第26話 再会③

 地区予選 3回戦 瑞北高校 2 - 1 楠誡学院

 9回の裏 2アウト 1.3塁


 あと一人抑えれば瑞北高校の勝利が決まる場面。

 相手バッターがセカンドフライを打ち上げ、キャッチすれば勝利が確定する。

 しかし、瑞北の内野手の痛恨のエラー、それだけならまだ同点なのだが、その内野手による大暴投で試合が壊れた。



 夕暮れ時の部室にて。


「いやー、加賀君のおかげで良い夏の思い出ができたわー」

「見事なエラー&大暴投による劇的なサヨナラ負け。いや、素晴らしい!」

「あれだろ? 俺たち3年の最後の大会だから、お前なりのサプライズ演出なんだよな、そうだろ加賀」

「す、すみません先輩‥‥」

「お前を別に責めてる訳じゃないんだぜ」

「そうだぞ加賀、俺たちだって地区優勝とかできるとか思っちゃいねえ」


「すみません‥‥ホントにすみません」

「お前は2年だし来年もある。んで俺たちはこれでめでたく引退ってもんよ」

「お前のおかげで有意義な部活動もこれで終わりかぁ~ お前はいいよな~ 可愛い彼女もいてよぉ。俺なんか右手が恋人だぜ」

「そいやお前の特技は野球のバットじゃなく、あそこのスイングだったっけ」

「‥‥‥すべては俺の責任です。申し訳ありませんでした」


「なあ加賀君よぉ。俺たちにもいい思いさせてくれるよな!」

「いやそれは‥‥」

「いいよな加賀! 俺たちは優しいからよぉ。これで手を打とうっていってやってんだよ。わかるよなぁ、賢いお前ならよぉ」

「‥‥‥‥わかりました。彼女を呼び出します。それで許してください」


 3年生たちはエラーをした内野手を追い込んでいた。

 

 


「裕君どうしたの? こんな時間に呼び出して」

「静香‥‥ごめん」

「えっ!?」

「いらっしゃ~い。加賀君の彼女の静香ちゃんだね」

「そうですけど‥‥ちょっと手を放して‥‥痛っ! ちょっと!」


 女生徒が部室前にやってくると数人の野球部員が彼女を囲み、部室に引き込んだ。


「騒ぐな! おとなしくしてろ! お前は彼氏に売られたんだよ」

「やっ! 放してっ! いやあぁぁぁぁぁ‼」

「おい、そっち押さえとけよ。なんだ、この女すげえ力で抵抗しやがる」

「ギャハハハハ! お前情けないな。女ひとりにやられてんじゃねえよ!」

「おい見ろよ。でけえなこれ」

「俺、口も~らい!」


 女生徒は抵抗するも多勢に無勢、野球部員たちの魔の手に落ちた。


   ◇


 僕が部室のドアを開けると、複数の男子生徒に強姦されている女生徒がいた。


「んだテメエはよぉ。邪魔すっとぶちのめすぞ!」

 

 ひとりの野球部員が俺を部室から追いやろうと手を出してくる。

 感情が高ぶった僕はその手を払いのけた。


「お前ら! 何してやがる!」


「ああん? 見りゃわかんだろ。部外者のお前にゃ関係ねえんだよ。でも、見られたからにはお前もただじゃ帰さねえぞ」


 野球部の強面の先輩がすごんでくる。

 ちょっと前の僕だったら泣いて謝るところだが今は違う。

 そもそもが君子危うきに近寄らずで、こんなことは見て見ぬ振りしていたはず。


「じゃあ、僕も仲間に入れてくださいよ‥‥っと!」


 殴りかかってきた部員のパンチを片手で受け流し、そのまま足払いをした。


「テメエふざけたことしてんじゃねえぞ! こらあっ‼」


 おおっ! こわいこわい。しかし、いくら野球部員が粋がってもオークのそれに比べたら天と地ほどの差がある。

 何だろうな、こいつらが全然脅威に思えないのだ。

 むしろ滑稽に見えてくる。


「ボコボコにしてやんよ」


 俺を取り囲むように部員たちが周りを固めてくる。

 だが、狭い部室では大きくは暴れられない。

 僕の背後から部員が勢いよく殴りかかってきたのを受け流し、ちょっと押してやるだけで見事に別の部員の顔にその拳が命中する。

 仲間同士の自爆攻撃。あっこれちょっと楽しいかも。

 でも、顔面はよくないな。


 しばらくすると立っているのは僕以外いなくなってしまった。

 野球部員は全員ボロボロになって地面を這いつくばっている。


 いや、ひとり動いている人物がいた。

 パシン! 部室に平手打ちの良い音が響きわたる。 


「裕君‥‥どうしてこんなことを‥‥」

「‥‥‥ごめん」

「理由はなんとなくわかってる。つらかったでしょう‥‥でも、これは立派な犯罪だよ。ことが公になれば廃部もあり得るんだよ。それだけじゃなくて停学や退学もんなんだよ‥‥‥マジでなにしてんのさ」


 強姦されていた女性‥‥篠木さん。

 その篠木さんに平手打ちされたのは確か隣のクラスの加賀君?

