13.情報共有は調査の基本

 のんびりとした食事を終えると、リンゴン、リンゴン、とランチタイム終了の鐘が鳴った。

 この後の授業は空き時間なので、受けたい授業があればそちらに、特になければ自由に過ごしていいことになっている。

 わたくしはやっぱり受けられなかった属性理論の授業に未練があって、思わずエリオットを見つめた。


「……なに?」

「いや……属性理論の授業、受けたかったな、と……」


 恨めし気に言い募れば、エリオットは「ああ、あれね」と気が付いたように言った。


「アリアなら今更受ける必要もないかなと思ったんだけど……受けたかったの?」

「どんな授業だって受ける必要がない物なんてないぞ! どこで魔法理論に結び付くかなんてわからないし。……まあ、純度調査の方が大事なので、諦めてます」


 ちょっと言いたかっただけ、と肩を竦めると、エリオットは「それは、ごめん」と謝罪をくれた。


 純度調査の協力についてだって、人目を憚らずに話しかけることだって、謝罪が必要とも思っていなさそうだったのに。こんなことには簡単に謝罪をくれる。わたくしは呆気に取られて「いえ……別に、謝ってほしいわけじゃ」としどろもどろ言葉を探した。


「まあまあ、アリアの受けたかった属性理論の授業なら、前期と後期で同じ内容だから、後期を狙えば問題ないと思うよ。応用の部分は二学年からしか受けられないし」

「そうなの?」


 問えばフレディは「そうだよ」と頷いた。先ほどのシェフの件もそうだが、フレディは学校事情に詳しい。


「なんだか、フレディに聞けば学内のあらゆることがわかりそうだわ」


 クアラも同じことを思ったらしい。

 言われたフレディは苦笑しながら「そうでもないよ」と断って、けれど「殿下が通う学校だし」と付け足した。


「綿密に調査くらいするさ。今のところは、殿下の補佐が仕事だからね」

(ああ、まあ、確かに)


 言われてみれば納得である。


 なんとなく、ただのエリオットの気安い友人、のように思ってしまうが、フレディは本来エリオットの侍従である。主人に関わることを把握するのは当然だった。

 それはそれとして、エリオットが些か頼りない――というよりも気が抜けている――だと言葉が悪いので、やっぱりぼんやりしている――ところがあるからだろうな、とも思う。わたくしの侍従もわたくしの事を良く把握し理解しているが、だからと言ってわたくしは侍従に丸投げにはしないし。


 エリオットも丸投げにしているわけではないだろうが、気にする範囲が大雑把なのだろう。なんとなくだが、細かいことは気にしなさそうだし、行き当たりばったりでもこなせてしまうタイプの人だ。


(昨日の挨拶もそうだったし)


 エリオットはこほん、とわざとらしく咳ばらいをすると、「時間も限られていることだし」と本題に入った。


「純度調査を進めるにあたって、方針と調査計画を立てたい。とりあえず、今回の件の概要を資料でまとめてきたから、確認してくれるかな」


 エリオットの言葉に合わせて、フレディが束になった書類を差し出した。


 概要、というには随分厚い。表紙のつけられたそれをぱらぱらと流し読みしたが、昨日話に聞いた、純度や水質の推移資料と、計測値の資料のようだった。

 簡単な範囲で大精霊についても記載がある。


(大精霊、アクーセルヴス)


 名を持つ精霊は精霊界においてそれなりの地位を持っている場合が多い。

 ルナムペルシャも、あれでいて精霊としての位は高い方だと聞いている。自己申告なので真実のほどは分からない。


(ルナに聞いたら知ってるだろうか。いや、でも大精霊と精霊人だしな……)


 ルナムペルシャは人間好きな精霊だが、他の精霊と交流しているところはあまり見たことがない。

 わたくしに寄ってきた小精霊などは追い払うくらいだ、大精霊の知り合いがいるとも思えなかった。


「アクーセルヴスの今の契約者は現国王だけど、次代の契約者として王太子殿下が継承することが決まってるんだ」


 恐らくはそれも、純度低下の原因を早急に探りたい理由の一つなのだろう。

 次期国王に継承する精霊との契約が、正しく行われなければ意味がない。


「継承者はどうやって決めてるんだ?」


 ふと気になって問うと、エリオットは「それが、よくわからないんだ」と難しい顔をする。


「ただ、王太子がお生まれになった時にはもう決まっていた、と聞いてるから、例えば血の相性が最も良い子供が選ばれるとか、第一子と決まっているとか……アクーセルヴスと契約者との契約内容によるのかも」

