7.拒否権は発動しない
わたくしたち人間は、精霊の魔法を自分たちの魔法として発動させている。
そのため、魔法を使うには魔法の持ち主である精霊との信頼関係や契約などが必要で、魔法を使うことへの対価も必要である。
基本的に精霊は気まぐれで、結局のところ気に入った人間にしか魔法を使わせない。
主体は精霊にあるので、精霊が拒否すればわたくしたちは魔法など一つも使えないのだ。
ただし、稀にその「血」と相性の良い精霊、というものが存在する。
血の相性は精霊にしかわからず、あまり解明されていないのだが、精霊は血の相性の良い一族を見つけると、その子孫にまでつながる「加護」を残すことがあった。
この加護は、その精霊が主とする属性についての加護が殆どで、加護を受けた一族はその属性の魔法を使いやすくなったり、その属性の精霊と契約しやすくなったりする。
これは魔法発動とは別の付与効果にあたるので、例えば魔力が少なく魔法を発動できない子供にも、その血の加護は与えられる。
ルナエ伯爵家もそうした加護を受けた一族の一つで、わたくしたちは月の精霊の加護を持つ。
加護を受けた一族は、加護を授けた精霊の特徴を受け継ぐ事があって、それゆえ、ルナエ一族は代々月のような銀髪と、金色の瞳を持っていた。
わたくしもその恩恵を受けており、髪色は目立つ銀色だ。
瞳の色だけは金色ではなく、何代か前に混ざった炎の加護の影響を受け、ロードライトガーネットの赤色をしていた。
アクアピア王家は、エリオットが言った通り水の加護を得ているといわれている。
いわれている、というのは、王家の歴史を遡っても加護を受けた記録がどこにも残っておらず、証明することが出来ないためだ。
加護持ちの一族は大抵その当時の資料を保管しているので、王家にそれがないのは少しばかり異質だった。
それでも水の加護を受ける一族として世界的に認知されているのは、水の精霊を象徴するような色彩――白に近い水色の髪と青い瞳――が代々受け継がれていることと、それほど質が良く、純度の高い水資源が国中にあるからだ。
これで水の加護を受けていないとは考えられない。
加護記録は、建国時の争乱の折に紛失したのだろう、というのが通説だった。
「実は、加護もあるけど、大精霊との契約で、魔法による効果がメイン・って言ったら、どうする?」
エリオットは事も無げに話した。
わたくしは思わず言葉を失って、クアラが「ひえっ」と小さく息を呑む。
思わずきょろりと周囲を見回したが、フレディの防音魔法は完璧である。パラソル周辺に貼られた魔法はまるで結界のようだった。
「……率直に申し上げて、あり得ない話ではない、と……」
誰にも聞かれていない、ので。
わたくしは恐る恐る答える。
エリオットは「うん」と頷いてから、にこにこと満足そうに笑った。フレディが「殿下は本当に急なんだから」とぼやいた。
そんなぼやきではなく、もっとしっかり忠言してほしい。
思わず恨めし気にフレディを見つめた。
「簡単に説明すれば、王都の水の純度が下がってる原因を探りたいんだ。
殿下はそれで、アクアピア王家と契約している、水の大精霊に何かが起こったんじゃないかと疑ってる」
話しの内容的に、恐らくその大精霊とやらとエリオットは会ったことがなく、気軽に見に行ける場所にもいないのだろう。
それでも、このぼんやりした王子が調査をしているとなれば、誰かからの命を受けているに違いなかった。
例えば、国王だとか、王太子殿下だとか。
(うわぁ、厄介)
加護の秘密を明かすというのはそういうことだ。加護なら加護のままにしておいて欲しかった。
なぜ王家が大精霊との契約を明かさず、あくまで水の精霊からの加護、ということにしているのか。
理由は単純明快で、他国への牽制だろう。
大精霊、は精霊の中でも大型の精霊の事を示す。
別段小精霊よりも格が上だとか、強いわけではないのだが、大きいゆえに保有している魔力や魔法の量が多く、必然的に精霊たちの中で強者に当たることが多かった。
