32.侍従は令嬢を揶揄いたい 2

「それで、ルナ、クアラの精霊には眷属がいるのか?」


 プルケラソノ、と聞いた名前を思い出す。ルナムペルシャは『いらっしゃいますよ』と軽い調子で告げると、『プルケラソノは中位の精霊ですね』と教えてくれた。

 興奮していたクアラが再びルナムペルシャに向き直る。ルナムペルシャ――が入り込んだ月の小精霊は、ルナムペルシャがそうするように、ややゆっくりとした調子で拍手をしている。


「中位?」


 今まで聞いたことのない単語にわたくしが首をかしげると、ルナムペルシャは『はい』と頷いて見せた。


『もっとも、精霊の間でそのように呼ばれているわけではありませんよ。皆さまにご理解いただきやすいように、私が適当な名称を付けたにすぎません。

 大まかに、精霊同士の力の強さで高位・中位・下位と区分した場合、プルケラソノは中位の精霊です』


 ややこしい言い回しだが、要はそのようなランク付けの概念はあれど、それをどう呼ぶかの名称はない、ということだろう。あるいは人間には理解できない精霊語、または特殊な古代語で呼んでいるのかもしれない。

 いずれにせよ、どう呼ぶか、は問題ではない。ルナムペルシャに眷属がいることで大雑把な理解はしていたが、やはり精霊間で力の強さ、というのは明確な優劣をつけるようだ。


「それは、高位の精霊は中位以下を、中位の精霊は下位の精霊を従えることができる、ということ?」

『おおむねその認識で問題ございません。最も、力づくで言うことを聞かせられる、という程度の区分がそうなだけですので、同属性同士の精霊で交流がある場合、人望が強い方の言うことを聞く、というのはあり得ることです』

「……それじゃ、まるで、精霊にコミュニティがあるみたいだけど」


 思わず問いかける。

 ルナムペルシャ――月の小精霊はわたくしのほうを振り向くと、にっこりと笑って見せた。


『物好きたちはそういうものも、作るでしょうね』


 やはりはっきりと答えるつもりはないらしい。

 人語を解す精霊が人間に精霊の全てを教えてくれるなら、精霊学研究はこれほど遅れてはいないだろうし、そう考えるとやはりルナムペルシャが異常なのだ。

 どちらかといえば、そんなルナムペルシャを“人間側”に属させてしまった、わたくしが異常なのだろうとも思ったが――考えるのも面倒なので気づかなかったふりをする。大体、考えたところでどうにかなる問題でもない。


「ってことは、私のプルケラソノは、下位の精霊を従えられる可能性があるってことね……!」

『そうなりますね。ぜひ、一度お話されてみてはいかがでしょうか』


 兎に角、クアラの精霊にも眷属らしきものがいる可能性が分かったので、わたくしは少しほっとした。

 続けてフレディに視線を向ける。聞けばエリオットは普通に答えてくれるだろうが、すぐに聞くのはやはり躊躇われた。といより、クアラとフレディと、わたくしの精霊で回収できるなら、エリオットの精霊までは聞かなくても良いかと思っていた。


(さすがに王族の精霊だし……)


 フレディはわたくしの意図に気づいたようだった。すかさず、「じゃあ次は僕だね」と声を上げる。


「ルナムペルシャ様、初めまして。僕はフレディ・マーズと申します」

『マーズ伯爵子息ですね。お噂はかねがね』


 噂? と首を傾げたのはわたくしだけのようだった。

 いつの間にかわたくしの近くに寄ってきたクアラが、こっそり耳元で「マーズ家の子息がエリオット殿下の侍従なの、社交界では随分前から有名な話よ」と教えてくれた。


「それだけじゃ噂って程でもないだろう」

「殿下が常に傍に置いてる上に、フレディが関わる内容は大抵うまく成果を残すから。殿下が優秀って話とセットで、殿下の侍従も優秀って噂になってるのよ」

「なるほど」


 つまるところ、将来有望な若者の一人として注目を集めている、ということだろう。

 社交界、それも特に女性間の間では、イコール嫁ぎ先の候補として名が上がりやすい、ということだ。


(確かに、フレディから婚約者の話って聞かないな)


 もしいたとしたら、エリオットと一緒とはいえ、こうも気楽にわたくしたちに話しかけはしないだろう。その辺りの分別は持っているだろうし、資質によるところもあるが、問題なければ婚約者にも調査の協力をさせただろう。


(そういえば、フレディも殿下と一緒に留学していたのだった)


 猶更婚約者などいるはずがない、と思い至って、わたくしは納得をした。

 ついでに、わたくしとクアラが他のご令嬢たちからあれこれ噂されているもう一つの理由にも思いつく。きっと誰も、本気でわたくしとクアラのどちらかがエリオットの婚約者になるとは思っていないのだ。


(つまり、フレディの婚約者候補って意味でも注目されてたのか……)


