、殿下のサークルだから気合が入っているのは分かるが。文化官は僕なんだから、僕に任せてくれないか」


 タクルはやんわりとパーバスを牽制すると、改めてエリオットに向き直った。


「受験受付は週明けから三日間の間で行います。こちらの掲示は、マーズ様の修正が終わり次第行いましょう。念のため、明日の連絡にも混ぜてもらうようにします」

「手配を先にしなくて大丈夫なのですか?」


 急な話にフレディが問いかけると、タクルは笑って「問題ありません」と胸を張った。


「当然、どの先生方も協力的だろうと思いますが、もし渋る先生がいたら他の先生に頼めばいいだけですので。

それよりも、今日皆様がお越しいただけて助かりました。これですぐに動けます」


 言いながらタクルが退室を促したので、エリオットは頷いて「お手数おかけしますが、よろしくお願いします」と軽く頭を下げる。

 恐縮したパーバスとタクルが頭を下げ返すのを見つめながら、わたくしたちももう一度謝礼を述べて立ち上がった。

そうこうしている内に、ランチタイムの終わりの鐘が響き渡る。


「それでは、次の授業がありますので」


 運営委員会は、業務内容によっては一部授業が免除されることもあるらしい。勿論本人の成績にもよるし、欠席した授業については後程課題が出されるようだが、彼らは教室に行くつもりがないようだった。

パーバスがなおも何か言いたげな視線を寄越してきたが、わたくしたちは全員無視をして、運営委員会室を後にしたのだった。

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