第25話 再会②

 その日の夕方。


 僕は三郷家のダイニングルームで珈琲を飲んでいる。


 なんでこんなことになったかというと、モフドナルトで食事しているのを詩穂さんの友だちに見つかり、逃げるように店を飛び出して、その後はぶらぶらしながら詩穂さんのお宅で料理を頂くことになったからである。


「ごめんね。友だちが根掘り葉掘り聞いてきて」

「そんなことないよ‥‥ただ、今までそんな経験なかったから」

「もう、こうなったら噂はすぐ広まっちゃうでしょうね」

「噂じゃなくて事実だし、詩穂さんとなら問題ないよ」

「もう、そんなことサラっと言わないでよ‥‥恥ずかしいじゃない‥‥」


 僕だって恥ずかしいよ。


「それより詩穂さんの両親は? 僕がここに居ていいの?」

「家は両親共に共働きで夜遅いから大丈夫よ」

「そっか」


 ということは、この家にふたりっきり‥‥


「なにその顔? ははーん。わかった! 涼真君はふたりきっりで何を期待してるのかなぁぁ‥‥? んんん‥‥ほら、お姉さんに正直に言ってみなさい」


「なっ、ただ‥‥広くて綺麗なお家だなっと思っただけで、ふたりっきりだからって何もしないよ。それより何を作ってくれるの?」


「まあいいわ。今さらだしね。夕飯は涼真君が食べたいって言ってた白いご飯と一般的な家庭料理よ。言っとくけど、元から用意してあった材料でパパとママの分も一緒に作るんだから、そんなに凝った物でないわよ。それでもいい?」


「全然。むしろ家庭料理の方が嬉しいな。ご飯と味噌汁おねしゃす」


「はいはい。着がえて来るから、ちょっと待っててね」


 詩穂さんは僕をダイニングに残して自室に行ってしまった。

 着がえるって言ってたから‥‥それはつまり、詩穂さんの私服を拝めるということにほかならない。

 詩穂さんなら何着ても可愛くて似合いそうだ。


 

 詩穂さんはゆったりとしたシンプルな白のTシャツに、広がりすぎない紺色のフレアスカートで部屋から出てきた。

 可愛い‥‥これはもう拝んでもいいくらい可愛いです。

 むしろ拝ませてください。


「‥‥何してるの?」

「いや何でもないです‥‥詩穂さんが可愛かったから、つい」


 やばい変な人に思われてしまった。


「ちょっと時間かかるからTVでも見て待ってて」


 他人の家のキッチンなので手伝うともいえない僕は、おとなしく詩穂さんに言われた通りにTVでも見て待っていよう。


 TVを付けるとニュース番組をやっており、ちょうど昼間の駅の人身事故について報道されているところだった。


 本来ならニュースなど見ない僕はチャンネルを変えるところだが、地元での事故だったので気になって見ることにした。


 アナウンサーが淡々と事故の詳細を読み上げていく。


「―――――目撃者の証言によりますと、駅のホームにて高校生同士の争いがあり、亡くなった男子高校生は線路に突き落とされ、同駅を通過中の特急列車にはねられたとのことです」


 えっ!? これって‥‥‥まさか‥‥そんな‥‥‥


「詩穂さん!」

「なによ、ニュースがどうしたのよ。えっ! えええぇぇぇ‼」


「―――亡くなったのは市内に住む高校生 ――――――――警察は逃げた男子生徒を重要参考人として行方を追っております――――」


「岩木呂‥‥くん‥‥」

「そんな‥‥どうして‥‥彼が‥‥まさか、偶然じゃないよね?」

「それはわかんない。あの世界で岩木呂君は残念ながら命を落とした‥‥そしてこっちの世界でも同様に命を落とした。時間軸のズレがあったとしても、これは偶然とは僕にはとても思えない」