 より現実的なのは、その侍従であるフレディとの婚約だろう。

 当然、エリオットに近づく不届きな令嬢、というレッテルも貼られているだろうが、フレディもわたくしたちと親しく話すので、その点でも目立ってしまっているようだった。


「僕が契約している精霊ですが、グラヴィスフと言います」


 フレディははっきりとした声で精霊の名前を告げる。ルナムペルシャは『グラヴィスフですね!』と、喜色めいた声を上げた。


「ルナ、知ってるのか?」


 その様子が少し不思議に思えて、問いかける。ルナムペルシャはわたくしのほうをちらりと見ると、『存じておりますとも』と頷いた。したり顔で笑う様子が目に浮かぶ。


『炎の守護を得ている家系を中心に、人の子が好きな精霊です。そうですね、人間の言葉でいえば、友人、知人くらいにはなるでしょうか』


 懐かしむような声色がどこか珍しく、わたくしは「へぇ」と思わず声を漏らす。

 フレディもいまいち実感がわかないのか、「グラヴィスフが……?」と僅かに首を傾げた。


『グラヴィスフは上位に位置する精霊ですから、当然従える精霊も多いでしょう。心配することはないかと』


 それから思い出したように、『あいつは悪戯好きですしね』と付け足す。


「どういうことだ?」

『私が知る限り、グラヴィスフも人間の言葉を知っていたと思いますが』

「えっ!」


 声を上げたのはフレディだった。

 けらけらとルナムペルシャが声を上げて笑う。予想以上の反応を得られたらしい。


 フレディを見る限り――ルナムペルシャが話し始めた時の反応で分かってはいたが――グラヴィスフはフレディに人語を解していると伝えたことはないようだ。

 意思疎通、のようなはっきりしたものではなくて、もっと曖昧な、感情やイメージの共有で契約されているのかもしれない。


 困惑するフレディを置いて、ルナムペルシャの――月の小精霊の視線がすい、とエリオットに向かう。エリオットが僅かに身構えた。


「……――三人もいれば問題ないだろ、それほど大量に水路があるわけでもないし」


 エリオットの精霊についても問答無用で聞き出そうとする気配を感じて、わたくしは強引に話に入った。小精霊がわたくしに顔を戻す。やや不服そうな顔をして、ルナムペルシャが『なんです、問題ないなんて』と文句を言った。


「実際、問題ないだろう。今ある水路を三グループにまとめなおそう。それで、互いの精霊の眷属の力を借りて、水を採取してくる」


 十分じゃないか、と伝えれば、ルナムペルシャは数瞬わたくしの事をじっと見つめて、やがてはあ、と大きなため息を吐いた。


『……私は構いませんけどね。プルケラソノや、グラヴィスフが協力するかはわかりませんよ』


 それは当然だろう。わたくしはクアラとフレディに視線を向けた。


「帰ったら頼んでみるわ」

「僕も話をしてみる。他にも、色々、聞きたいけど……」


 ぐ、と小さく拳を作ったフレディに苦笑を返して、頷く。とりあえず聞いてみてから考えるのも良いだろう。


(……いざとなったら、最悪、)


 ルナムペルシャが『まったく、甘いですねえ、リア様は』と小さな声で呟いた。

 わたくしは考えようとしていたことを振り払って、エリオットに向き直る。遮られたエリオットは、些か申し訳なさそうな顔をして、「すまない」と小さく謝罪した。


「気にしないでくれ。そもそも、ルナムペルシャがちょっと変なだけだし」

『ちょっと変、とは失礼な。こうしてお嬢様のために尽力しているではありませんか』

「まあ、そのことについては感謝するけど」


 話しを戻そう、と、わたくしはフレディを見た。こういう時に進行するのはフレディの役目だ、それをフレディ自身も理解しているので、頷いて話を引き継いだ。


「とにかく、僕らの精霊が協力してくれるかどうかに寄るってことだね。

 仮に協力してくれるとしたら、採取瓶を渡して採取してきてもらう感じになるかな?」

「そうね。あらかじめ瓶にラベルを貼って、場所を指定しておけば大丈夫じゃないかしら」


 クアラが考えながら付け足す。わたくしも頷いて同意した。


「とりあえず水が採取できれば、後は調査するだけだもんな」


 そちらはエリオットの伝手で王宮の施設を使用させてもらえるだろうし、いずれにせよ一度に処理できるものでもないので問題はないだろう。

 エリオットも納得して頷いた。


「その線で行こう。一応俺も、俺の精霊にそういう存在がいないか聞いてみるよ」


 協力できるかはともかくとして。


 最後に付け足されたエリオットの言葉には苦笑して、わたくしは未だ月の小精霊を制御したままの、ルナムペルシャに思念を飛ばした。そろそろ解放してやれ、というものだ。

 ルナムペルシャが肩を竦めた気配がして――月の小精霊が『それでは』とわたくしたちに向き直る。


『話もまとまったようですし、私はこれで。いつか実際にお会いできることを楽しみにしております』


 それから、『アリアお嬢様をどうぞよろしく』なんて、恥ずかしい言葉を足して恭しく礼をした。瞬間、そのままぽてり、と小精霊の体が前に倒れた。


「これは……」

「……帰ったみたいだ」


 帰った、という表現は相応しくないのかもしれないが。それ以外の言葉が見当たらず、わたくしは苦笑した。ルナムペルシャはやる事が突飛だが、わたくしが本当に嫌がることはしないし、ある程度は人間社会の常識に合わせてくれる。わたくしがそうしろ、と言ったのもあるが、わたくしと出会う以前からも人間たちに紛れて生活することを楽しんでいたようだから、元々の気質なのだろう。


 解放された月の小精霊は、ぱっと倒れ込んだ体を起こすと、困惑した様子できょろきょろと周囲を見回した。それからわたくしの事を見つけて、ぱっと顔を明るめる。とたとたと走り寄ってくる姿に、わたくしは思わず人差し指を差し出した。

 また、月の小精霊が嬉しそうにわたくしの指に飛びついた。すりすりと優しく頬ずりをして、ぺろり、と一度だけ指先をなめとって。

 それからにこりと笑って、ぽん、と消えてしまった。用事が済んだので姿を消したらしい。

 一連の事を眺めていたクアラが、心底呆れた様子で、「アリアは分からない事ばかりだわ」と呟いた。


「まあそこも、アリアの魅力の一つなんだけど」


 それから柔らかく笑んだので、わたくしは幾らか安堵して――「うん、ありがとう」と三人に礼を言った。

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