 直接話したことはないけどスクールカーストの上位グループの一員、もちろんイケメンであり野球部においても2年生にしてレギュラーを勝ちとるほど目立つ存在で、篠木さんの彼氏だというのは有名だった。 


 篠木さんは乱れた姿のまま加賀君を冷ややかな目で睨んでいる。

 僕はその顔を見ただけで、背中にゾクゾクっと電流が走ったような感じがした。

 こわっ! ヒスを起こした女性こわっ~ 特に篠木さんのようなつり目がちな美人だと、なおさら迫力がある。


「こんなことになって‥‥もう、あーしら終わりだね」

「静香それは‥‥いや、そうだよな‥‥それが一番だよな」

「でも、これで裕君のこと許した訳じゃないから」


 まあ、そうなるよね。それは仕方がないと思う。

 こんなことになって喜ぶのは、ごく一部の特殊性癖のあるやつ以外いないだろ。

 もし僕が篠木さんの立場だったら絶対許せないし、このままつき合うのは無理だ。

 そんな篠木さんに僕はどんな言葉をかけていいのかわからない。


 僕は彼女の行動を見守ることにした。


 その後の女王様たる振る舞い‥‥おそろしや。

 衣服を整えた女王様は野球部の先輩たちを一列に並べ土下座させ足蹴にしている。

 その手には彼らのスマホが握られている。

 

「で、動画はこれで全部かしら?」

「はい‥‥‥」


 撮影してた馬鹿もいたためメモリごと没収とデータの削除である。

 そして、没収した動画には犯行のすべてが映っている。

 これが公にでれば一大事である。

 もちろん被害者たる彼女もダメージは受けるが加害者ほどではない。

 そして、僕も暴力を振るったが、それは正当防衛であり被害者を救う行為としてそこまで思い罰にはならないと思う。


 しかし、僕も篠木さんも鬼ではない。

 めんどくさい事件にするより示談交渉で済ますことにしたのだ。

 僕ひとりにボコボコにされた(自爆含む)野球部員は、泣く泣く従うしか選択肢はなかったようだ。


 レベルアップの恩恵はデカい。

 スキルを使わなくてもこのくらい簡単にできてしまう。

 おそらくだけど同程度にレベルアップしている篠木さんでも同じようなことができると思う。だが、肉体と精神は別問題であり、恋人に裏切られたショックと複数の男子生徒に襲われれば、本来の力を出せずに取り押さえられてしまっても不思議ではないだろう。


 幸いなことに篠木さんは生理痛や生理不順等の治療に避妊薬を持っており、妊娠の心配はひとまずなさそうなので安心した。

 だけど加害者の野球部員は篠木さんにより重い罰則を科せられることになる。

 今後は僕たちには一切関わらない、同じ学校であるから挨拶するくらいはあっても、それ以外の関与することは禁止。

 球児らしく坊主頭にすること。ひと昔ならいざ知らず今は坊主頭にしている部員は少ない。ほとんどはスポーツ刈りであり、大会が終わり引退する先輩たちにとっては酷い仕打ちである。僕だって坊主は嫌だ。

 そして、スマホ本体こそ返却されたが、メモリーカードは全没収で本体やクラウド上のデータは全て削除されている。思い出の写真やデータなどあるだろうに、お構いなく削除する彼女は鬼だと思う。

 唯一残されたメモリーカードをどう扱うかは全て篠木さんの配慮に委ねられている。ひょっとしたら返却されるかもしれないし、内容によっては脅しのネタにも使われる可能性もある。


 まあ、僕にとって野球部がどうなろうと関係がないことだし、関与するつもりもない。自業自得だから仕方がないしね。


 その後、時間が時間なので被害者である篠木さんを家まで送ることになったのだが、なぜか腕を組まされ熱い視線を感じるのは気のせいだろうか。

 オークと野球部員に強姦されて辛いはずなのに‥‥なんか調子が狂ってしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る