12.ランチタイムは殿下と個室で
エリオットに連れられて向かった先は、学内レストランの個室だった。
あくまで学校設備の一つなので、華美な装飾はなくシンプルにまとまっている。
ただ、テーブルなどの家具はマホガニーで揃えられ、派手ではないものの、よく見たら繊細な飾りが彫られてあった。
学校設備の一つだが、王侯貴族が利用しても問題ないようになっている。
クアラとフレディは先に来ていたようで、着席してわたくしたちを待っていた。
エリオットが「待たせたな」と軽く謝罪をする。
「何かあったの?」
「ちょっと、出際にスプレンダー公爵令嬢たちに捕まって」
問いかけに返事をすると、フレディはクラスメイトの顔を思い出したのだろう、「ああ」と納得したように苦笑した。
「殿下、人のいるところでアリアを誘ったもんね。ほんとに、そういうところ気づかないんだから」
じっとりとフレディがエリオットを見上げる。
エリオットは適当に空いてる席に座りながら――丁度フレディの対面で、わたくしの隣の席だった――「え?」と首を傾げている。
理解していないわけではないのだろうが、気が付かないというよりも、気にしていない、が正しいだろう。
この部屋に来るまでの道中だってそうだった。
どれほどぼんやりした男だろうと、エリオットはこの国の第三王子で、誰もが顔を知っている。
たとえ顔を知らずとも、白に近い水色の髪は王族特有の色で、一目見たら王族の一人だと察せられる。
今、魔法士養成学校に通っているのは第三王子お一人だから、それがエリオットだと特定するのは簡単だ。
婚約者の決まっていない第三王子が、特定の令嬢と共に二人で歩いているなど、それだけで噂になる。
早ければ今のランチタイムの内に噂は学校中に広まるだろうし、放課後には一般課程の校舎まで広がっていてもおかしくない。実際、通り過ぎる生徒の殆どがひっそりとわたくしの事を見て、あれはどこの令嬢だ? と囁き合っていたのを知っている。
視線にも敏感だが、わたくしは地獄耳でもあるのだ。
エリオットがそれに気づいているかどうかは知らないが。
気づいていたとしても気にしないのだろう。あるいは、そこまで自分に影響力があると思っていないのかもしれない。
三年間の隣国留学で、自分の認知度を誤認していても不思議ではない。王族としての自覚をもう少し持ってほしいとは思うが。
「わたくしとクアラと友人なのは構わないけど、今の殿下の状況だと噂されても仕方ない。王太子殿下の婚約者は決まったけど、第二王子殿下と第三王子殿下は未だどなたとも婚約されてないからな」
むすり、と、エリオットに言えば、それで漸く思い至ったのか、「ああ、なるほど」と理解したような声を上げた。
「友人って言ってもそうは取ってくれないのか。まだ婚約者を決める気はないんだけどなぁ」
「それは、やっぱり、第二王子殿下がいるから?」
ぼんやりと答えたエリオットに、クアラが問う。
態度からして婚約者を探す気はあまりなさそうだ、と思っていたが、本当にそうらしい。エリオットはクアラに向き直ると、「んー、まあ、それもあるけど」と僅かに眉間に皺を寄せる。
「どっちかっていうと、俺も好きなことを研究してたいんだよ。王子であることにもこだわりないし、王太子が即位されたら王位継承権は放棄して、魔法研に進みたいなって思ってる」
続いた言葉に驚いた。
慌ててフレディを見れば、顰め面と苦笑を掛け合わせたような顔でため息を吐いたところだった。
「それ……わたくしたちが聞いちゃダメなやつじゃない?」
できれば聞きたくない話だった、が、エリオット本人は何でもない調子で、「なんで?」と首を傾げる始末。クアラがフレディを睨みつけた。
「フレディ、監督不行き届きじゃないの?」
「僕に言われても……いや、そうですね、ハイ」
エリオットはなおも何が駄目なのか理解していなさそうな顔で小首を傾げている。
わたくしはため息を吐いて、「昨日知り合ったばかりなのに」とエリオットに忠告をした。
「いくら調査したからって、殿下の進路はわたくしやクアラの進路とは規模が違います。無暗に他人に話す内容でもないでしょう」
「うん、他の人には話さないけど。二人なら問題ないでしょ?」
だというのに、エリオットはやはり不思議そうな様子で、「だって問題ないよね」と言い切ってしまう。
確かに、わたくしもクアラもそういう意味では問題はない。エリオットの進路を聞いたところで、「進めるのであれば、好きな道に進むのがよろしい」と思うくらいだ。
信頼されている、ということなのだろうが、どうにも調子が狂う。
そこまでの信頼関係を築けるほど、わたくしもクアラもエリオットの事を知らなかった。一方的に知られているのも癪だ。とはいえ、これ以上深入りしたい人物でもない。
(エリオットのしている研究っていうのも興味があるけど)
そういえば、隣国へは精霊魔法学の勉強を兼ねて行っていたんだっけ、と思い出す。王族と関ることなどないと思っていたので、エリオットの留学についても詳しくは知らない。
