27.令嬢は疲弊する 1

 その日はそれで解散することになった。

 事前に決めていれば放課後に集合することもできたのだが、急な話では都合が合わなかったのだ。学校が終われば家で研究に勤しむわたくしと違って、仮にも王子殿下は忙しい。エリオットは既に内政に携わるための勉強をしていると聞いた。


(わたくしだったら耐えられないな)


 はあ、とため息を吐く。

 エリオットに勉強が待っている、ということは、侍従であるフレディもそれに付き添っているということである。

 常に一緒にいるわけではないだろうが、フレディはフレディで、王子の侍従としての勉強があるらしい。他の王子がどうだか知らないが、エリオットのような人が主人なら、色々と気を回すことも多くて大変だろう。


 そういうわけで、サークルについてのあれこれは明日以降に持ち越しになった。


 とはいえ、色々と考えたいことは山ほどある。

 試験概要についてはフレディがなんとかしたが、採点はこちらでやる、と決めた以上、どうにか手段を考えねばならない。


(……最悪、精霊の助けを借りるか)


 フレディが採点を自分たちで、と言ったのは不正防止のためだ。


 まさか運営委員会の会長がそのような不正を行うとは思えないが、パーバスとスプレンダー公爵家に繋がりがある以上、不特定多数の介入を避ける形にするのが安全だろう。まかり間違って合格されたらとんでもないことだ。合格“しないように”難問を作ったというのに。


 しかし、運営委員会の手を借りなければならない規模の受験者数を、わたくしたち四人だけで採点するのも問題だった。フランマ先生に助けて頂いたとしてもたった五人だ。

 わたくしが精霊の助けを借りればある程度こなせるとは思うが、それは最終手段にしたい。第一、不特定多数の“精霊”の力をどのように借りるのか、エリオットたちに説明できる自信があまりなかった。


 なので、時間の取れないエリオットとフレディはともかくとして、せめてクアラとは先に問題点の整理をしておきたかった。

 クアラはわたくしと感性が似ているし、考え方が似ているので、同じことを不安に思っているだろうと思ったのだ。

 二人で考えればもっと良い解決策が見つかるかもしれないし。





 などと、甘い期待をしていたのだが。

 放課後ミドルクラスに向かうと、クアラは既に帰宅した後だった。

 ミドルクラスとハイクラスでは時間割が異なるため、ミドルクラスの方が少し早く終わったらしい。

 仕方なく、わたくしも帰宅のため馬車乗り場へ向かう。


 馬車乗り場は貴族の馬車がずらりと並んでいた。

 公爵・侯爵位の馬車は専用のスペースがあるためそちらにゆったり停まっているが、子爵・男爵位の馬車は共有のスペースのため、早く着いた順に列をなしていた。その代わり、馬車整理の職員が待合室と馬車とを行ったり来たりして、到着している馬車を生徒たちに教えてくれる。

 ルナエ家は伯爵位なので、小さいものの専用のスペースがあった。すでにルナエ家の馬車はきっちりスペース内に停まっていて、わたくしに気づいた従者が深々と礼をする。

 それで、妙な違和感に気づいた。


(なんか、馬車の中に誰か乗ってないか?)


 違和感と同時に、嫌な予感に囚われて、思わず身構える。

 瞬間、バンッと勢いよく扉が開いて、見慣れた顔が身を乗り出した。


「アリア! 待ちくたびれちゃったわ!」


 行儀悪く出てきたのは、わたくしの姉、フローラだった。


 フローラは、父親似の大人っぽい美女である。背が高く、凹凸のはっきりとした女性らしい体つきをしているため、わたくしとはあまり似ていない。似ているのは髪色くらいで、わたくしのウェーブがかった髪と異なり、フローラの髪はまっすぐ指通りの良いストレートだった。


 佇まいに迫力があって、厳かな雰囲気さえ感じられるので、学生時代は密かに「月の女神」などと噂されていたらしい。本人の主張なので嘘か本当かは知らないが。

 外見と性格のギャップを知ったら、とてもではないが「月の女神」などと称せないと思う。


「お姉さま……どうしてここに?」


 ことりと首を傾げて問いかける。フローラがルナエの馬車に乗っていること自体が違和感だった。


 というのも、フローラは去年、魔法士養成学校を卒業し、そのままフランマ公爵家へと嫁いでいるためだ。

 信じられないが、今は立派な公爵夫人で、普段は社交に精を出しているはずだった。

 間違っても学校に通う妹を迎えに来て良い人ではない。


(……まあ、フランマ公爵なら全然、全然、許しそうだけど)


 ぼんやりと思い浮かんだフローラの夫――フランマ公爵――を思い浮かべて、ため息を吐きたいのをぐっと堪えた。

 フローラのそういう無鉄砲というか、無邪気というか、活動的なところも含めて溺愛しているのがフランマ公爵なのである。


(そういえば、フランマ先生も、身内といえば身内になるのか……)


 それでふと思い出す。

 サークル顧問のフランマ先生は、フランマ家門の一人である。家門から距離を置いている人なので結婚式などにも出席していなかったはず。同じ「フランマ」を名乗られても、なんとなく結びついていなかった。


 だからといって調査がしやすくなるとか、全面的にフランマ先生を信頼できるというわけではなかったが。

 わたくし(と、クアラもだが)の論文を読んでくださっていたのは、そういう縁もあったかもしれない。


「どうしたもこうしたも、あなたについての面白い噂を聞いたのよ! 居ても立っても居られなくなって、迎えに来ちゃった」


 フローラは明るくからから笑うと、「さあ、早く帰りましょう」とわたくしを促す。

 「面白い噂」という言葉に背筋が震えるようだった。十中八九、ろくでもない噂に決まっている。


(逆を言えば、よく今まで来なかったというべきか……)


 入学当日に詰問されても不思議ではないと思っていた。今になってやってきたのは、サークル設立が現実的になったからだろう。つまりは、一過性のものではなく、本気で親しい間柄のようだぞ、と。


 フローラはわたくしのぎこちない笑みを見つけると、にんまりと笑みを深くした。

 この笑みを見て「月の女神」と噂した人がいるなら、今すぐ、目の前に連れてきてほしい。わたくしにはどうやっても、「月の悪魔」にしか見えない。


「まあ、馬車の中では聞かないわ。でも、屋敷に着いたらお茶にしましょ。いいわね?」


 幼い子に言い聞かせるようにフローラが言う。

 こういう時のフローラから逃げられないことをわたくしは知っていた。子供の頃からそうなのだ、今更立場が変わるわけでもない。


「わかりました、お姉さま」


 がっくりと肩を落としたわたくしを、フローラは満足そうに見届けた。

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