大精霊の多くはその巨体のせいで移動するのを億劫がり、居場所を定めたら基本的には移動しない。
ついでにいえば、人間を嫌う大精霊が多く、契約自体も滅多にしないと聞いている。
普段は、人間に見つからないように、「目くらまし」の魔法を使っているのだ。
その、大精霊が、代々一つの血族と契約を結び続けている、とは。
王家最大の機密事項と言っても過言ではないだろう。
その特異な状態がもし他国に漏れでもしたら、大精霊を奪われる可能性だってある。
加護、なら、目に見えぬ・実体のない物なので、手の出しようがないのだけど。
フレディの説明を受けて、エリオットがもう少し補足するために口を開いた。
「王家に代々繋がれる契約の大精霊は、今の国王が立太子した頃は姿を見せてくれていたらしい。大精霊には珍しく、人が好きな精霊らしくてね。人の姿に変化して、悪戯なんかも良くしていたらしい」
人に変化する大精霊、という言葉に思わずわたくしの口元が引きつった。
エリオットは一瞬不思議そうにこちらを見たが、そのまま話を続けた。
「国王が即位する三年ほど前に、少し休むと言って棲み処に帰られたんだそうだ。
といっても、棲み処も王国内にあるから、別の国に行ったわけじゃない。精霊は気まぐれだから、その大精霊も王族の前に姿を見せている事もあれば、長い間姿を見せない事もあるそうで、国王も特に気にしていなかったそうだ。実際、それから長らく異変は起こらなかった」
「水質に変化が出始めたのは、第一王子が誕生されたすぐあとからと聞いてます」
フレディが付け足すと、エリオットは神妙に目を伏せた。
「当時はまだ、純度に変化が起きていると気づいていなかった。わからぬくらいの微々たる変化だったらしい。王都の純度や水質は月単位で調査し、記録を残しているけど、天候などにも左右されるから、“このくらいの年もある”程度のものだったんだ。
ただ、第二王子殿下が生まれて、俺が生まれた頃には、国政上層部ははっきりと純度の低下及び水質低下を認識している。
ひどく緩やかに、それでもその時は、こうまで問題にはならなかった」
「問題……ですか?」
クアラがひっそりと問いかける。
エリオットはクアラに視線を合わせると、「そう、問題になってる」と頷いた。
「もちろん、純度が低下している事、自体が問題なんだけど。
記録を遡っていくと、低下し始めたのは王太子の誕生日からだったんだ」
「ああ、なるほど……」
“問題”の顛末が見えて、わたくしは思わず深いため息を吐いた。
クアラも苦い顔で、フレディが「話が早いですね」と肩を竦めた。
「ご理解いただいた通り、王太子殿下が次期国王にふさわしくないのでは、という声が、上層部から上がってます。今は表立った動きは起こっていませんが、このまま純度低下が進むと国民にも隠しようがなくなるでしょ。そうなってきたら、反王太子派の勢力が急速に強くなっていく」
反王太子派、というのが、代わりにどの王子を王太子として祀り上げようとしているのか。考えるのも煩わしくて思考は放棄する。元より現王太子の事が気に入らなかったのだろう。
引きずり下ろす口実がすぐ近くにあったのも助長させる原因だった。
王宮内の派閥事情など、ただの伯爵令嬢であるわたくしには知る由もないが、容易に想像できる事情に顔を引き攣らせることしかできない。
「俺は国王から、純度が低下した原因を探るように密命を受けている。
内容が内容だけに、協力者も厳選しなきゃならない。そこで、精霊魔法学に精通しているアリアと、精霊研究をしているクアラに協力をお願いしたかったんだ」
エリオットは軽く頭を下げると、「頼む」と言った。
軽くでも王族が頭を下げるなど、外聞が悪いにも程がある。
わたくしとクアラは慌ててエリオットの顔を上げさせると、恨めし気にエリオットを睨みつけた。
