第22話 神殿の主②
揺らぎ、歪む視界の向こうに泣き叫ぶ詩穂さんの姿が見えた。
冷たい敷石の感触‥‥
頭が燃えるように痛い。
そうか、僕は倒れたのか‥‥‥でもオークは2体倒した。
僕はどうやらここまでのようだ。
詩穂さんをゴブリンから助け出し、一緒に料理して森を捜索して一緒に寝た思い出が頭に浮かぶ。
詩穂さんと日本でデートしたかった。
詩穂さんの手料理を味わいたい。
詩穂さんを抱きしめたい。
詩穂さんともう一度キスしたい。
このまま僕が力尽きたら詩穂さんはどうなる?
うまく逃げれただろうか? それとも‥‥‥‥
だめだ‥‥‥僕は‥‥僕にはまだやることがある。
こんなところで死ぬ訳にはいかない!
僕は詩穂さんを守るって約束したじゃないか。
‥‥なにか柔らかいものに包まれている。
僕の唇に何かが触れた。
身体の痛みが徐々に引いていく‥‥‥
「涼真君! よかった‥‥生きてた」
「し‥‥しほさん‥‥‥‥?」
次第に意識がクリアになっていく。
僕の眼前に泣き崩れた詩穂さんの顔がある。
「よかった‥‥涼真君‥‥死んじゃったかと思って心配したのよ」
どうやら僕は詩穂さんに助けられたようだ。
死ぬ寸前で回復の水を飲まされ奇跡の生還を果たしたのだ。
「詩穂さんありがとう」
泣き濡れた詩穂さんは、それでもまだ泣き止まない。
僕をぎゅっと抱きしめて、その胸に僕の顔を埋める。
詩穂さんの匂い‥‥そして温もり‥‥‥‥
詩穂さんの鼓動が聞こえる。
僕は幸せな柔らかさに包まれ、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
詩穂さんの鼓動を感じていると頭を優しく撫でられた。
「もう、あんな無茶してホントに心配したんだから‥‥‥」
「ごめん‥‥‥‥」
僕は自責の念に駆られてしまった。
「詩穂先輩、イチャつくのは後にしてください!」
こずえちゃんの言葉でまだ戦闘中でオークはもう1体いたことを思いだした。
「詩穂さん僕はもう大丈夫だから」
僕の言葉を理解したのか、ようやく詩穂さんの顔に笑みが戻った。
回復したとはいえ、まだ立ち上がるのがやっとだった。
「古橋先輩は?」
「こずえちゃんが手当てしてるわ。片腕を失ったけど命に別状はないみたい。獣人化のスキルなのか生命力が凄いの」
「そうか‥‥よかった」
僕と詩穂さんはいったん後方に下がり、こずえちゃんたちと合流した。
最後に残ったオークにとって僕たちは眼中にないようだ。
「泰阜すまん。俺たちが先走ったばかりにお前たちまで危険な目に‥‥」
「ああ、まったくだな。その犬耳は獣人化のスキルの影響か?」
「レベルアップして獣人化のスキル効果が上がった影響だ。だが‥‥そのせいで自分が強くなったと錯覚しちまった‥‥‥‥その結果がこのざまだ」
僕は先輩の失った右腕を見た。
おごりや慢心は身を亡ぼすということを目の当たりにした瞬間だった。
「岩木呂君は手遅れだった。篠木さんはわからない」
「そうか‥‥‥だが、残るオークはやつらの親玉だ。気をつけろ」
「オークの親玉‥‥‥」
僕はごくりと唾を呑み込んだ。
苦労して倒したオークより格上のオークがまだこの後に控えているのだ。
[インペリアルオーク] それがこの神殿の主の名前らしい。
オークの上位種か・・まさにこの神殿、オーク王国の皇帝か・・・・
そんな強敵に満身創痍の僕たちで勝てるのか?
