第33話 地下迷宮②

「涼真さん、ちょっとお願いがあります。聞いてもらえますか?」

「お願い? うん、いいよ」


 こずえちゃんのお願いってなんだろう。


「ちょっとでいいので私をぎゅっと抱きしめてもらえませんか」

「ええっ、それって‥‥」

「涼真さんには詩穂先輩がいるのは知っています。でも今だけは‥‥私に勇気を‥‥そして、温もりを‥‥生きる希望を分けてほしいの‥‥‥ダメですか?」


 こずえちゃんは心の支えが欲しいのだ。知らない世界に放り出され、恐怖に帯びえ、ひとり孤独なまま部屋で石化した。

 僕たちに助けられたのも束の間、戦いに駆り出されオーク戦を経験した。

 日本に帰り安心するも、再びこの世界で恐怖の出来事に巻き込まれた。

 16歳の少女には辛いことであり、再び日本へ帰れる保証はどこにもない。

 僕に詩穂さんがいるように、彼女にも誰か心の支えになれる人が必要なのである。

 ここには両親も友だちもいない。この場には僕と詩穂さんしかいない。

 彼女は恋人を欲している‥‥男性は僕しかいない。

 でも僕には詩穂さんがいる。

 彼女なりに葛藤もあるだろう‥‥そのうえでお願いしているのだ。


「わかったよ。でもちょっとだけだよ」

「うん。ちょっとだけ‥‥」


 抱きしめる少女の体は震えていた。

 心細かっただろう。寂しかっただろう。怖かっただろう。

 僕では彼女の恋人にはなれない。だけど彼女の保護者?にはなれる。

 詩穂さんとふたり彼女を温かく支えていくことはできる。

 戦いには彼女の力は必要だ。自分勝手な理屈かもしれないし、結果的に彼女を傷つけるかもしれない‥‥でも今だけは‥‥‥‥


 僕はそっとこずえちゃんの頭を撫でる。


「もしですよ‥‥もし、私が勇気を出して最初の部屋を自力で脱出してたら、詩穂先輩より先に涼真さんと会ってたら‥‥もしかして私にもチャンスはありましたか?」


 こずえちゃんが僕の胸に顔を埋めて、消え入りそうなほど小さな声を漏らす。


「ごめん‥‥もし、こずえちゃんと先に出会っていたとしても、僕は詩穂さんを好きになったと思う。ほんとにごめんね‥‥」


「ですよねぇ‥‥すみません、変なこと聞いて‥‥‥‥」


 僕を見つめるこずえちゃんの瞳から雫がこぼれ、頬を流れ落ちる。

 僕は無言でこずえちゃんを抱きしめた。





「もう元気になった?」

 

 女神像の広間に行くと食事の支度をしている詩穂さんがいた。

 彼女はどこまで先を読んでいるのだろう。


「キスぐらいはしてあげなさいよ」

「は!?」


 なぜそこで彼女からその言葉が出てくる?

 彼女は何を考えている? 