「じゃあ、世界がリンクしているとでもいうの?」

「あくまでも仮説だけど‥‥ね」


 ニュースは紛争地帯の報道に変わった。


 重苦しい空気がダイニングルームに流れる。

 親しかったわけではないが共に戦った仲間の死、それもこっちの世界での出来事。

 偶然なのか必然なのか判断ができない。

 どっちにしろ知人の死というのは辛い‥‥‥


 詩穂さんも、うつむいたまま無言でキッチンに戻っていった。



 テーブルに大小のお皿が並べられていく。

 じっくり煮込まれたぶり大根に定番ポテトサラダ、作り置きしてあった筑前煮。

 そして、ふっくらとした白いご飯、お味噌汁。


「お口に合えばいいけど‥‥‥」


 いや、これ絶対美味しいやつ。定番だがそれがいいのだ。


「いただきます」


 まずは、お味噌汁。お豆腐とワカメのシンプルな合わせ味噌のお味噌汁。

 家ではもっぱら八丁味噌だから、いかにも別の家庭って感じがいい。

 そして、定番のぶり大根に筑前煮。

 ぶりのうまみが大根にもじっくりしみた定番の逸品。

 根菜がたっぷり入った筑前煮も素晴らしい。

 本命は炊き立ての白いご飯。このふっくらもっちりした甘みが一番食べたかったやつだ。やっぱり日本人は米食べなきゃダメだよね。


「やっぱり詩穂さんの作るご飯美味しいです!」

「ありがと。おかわりあるから遠慮なく食べてね」


 テーブルに向かい合って座る詩穂さんに笑みがこぼれている。

 しかし、どこか空元気が混じっているように見える。


「今度でいいからデザートもよろしく!」

「この時期リンゴはないから別のでよければ」

「詩穂さんにお任せするっす」

「じゃあ考えとくね」

「うん」

 

 詩穂さんに陽だまりのような笑みが戻った。

 今は辛いかもしれない。

 しかし、生きていれば楽しいことはいくらでもできる。

 気持ちの切り替えは大事なことだと思う。


 その後は詩穂さんの希望でツーショット写真を撮ったり、動画を見たり楽しいひとときを過ごした。

 あっちの世界では、スマホらしきものはあっても写真は撮れなかったから、ようやく念願の写真が撮れたって凄く喜んでいる。

 さりげなく肩を抱き寄せ、顔も超至近距離でのツーショット写真は色んな意味でのドキドキものの連続となったけど、彼女の最強の笑顔にすべてやられました。


 楽しいひとときをいつまでも続けたいが僕たちは学生である。

 学生の本分は勉学であり、詩穂さんと同じ大学に進むためには僕の学力ではちと厳しいので今から猛勉強しないといけないのだ。


「名残惜しいけど‥‥また明日ね。でも電話しちゃうかも」

「うん。でも、ほどほどにね。返事遅れたり既読つかないからって怒らないでよ」

「あははは‥‥そんなことじゃ怒らないわよ」


 なんだろう。この幸せ感‥‥‥これが恋人がいるということか。


「じゃあ。おじゃましました」

「あっ! ちょっとまって‥‥‥」


 彼女に呼び止められたその刹那、唇に柔らかい感触が‥‥‥


「えへへ♡ じゃあ、おやすなさい」


 なんだろう。この天使は‥‥天から舞い降りた天使か。きっとそうに違いない。



 詩穂さんの家を後にして僕は気が付いてしまった。

 勉強しようにも鞄は学校に置きっぱなしだったのを‥‥‥トイレに行くといってそのままバックレたのを忘れてたよ。

 まだ時間は‥‥よし、ギリギリ間に合いそうだ。


 自転車を飛ばすこと30分、校門が見えてきた。

 あれ? あそこで歩いてる女生徒の後ろ姿は見覚えがあるぞ。


「篠木さん? やっぱり篠木さんだ。こんな時間にどうしたの?」

「びっくりしたぁ! なんだ泰阜かよ。急に後ろから自転車で近付いてくんなし」

「ごめんごめん。僕は教室に鞄置き忘れたから取りにきたんだけど篠木さんは?」

「あーしは彼に呼び出されたんよね。それより、そっりは彼女に会えたん?」

「おかげさまで会えて、さっきまで一緒だったよ」

「けっ! イチャついてんじゃねーよ」

「そりゃお互い様だろ。これからその彼と会うんだから一緒じゃん。じゃあ、僕は教室いくからじゃあね」


 まさかクラスメイトではあるが、今まで接点のなかった篠木さんと仲良く会話できる間柄になるとは少し前の僕では考えられないことだった。



 職員室にて先生に忘れ物した旨を伝え教室へ向かう。

 暗くなった学校の廊下‥‥迷宮とはまた違う静けさと怖さがある。


 教室で鞄を回収し帰ろうとしたときだった。

 何か凄く嫌な感じがする‥‥これは何だ? あっちは部室棟の方角か。


 部活棟‥‥篠木さんが彼に呼び出されたって言ってたけど‥‥ちょっと気になるな‥‥岩木呂君のこともある。篠木さんは大丈夫か?

 篠木さんは岩木呂君の事故のことを知っているのだろうか‥‥


 

 部室の前に見張りがいる‥‥あそこか。

 あれは野球部か?

 興味ないからうろ覚えだけど、先日の夏の大会‥‥確か、予選敗退その原因が篠木さんの彼氏のエラーが重なって負けたって聞いたような聞かなかったような。

 そして、その彼女が部室に呼び出された。

 もう間違いないだろ、これは! 


「なんだお前は、ここは野球部の部室だぞ! 部外者は消えろ!」


 うわ~ 超怪しい。タバコじゃないよな。

 それよりもっとタチが悪そうだし‥‥ここは強行突破で。


「ちょっと失礼!」


 僕は見張りの生徒を強引に押しのけ部室のドアを開けた。


 そこは予想通り、野球部員による集団強姦の現場だった。

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