ただのオークにすら苦戦したんだぞ。無理に決まっている。
そこで僕たちは話し合った。
僕が陽動で皇帝オークの注意を引く、その隙に古橋先輩と詩穂さんが篠木さんの生死を確認する。こずえちゃんは弓で僕のサポートだ。
篠木さんが生きていれば救いだし、死んでいてもいったん上の階に退却することに決めた。
強敵とまともに戦うほど僕たちは馬鹿じゃない。
「オークはまだ動いていない。よし、作戦通りにまずは一斉攻撃だ!」
僕と詩穂さんが魔法で、こずえちゃんが弓で遠距離攻撃を仕掛けた。
炎の矢と水弾、そして矢がオークの背に命中する。
オークの皇帝たるインペリアルオークは僕たちを睨むと雄叫びを上げた。
「ブホォォォォォォ‼」
その皇帝オークの外見は、他のオークのようにただ太っているだけではない。
暗緑色の肌と2mを超える巨体は一緒だが、その体付きは引き締まった逞しい体躯であり、赤く血走った眼が並みのモンスターでないことを証明していた。
「行くぞ!」
僕の合図とともに詩穂さんたちが動きだす。
僕の役目は皇帝オークの注意を引付けること。無理に戦闘することはない。
オークの持つ戦斧の間合いに注意しながら魔法で攻撃する。
僕の動きに釣られて皇帝オークが動きだす。
その背後には遠目だが女性の裸体が見えた。
ここからでは生死は確認できないが、それは僕の役目じゃない。
僕の役目は皇帝オークを釣りだすこと。
戦斧を振り回す皇帝オークの間合いの外からの、ちまちまとした攻撃だ。
ほとんどダメージは与えていないようだが、その注意を引くには十分だった。
詩穂さんたちが篠木さんに近付き、その身体を支えるように後ろに下がっていく。
―――ということは篠木さんはまだ息があるということだ。
自力では歩けないところを見ると、気絶しているか衰弱しているかのどちらかだろう。もしくは両方かもしれない。
最悪な事態も想定したが生きていて良かった。後はタイミングを見計らって僕も逃げるのみだ。
おかしい‥‥‥退却するはずの詩穂さんたちが上の階へと続く大扉の前で立ち往生している。なにか問題が発生したのか?
「ダメっ! 鍵が掛かっている。私たちはこの広間に閉じ込められたのよ」
僕は理解した。この広間からでる方法はふたつ。
ひとつはこの神殿の主であるインペリアルオークを倒すこと。
もうひとつは死体となってこの広間からでること。
そこにオークの巨体が迫ってくる。
もう逃げ場はない。
無茶は承知だが、ここで皇帝オークと戦うしかない。
皇帝オークは重そうな戦斧を軽々と振り上げなら突っ込んでくる。
あんな重そうな攻撃を受けたらひとたまりもない。
肝心の盾も先のミストボアとの戦闘で半壊している。
そんな盾で戦斧の攻撃を受けたら盾ごと腕をやられそうだ。
一撃でも攻撃を受けたら死ぬ。
なんてスリリングな戦闘だろうか。
ミスしたら死ぬ? 冗談じゃない。
僕は戦いのプロじゃない。
普通の高校生だぞ。
戦闘民族でもないただの高校生だ。
だが、やるしかない。
陰キャの意地を見せるときは今しかない!
皇帝オークがひときわ大きな雄叫びを放ちながら戦斧を振るう。
僕は決意したのだ。
詩穂さんの命だけは何としても守る。―と。
たとえこの身が切り裂かれようとも彼女を守ると決めたのだ。
だが、詩穂さんの行動を見て僕は唖然とした。
男の僕ですら足がすくむ相手に果敢に立ち向かおうとする詩穂さんの勇ましい姿がそこにあった。
「私も戦うわ」
槍を構える彼女の勇ましい姿に見惚れてしまいそうになる。
「わかった。でも無理はするなよ」
こうなった詩穂さんは僕の言うことなんか聞かない。
本心は戦ってほしくない。
だが、そんな彼女を説得する時間も理由も僕にはなかった。
皇帝オークと僕たち、To Live Or To Die 生きるか死ぬかの戦いなのだ。
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