「それはありそう」


 クアラが小さく同意する。


 魔法理論を主に研究しているわたくしと違って、クアラの研究は精霊についてだ。精霊の種類や生態についての研究を主としており、その論文はわたくしも読んだことがあった。


 精霊は個体差が強く、当てはまらないこともままあるのだが、小精霊・精霊人・大精霊という区分ではなく、属性単位で絞った場合に傾向を当てはめることが出来る、というのは納得のできる内容だった。

 ざっくばらんに言えば、火属性の精霊は火の近くや暖かい場所に棲息しやすいし、水属性の精霊は水場にいることが多い、というようなものだ。

 実際の論文はもう少し細かな内容だったが。


 その、クアラならわたくしよりも精霊に関することは知識が豊富と思えた。

 エリオットもそれを見越してクアラを誘ったのだろう。


「大精霊の研究は出来てないんだけど、加護の仕組みを考えると血の影響は強いかもしれないわ。憶測だけれど」


 もっとも、今回の主題とあまり関係はなさそうだ。


「アクーセルヴスは、今の国王陛下が即位される前に棲み処に帰ったって言ってたけど、棲み処の場所は知ってるのか?」


 本題に戻すため問いかけると、エリオットは緩く首を振った。


「国王陛下はアクーセルヴスに連れられて訪れたことがあるらしいんだが、魔法で連れていかれたせいで場所がわからないらしい。それらしい所を虱潰しに探したそうなんだが、どこも違ったと」

「捜索は魔法士団が?」


 続けて問えば、それにはフレディが「そう聞いてるよ」と答える。


「まさか国王陛下がご自身で探すわけにもいかないし。大精霊についてだから、魔法研究所と魔法士団が協力して捜索したはず」


 捜索済みの場所は後ろの方、というフレディの言葉通り、書類の後ろの方に捜索済みエリアが記されていた。

 地名を書いたリストの外に、王国と王都の地図も載っている。地図には候補地と思しき場所と、そのうちの捜索済みの場所にマークが入っていた。


「水の大精霊だから、王国内の主要な水辺は殆ど調査済みだな。調べてないのは、王都内のアクーセルヴス所縁の場所くらいか」


 エリオットの補足に頷きで返す。


(内容的に、アクーセルヴスの棲み処の捜索はもっと前から行われていたっぽいな)


 王国内の主要な水辺、だって、片手で足りる数ではない。

 隣国と比べると小さいものの、アクアサクラだってそれなりに大きな国だ。地方の捜索となれば何日もかかるだろうし、数か月で完了するものとも思えない。


(最も、アクーセルヴスと純度の低下が本当に関係してるかどうかも定かじゃないけど……)


 アクーセルヴスの棲み処を捜索していたのは、純度調査のためというよりも別のところに要因がありそうだった。


「わたくしたちは何からする?」


 もっとも、わたくし自身は、エリオットもそう予測している通り、アクーセルヴスが関係しているだろうと確信している。


 加護の効果は時間経過で変化するものではない。加護を与えたものによってのみ、解除できたり弱めたり、強めることが出来るのだ。加護を受けた側は与えられるものを受け入れるしかできない。

 同じように、魔法もまた、時間経過で変化するものではなかった。魔法の種類にもよるが、長期間にわたって効果を持続させるような魔法なら、微量でも魔力を流し込み続けなければならない。

 となれば、純度が加護によるものだとしても、魔法によるものだとしても、“途中で汚染するような何かがなければ”アクーセルヴス自身に問題があると考えるのが正しい。


(問題は、アクーセルヴス自身には問題がなくて、王都を流れる水源のどこかで汚染されている可能性)


 知らず、険しい顔をしていたようで。

 クアラが苦笑しながら「アリア、顔が怖いわよ」と教えてくれた。


「とりあえず、改めて水質を調査してみるのが良いかと思うんだけど、どうかな」


 うーん、と唸りながらエリオットが提案した。

 魔法士団や研究所の職員がすでに調べている内容である、目新しいものが見つかるとも思えなかったが、兎に角動いてみるのは大切なことだ。

 わたくしは頷いた。


「そうしよう。何かアイディアが思いつくかもしれないし」

「じゃ、決まりだね。とりあえず、ドクトリア運河に行ってみようか。調査キットは用意してるからさ」


 ぽん、と軽く手を叩いてフレディが笑顔を浮かべた。

 わたくしたちは頷き合うと、調査に向かうべく立ち上がった。

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