18.王子殿下はサークルを主宰する

 てっきり朝の時間にフレディから話が来ると思ったが、声がかかったのは二時間目が終わったあと、ランチタイムに入ってからだった。


 今日も「アリア」と名前を呼ばれ、わたくしは鞄を取ろうとした手を止めた。

 エリオットの席は教室の中央に位置する席で、フレディはその後ろである。わたくしの席は窓際一番後方の席なので、決して近いわけではないし、扉との行き来のタイミングで話しかけられる位置でもない。

 エリオット的には「友人なんだから」ということなのだろうが、わたくしは一瞬苦い顔をしてしまって、慌てて居住まいを正した。


「殿下、どうかされましたか?」


 問うたものの、要件は理解している。サークル設立の件だろう。

 エリオットもわたくしが察していることをわかっているようだった。

 こくりと頷いてから、「今日も一緒にどうかな、」と首を傾げる。


「クアラも一緒でしょうか?」

「もちろん。朝たまたま会ったから、もう誘ってある」


 続いた言葉に今度こそ耐え切れずに苦笑した。それは、クアラも大層困ったことだろう。

 わたくしは頷いて鞄を取った。

 食事に誘ってくる、ということは、今日もフレディが個室の手配を済ませているに違いない。


「昨日中途半端に話が終わったから、気になっていて。こちらで進めたことがいくつかあるんだ」


 もう耳に入っているかも知れないけど。

 続いたエリオットの言葉には頷くにとどめた。





 二日目だからか、サークル設立の情報が僅かでも出回り始めているからか、はたまた、フレディが一緒にいるからか。

 今日は誰の邪魔も受けずに教室を出ることが出来た。


 フレディから提案を受けて、今日は直接クアラを迎えに行くことになった。

 ミドルクラスに向かうと教室内のざわめきが強く、人の多さに少し圧倒される。ミドルクラスはハイクラスよりも所属人数が多く、倍近く生徒がいるので、その分熱気も強いのだ。


 全く気にした様子のないエリオットは、早速自ら教室へ向かおうとする。そういう雑用などは他の者に任せてしまえばいいのに、とりあえず自分で動く――自分で声をかける――のはエリオットの美徳だろうし、欠点でもあった。

 フレディがエリオットを窘めている間に慌ててわたくしが前に出る。この場合、異性からの呼び出しよりも同性からの呼び出しの方が角が立たないだろう。

 入り口近くにいた生徒に声をかけると、フレアはすぐにこちらに気づいたようだった。

 呼び出すより早く、にこにこと笑いながらこちらにやってくる。


「アリア、来てくれたのね」


 本人がやってきたので、声をかけた生徒には礼を言って教室を出る。

 「来てくれた」に妙に感情が籠っていたので、やはり昨日も今朝も色々あったのだろう、と推測する。

 昨日クアラを呼びに行ったのはフレディだったが、フレディ・マーズがエリオットの侍従であるとは初日の時点で知れ渡っている。侍従、とは思わなくとも、エリオットと近しい人物だという認識を持っている者が殆どだ。

 そのフレディから声がかかれば、イコール、エリオットからの呼び出し、と想像するのは苦でもなく。

 当然、クラスの令嬢たちからのあたりはきつかっただろう。


 ハイクラスの公爵令嬢たちはは状況を正しく理解してくれているが、ミドルクラスにはハイクラスに入れなかった侯爵令嬢たちがいる。

 彼女たちはエリオットとわたくしのやり取りを聞いてはいないし、同じ条件であるはずのクアラが自分たちを差し置いて王子殿下に近づいているのなら、面白く思うはずがないだろう。