「……理由はわかりました。普通の研究者ではなく、わたくしたち二人だったのも、ただの伯爵令嬢が政治に絡んでいるとは思わなかったからでしょう。二家とも、特定の派閥に属してはいませんし」
顔を上げたエリオットは、「うん」と頷いた。
「主要な研究者や学者たちは、どうしたって政治と関りがあるからね。その点君たち二人は、学術誌への寄稿で論文を発表してはいるけど、表に出ていないし、学会にも参加していない」
思わず、うぐ、と声を詰まらせた。
前の生の影響なのか、今世のルナエ一族が研究者気質なのが原因なのか。
わたくしは今世でも魔法理論を研究していて、組み上げた持論を論文にして発表していた。
ルナムペルシャには、目立ちたくないのなら論文など出さない方がよろしい、と散々言われているのだが、平凡であることと研究することは土俵が違う。
せっかく組み上げた理論を発表せず埋もれさせてしまうなんて、今後の魔法学発展の障害にしかならない。
魔法学研究を進めることで、より効率的に・効果的な魔法を使えるようになるし、精霊との契約についてだって理解を深めることが出来るのだ。
「……殿下はお願いとおっしゃいますけど、そんな国家機密を聞かせられて、一介の令嬢がお断りできるはずがないです」
クアラがぼそりと呟いた。
それもそうで、これはお願いという名の命令に等しい。
フレディが「まあ、そうですよねぇ」と苦笑を浮かべた。
エリオットだけが、きょとんと目を丸くして、「いや、嫌だったら断ってもいいよ」と宣う。どうも王子らしからぬ様子に首を傾げて、「どういう意味です」とわたくしは問うた。
「そのままの意味。君たち二人がこの話を外に漏らすとも思えない。一応、二人の素性は調べてるからね」
「……では、わたくしたちがそのお話を受けた際の、メリットは?」
続けて問うと、エリオットは面白そうにははは、と笑った。
おかしくて仕方がない、と言いたげで、わたくしは思わずクアラと顔を見合わせた。
「水の大精霊について、契約者の王家が研究を許可してるんだ。これ以上のメリットはないと思うけど」
君たち、“そういう人”でしょう。
エリオットの言葉は正しい。わたくしも、クアラも、面倒事に巻き込まれるのはごめんだが、王家の水の加護の秘密と、その大精霊の研究、そのものには強く惹かれている。
(そもそも、大精霊自体滅多に会うことが出来ないのだし)
彼の精霊はどうして王族と代々に渡る契約を結んでいるのか。
“王族”との契約ならば、主となる契約者の引継ぎはどのようにして行われているのか。どういった魔法で水の純度を保っていて、それがなぜ、穢されてしまったのか。
(考えるだけで面白い……!)
ぞわぞわと上って来ていた悪寒は、今や未知なるものへの探求欲にすり替わり、無意識のうちに身震いしていた。
エリオットの頼みを受けることで、確実に、わたくしの学生生活は平凡ではなくなってしまう。
ただ、クアラも共にいるのであれば話は別だ。一人の特定の令嬢、ではなくなるので、ただの友人、と思われる確率が高くなる。
「わかりました、協力します」
メリットは、デメリットは、とそんなことを考えるよりも先に、わたくしの口はエリオットに了承を伝えていた。諸般の事情よりもずっと、知的好奇心が勝ってしまった。
それはクアラも同じだったようで。
「私も協力します。できる範囲で、ですが」
二人ともが協力を了承したことで、エリオットは満足げに頷いた。
「うん、ありがとう。これからどうぞよろしく」
にこにこと笑むエリオットはもはや“ぼんやりとした王子”ではなくなっていて、きっと彼にはこの結末が見えていたのだろう、と思うと少しばかり腹立たしい。
わたくしは誤魔化すようにサンドイッチを口にする。生クリームのたっぷり詰まったフルーツサンドは、些か甘すぎるような気もした。
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