「まあ、そこが涼真君の良いところなんだけどね。変に真面目なんだから」


 なんだろう、褒められているのか貶されているのかわからない。




  ◇


「先輩たち、よくこんな環境で数日間も暮らしてましたね。ご飯もそうですけど着替えもお風呂ないじゃないですか」


 こずえちゃんは元気になったが、この環境にはやっぱり不満を漏らす。


「ふたりだけだったから‥‥」

「ちょっと詩穂さん!」


 詩穂さんとの半塲同棲のような生活が思いだされる。

 恥ずかしいことも情けないことも詩穂さんには全部見られているのだ。


 そんな僕たちにこずえちゃんは黄色い声を飛ばす。


「幸いなことに着替えじゃないにしても部屋着として使える衣装が手に入ったけど、問題はやっぱりお風呂よね」


「こずえ、お風呂入りたいです。涼真先輩どうにかなりません?」


「どうにかって言われても‥‥」

「ほら、魔法とかで」

「そりゃ詩穂さんと協力すればお湯は作れるけど、浴槽がないよ」


「浴槽ね‥‥あっ! 涼真君、リンゴの木があった廃墟に樽があったじゃない? あれ使えないかな」


「樽? あったようななかったような」

「涼真君こずえちゃんと探してきて、私はその間に洗い物とお湯沸かしておくから、お願いちょっと行ってきて」

「えええ! 今から行くの?」

「そうよ。こずえちゃんとデートしてらっしゃい」

「で、デート!」


 なんてこと言うんだ‥‥やっぱり詩穂さんは何を考えているのかわかんない。


「涼真さん、お言葉に甘えてじゃあ行きましょうよ」

「う、うん‥‥」

「その前に着替えなきゃ」


 巫女装束を汚したくないのか歩きにくいのかいや両方かもしれない、とにかくこずえちゃんは制服に着替えてしまった。


「詩穂先輩、じゃあちょっと彼氏さんお借りしますね」

「はい。いってらっしゃい」


 僕たちをにこやかに送り出す詩穂さん。

 これには何か意味があるのか、詩穂さんのことだきっと何かあるんだろうな。


 デートはともかく、気分転換には最適だと思う。

 森の雑魚モンスターなら多くても数匹だし戦闘になっても僕だけで問題なく対処できる。こずえちゃんが戦闘ができるかも確かめることができる。

 仮に戦えなくても森ならリハビリにはちょうどいいかもしれない。


「んふふふ。涼真さんとデートです」

「それなら手でも繋ぐ?」

「いいの? やったぁ」


 こずえちゃんに手をさしだすと彼女の笑顔に花が咲き開いた。

 道中では彼女とたわいのない話で盛り上がった。好きなアーティストや好きな食べ物、最近見た映画など話題には事欠かない。


 もう少しで廃墟に着くといったところでモンスターの気配がある。

 中型犬ほどの大兎が1体なようだ。

 こずえちゃんのリハビリにはちょうどいい相手だ。


「こずえちゃん。兎は平気そう? 僕が前衛を務めるから弓で攻撃するんだ」

「は、はい。頑張ります!」


 長剣は使わずに素手で大兎と対峙する。

 いやあ、僕も強くなったもんだ。最初は兎にも苦戦してたのが嘘のようだ。

 肝心のこずえちゃんは弓を構える手がプルプルしており、怖いのを必死に我慢しているのがわかる。


「こずえちゃん。焦らなくて良いからいったん深呼吸しよう。息吸って‥吐いて‥‥よし! 外してもいいから矢を放ってみようか」


「はい!」こずえちゃんが威勢の良い声を出す。彼女には外してもいいとは言ったものの僕に向けての誤射だけは注意しないといけない。

 もしそれで怪我でもしたらそれこそ彼女は立ち直れなくなってしまう。

 だが、そんな心配は杞憂に終わる。矢は兎の胴体に見事に命中し、続く第二射で兎は粒子となり消え代わりに宝箱が出現した。


「やったね。こずえちゃん」

「はい。これも涼真さんたちのおかげです」


 こずえちゃんの頭を撫でると彼女は嬉しそうな顔をする。なんというか‥‥イメージ的に子犬がしっぽをふりふりしているような可愛さがある。

 そう思うと見えないはずのしっぽと犬耳が実際にあるように見えてしまうのだから面白い。


 宝箱には兎肉とタオルが入っていた。

 ファーストステージではボロボロになったシャツをタオル代わりに使ってたけど、新しいタオルの存在はありがたかった。

 狙ったかのようなタイミングでのタオルの入手。神様ありがとう。こんな目に遭ってるのも神様のせいだけど、まあいいか。

 とにかくタオルを入手できたことは確かだし。


 廃墟に着くと目的の樽を発見した。

 大きな樽は確かに人がひとり入れそうな大きさがある。

 身体強化した僕なら大きな樽も余裕で持って帰ることもできる。リンゴと一緒に持って帰ろう。



「ただいま。樽あったよ」

「デート楽しかったです。詩穂先輩ご配慮ありがとうございました」


 拠点としている部屋に樽を持って帰ると詩穂さんが温かく迎えてくれた。やはり彼女は天使だ。

 樽の汚れを落とし水漏れもないことを確認する。


 僕が魔法で水を入れ、詩穂さんがその水をお湯に変えると簡易風呂が完成した。


「じゃあ、お風呂先に頂くわね」

「涼真さん、お先に失礼します」


 女性陣がお風呂に入っている間は僕は別の部屋で待機だ。

 今こうしている間にも隣部屋で彼女たちのあられもない姿が‥‥髪を結い上げ湯船に浸かる詩穂さんの姿を想像するとドキドキしてしまう。

 お風呂上がりの詩穂さんはやっぱり巫女装束だろうか? その下は‥‥‥えへ♡

 いかんいかん‥‥落ち着け落ち着くのだ。



「ふう~ やっぱりお湯のあるお風呂はいいわね。涼真君、女子高生ふたりの出汁の効いたお風呂で変なことしないでよ」

「ちょっ! こずえちゃんの前でなんてことを!」

「うわぁぁぁぁぁ‥‥涼真さん‥‥出汁ってそんな趣味が‥‥‥」

「ち、違う。詩穂さん、変なこと言わないで!」


 お風呂上がりの女性陣が僕を揶揄ってくる。

 逃げるように別室に駆け込むとそこにあるのは樽に入ったお湯が‥‥ここでふたりが汗を流したのか‥‥‥‥神様あざます。お言葉に甘えて、しっかり美少女ふたりの浸かったお湯を堪能させていただきます。

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