「朝、大変だっただろ?」


 ひっそりと問いかけると、クアラは心底嫌そうな顔をして「大変なんてものじゃないわよ」と頬を膨らませた。


「殿下ったら、相変わらず人目のつくところで声をかけるんだもの。ランチの誘いなんて誤解を生むし、慌てて“アリアも一緒ですよね!” って付け足す羽目になったわ」


 エリオットの発言そのものはフレディも制御できないので、フレディと二人で慌てふためいたに違いない。

 同じハイクラスのわたくしならともかく、ミドルクラスのクアラへ同じように誘ったらどうなるかくらいわかるだろうに。

 鈍感なのか、周囲を信頼しているのか。あるいは周囲への関心がなさ過ぎるのか。

 そのすべてかもしれない。





 教室前の廊下で待たせていたエリオットとフレディに合流して、わたくしたちはレストランへと向かった。

 フレディが用意した、昨日と同じ個室に案内される。今日は特に事前注文していなかったようで、着席するなりメニューを渡された。

 わたくしは季節のフルーツを使ったサンドイッチを選んだ。男性陣は腹持ちのしそうな肉料理を、クアラはパスタを注文する。

 授業についてなど談笑している間にそれぞれの食事が運ばれてきたので、わたくしはのんびりと食べ始めながら「そういえば」と声を上げた。


「スプレンダー様から、殿下がサークルを立ち上げたらしいって話を聞いたのだけど、いつ設立申請したんだ?」


 殿下が、と言いつつ、実際作業をしたのはフレディだと思われたので、視線はフレディに。

 フレディはハンバーグを切り分けながら「スプレンダー様から?」と首を傾げつつも、「昨日ね」と頷く。


「受理に時間がかかるって聞いたから、先に設立申請しておこうと思って。殿下にだけ確認とって進めちゃったんだけど、一回申請通せば変更はすぐできるらしいから」

「ちなみに、どんなサークル名になったの?」


 クアラが思い出したように聞いた。

 昨日、エリオットが悩んでいたのはサークル名だったな、とわたくしも思い出す。


「生活に根付く精霊魔法研究サークル」


 間髪入れずに、エリオットが答えた。


「略して生精魔研」

「……略す必要ある?」


 略されたら何のサークルなのか全然想像できない。

 思わずじっとりエリオットを見つめたが、エリオットは「異論は認めない」と言いたげな表情だ。フレディは「いつでも変えられる」と言ったが、これは変える気がなさそうだ。

 まあ、わたくしも(おそらくクアラも)特にこだわりはないので、サークル名はそれで構わない。


「申請って、どんなことが必要なんだ?」

「んー、サークル名、代表者、サークル活動内容、加入条件、かな」

「加入条件は結局どうしたの?」


 サークル名よりもむしろ、そちらの方が気になってわたくしもフレディを見据えた。

 フレディは「試験合格者のみとしか書いてないよ」と苦笑した。


「初期メンバーはこの場の四人だから、本当は受験する必要はないんだけど。後から何か言われるのも嫌だから、互いに問題を作りあって受験するっていうのはどうかなって」


 続いた話に、思わずクアラと顔を見合わせた。


「それはいい案だと思う」

「私もそう思うわ」


 フレディなりの気遣いだろう、と思ったので頷く。

 後は単純に、クアラやエリオットの作る問題を解いてみたい、という気持ちもあった。


「ところで、フレディはそっちの方面大丈夫なの?」


 そっち、と言葉をぼかしながら、クアラが問いかける。

 クアラはわたくしと同じく論文を発表するくらいだし、実際精霊研究については第一人者と言っても過言ではない。そもそも精霊について研究している人が少ないのもある。

 わたくしは言わずもがなだし、エリオットも聞く限りでは何らかの研究をしているらしかった。

 普通の令息であれば、わたくしたちのように学問にのめり込むことはあまりない。そのための魔法士養成学校なのだし、どちらかと言えば学校で学んでいくものだ。

 フレディは肩を竦めて「僕が誰の侍従だと思ってるの?」と視線を隣に向けた。

 エリオットは特に興味なさそうな様子で食事を進めている。フレディの言うことももっともだった。


「侍従っていうか助手も兼ねてるというか」

「フレディはむしろ殿下の秘書みたいな感じよね」


 本人の言に、クアラが苦笑交じりにそう言った。


「それなら、試験の心配は必要なさそうだな。どういう組み合わせで試験する?」

「難易度のラインも決めないと」


 一つ決まると話がどんどん進んでいく。

 とりあえず食事を終えてしまおう、と、残りの料理を片付けて、食後の紅茶を持ってきてもらう。

 甘いものも足したい、とエリオットが主張したので、お茶請け代わりにフルーツを持ってきてもらった。

 今朝取れたイチゴらしい。瑞々しくて甘く、とても美味しかった。


「卒業試験以上の難易度が下限で、上限は設けない感じでどうかな」


 エリオットがそんな提案をした。「上限なし?」とフレディが聞き返す。


「それは、難しすぎる感じになるんじゃ?」

「いやでも、限界見て見たいだろ、二人の」


 限界、という言葉にふむ、とわたくしも考える。

 クアラや、エリオット、フレディの最高難度の問題。それは確かに興味がある。


「良いよ、そうしよう」

「アリア……まあ、私もそれでいいけど」


 難しい物には燃える方だ。研究者なんて皆そんなものだろう。難しい、解明できていないものを少しずつでも理解していくことが楽しいのだ。

 クアラが呆れたような声を上げたが、異論はないらしかった。


「自分の論文だけを取り上げるのは無し。あくまで客観的に立証されているものだけを問題とする。問題の分野は自分の分野で構わない。アリアは精霊魔法理論、クアラは精霊学、俺は精霊魔法学。フレディはどっちかというと呪文学だよな」


 エリオットがつらつらと条件を足した。

 エリオットは精霊魔法学を主に取り扱っているらしい。わたくしの魔法理論と近しい分野だが、精霊魔法の原理を解き明かす魔法理論と違い、魔法学は精霊魔法そのものについて、種類や威力、組合せなどを解明していく分野である。どちらかというと実践寄りの学問だ。

 フレディが呪文学、であるのは、エリオットの助手をしていく中で興味が出た分野がそちらだったのだろう、と推測できる。

 そういえば、昨日の呪文学の授業も興味深そうに聞いていたな、と思い出す。フレディ的には既に知っている内容だっただろうが、自分以外の人が語る「基礎」内容は楽しかっただろう。


「合格ラインは?」

「作者が決めるんでどう?」


 それがいいね、と、一通りのことがまとまった。

 試験は来週初めに行うことになって、それまでの間試験についての話は禁止となった。


「組み合わせは当日決めよう。事前準備なしってことで」


 最後にエリオットが宣言したので、わたくしたちは全員「それでいい」と頷いた。


「それから、当面の間はこの四人でランチが出来たらと思うんだけど」


 ついでとばかりに付け足す。

 わたくしとクアラはすぐさま強く頷いた。

 毎度教室や人目のつくところでランチに誘われるのは忍びない。エリオット的には、毎日誘いに行くのは面倒、くらいにしか思っていないかも知れないが。


「ランチタイムになったら、レストラン前で集合でいい?」


 とはいえ、呼びに来られるのも面倒なので、すぐさま待ち合わせを決めておく。フレディが「よくやった」と言いたげな様子で大きく頷いた。


「そうしよう。それならその日に会えなくてもランチに必ず会えるしね」


 個室の手配は変わらずフレディがしてくれるようだった。

 エリオットが満足そうに、「それじゃ、明日もよろしく」と笑った。

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