「まあ、兎に角食事をしちゃいましょうよ。それで、水の件の話をしなきゃ」
気を取り直した様子でフレディが声を上げた。下がらせていた侍女にランチを用意するよう指示を出す。
「適当にメニュー決めちゃったんだけど、食べられないものとかないよね?」
「ないわ」
「わたくしも」
レストランの方であればメニューから食事を選ぶが、話を早く進めるためにメニューも決めていたらしい。食事にはあまりこだわりがないので、わたくしたちは素直に頷いた。
可能なら甘いデザートが付いているととても嬉しい。
数分もせずに、テーブルの上にランチセットが並ぶ。
牛頬肉の赤ワイン煮込みとマッシュポテト、ポタージュとクロワッサン。デザートにイチゴのムースが添えられている。
少し多いかなとは思ったが、男性の用意したランチならこのくらいだろう。ランチタイム後の時間も空いてしまうので、のんびり食べても良いかと思った。
「一般課程のレストランと、魔法課程の方だとシェフが違うのかしら」
同じようにのんびりとした速度で食事を始めたクアラがそんなことを言う。
わたくしが顔を向けると、「クロワッサンが少し違う気がして」と続く。
「……ごめんなさい、わたくしには全然わからない」
クロワッサン? と、一口食べてみるが、生憎わたくしには味の違いは分からなかった。
一般課程のレストランもよく利用していたが、どちらかというと手軽にさっさと食べられる食事を好んでいたし、味わって食べることも少なかった。令嬢にあるまじきランチタイムの過ごし方だったのだが、テイクアウトで誰にも見つからずに食事をしていたので誰にも気づかれていないはず。気づかれていないのでセーフだ。
クアラは「ええ? じゃあ私の勘違いかも……」と自信がなさそうに先の発言を取り消した。実際、校舎が違うのだから当然シェフも違うだろうし、作り方が異なっていてもおかしくはない。
同じ学校のレストランではあるので、大きな格差はないとも思うのだが。
「多分だけど、魔法課程の方がシェフ等級が高いと思うよ」
答えたのはフレディだった。
「一応国立だからね。王宮シェフの資格を持ってるシェフが派遣されてるはずだけど、一般課程は平民の割合も魔法課程より多いから、予算の関係で三等級シェフが派遣されてたと思う」
「……魔法課程は?」
「二等級シェフかな」
言いながら、フレディは問題のクロワッサンを口にして、「僕にもわかんないけど!」と笑った。
「クアラは良い舌を持ってるんだな。わたくしは食事にはあまり興味がなくて」
思わず溢すと、クアラは苦笑しながら「アリアは研究一筋なイメージがあるわ」と同意した。
「でも、お茶会の席では結構食べてたような……そういえば昨日も」
「甘いものは別だから」
甘いもの、と言いながらイチゴのムースを手に取る。
小さなグラスに入ったムースは淡いピンク色をしていて、表面に深い赤色のゼリーがかぶせられている。ゼリーの上にも、カットされたイチゴが散らばっていて可愛らしい。
このゼリーは何ゼリーかな、と考える。
「アリアも甘い物が好きなの?」
デザートは見るのも楽しい、と思いながらムースを戻すと、隣のエリオットが声をかけてきた。
「も」ということはエリオットも好きなのだろう。少し意外に思って、「殿下も?」と問いかける。
「好き。やっぱ頭を使うから甘いものを摂取したくなるというか」
「ああ、その気持ちは私もわかるわ」
エリオットの言葉にクアラも同意する。
わたくしもうんうん、と頷きながら、「見た目も独創的でインスピレーションが湧くし」と続ける。
「俺は特にフルーツが好きで、デザートはいつもフルーツを使って貰ってるんだ。その土地特有のフルーツとかも好き」
「じゃあ、レニヴェントのフルーツも?」
「食べた、食べた。サワジャンって知ってる?」
名前だけは聞いたことがある、とわたくしは頷いた。
クアラは知らなかったようで、「知らないわ」と答えた。
「レニヴェントの中でも強風地帯で作られる柑橘類なんだけど、強い風に吹かれながら実をつけるから、酸味が強く出るんだって。でもすごく酸っぱいって感じじゃなくて、甘酸っぱいというか。
サワジャンって名前自体は、“酸っぱくて飛び上がる”って意味の言葉から来てるらしいんだけど」
あれは面白かったよ、とエリオットが笑う。
いつものぼんやりした調子ではなく、はっきりと楽しそうに笑ったので、わたくしは思わず「おっ」と思った。余程フルーツが好きなのだろう。
「そのまま食べると癖が強そう」
「それはそうかも。ゼリーとかムースとかにしてたかな。あと、定番なのはジュース」
「ジュースは美味しそうね!」
ぱっと顔を輝かせたクアラに、エリオットは「ぜひレニヴェントに行ったら飲んでみて」と締めくくった。
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