第32話 地下迷宮①
広間まで戻ってきた僕はタッチパネルを操作する。
残り時間はあとわずか‥‥‥パスワード入力画面に6桁の英数字を入力すると扉からのロックが解除された音が聞こえた。
間に合った。僕は安心するもすぐさま詩穂さんたちの元へと走り出す。
「詩穂さん、こずえちゃん」
全身が小刻みに震えるこずえちゃんを詩穂さんが抱きしめている。
「間に合った?」
「ああ、ギリギリだったけどロックは解除されたよ。それよりこずえちゃんは大丈夫‥‥じゃあなさそうだね」
「ええ。これはちょっとしたトラウマになってるわね」
トラウマ‥‥コボルトに襲われた恐怖心が心的外傷となり、コボルトを見ただけで記憶がよみがえりフラッシュバックが引き起こしたのだ。
コボルトだけなのか、モンスター全般なのか、ひょっとしたら犬を見ただけで症状が出る可能性も考えられる。
心の傷を癒すには臨床心理士や医師などの専門家に任せるか、自力で恐怖を乗り越えるしかない‥‥だが戦場でそんなことが可能なのか? 下手をすると命を失う可能性もある。いや、命を失う可能性の方が高い。
「こずえちゃん歩ける?」
とにかくこの場に留まるのは不味い。せまて広間まで戻れればモンスターに襲われる心配はなくなる。
詩穂さんがこずえちゃんの肩を抱きしめながらゆっくりと歩き出す。
広間まで戻ってくる頃にはこずえちゃんもいくらか回復したようだ。
「ごめんなさい。またご迷惑をかけたようで本当にすみませんでした」
こずえちゃんが丁寧に謝ってくる。
元気になったのは良いがかなり無理をしているのは見え見えだった。
「いったん引き返そう」
結構時間も過ぎているので今日の探索は打ち切りにした方がいい。
僕はそう判断したのだが、意外なところから反対の声が上がった。
「そんなのダメです。先に進みましょう」
「でも、こずえちゃん君の体を心配してだねぇ」
「体って‥‥涼真さんのエッチ!」
「ちょっ! 違う! そういう意味じゃない!」
「冗談ですよ。心配してくれてありがとうございます。でも私のために貴重な時間を無駄にしたくないんです。私は日本に帰りたいんです!」
こずえちゃんの気持ちもわかる。ファーストステージをクリアしたことで日本に戻ることができた。このステージをクリアすればまた戻れるかもしれないのだ。
僕だってこんな世界にはいつまでも居たくない。日本に戻りたい。
「こずえちゃん‥‥わかった。じゃあ先に進もう。この先はきっと地下3Fへの階段がある。ひょっとしたらボスモンスターがいるかもしれない。階段だったら下りて3Fへ、もしボスが居たら即撤退でいいかな?」
マップを確認する限りはこの先は小部屋になっているはずである。
ボス部屋ならもう少し大きな部屋になるはずだが念には念が必要なのだ。
「ありがとう涼真さん。それでお願いします」
「詩穂さんもそれでいい?」
「ええ、いいわ。それで行きましょう」
「じゃあ扉を開けるよ」
豪華な扉を開けるとそこは予想通り小部屋になっており、宝箱と下へと続く階段があった。
宝箱には罠は感じられない。今度は何が入っているのかドキドキしながら開けるとそこには白と赤の衣装が入っていた。
「これって巫女さんの服?」
「そのようね。小袖と袴それぞれ2着あるわね」
「わあ! 私こういうの着てみたかったんです!」
「じゃあ持って帰ろう。ぜひ持って帰ろう」
「ああっ! 涼真さんが変なこと考えてるぅ! 涼真さんのエッチ!」
「涼真君のエッチ!」
なぜ、2人そろって僕を非難する? 神聖な巫女装束をなんだと思っているのだろうか‥‥ごめんなさい‥‥嘘です。想像してしまいました。
「涼真君が望むなら着てみてもいいわよ」
「詩穂さん‥‥お願いします」
「うん。素直でよろしい」
恥ずかしそうにする詩穂さんはとっても可愛い。
それを見てニヤニヤするこずえちゃんも笑顔が戻っている証拠だった。
巫女装束を手に入れた僕たちは階段を下りることにした。
階段を下りれば3Fで転移ゲートを起動できるはず。
長い階段を下りるとそこは迷宮地下3Fだった。
転移ゲートを起動させて通路を見る。
3Fは階段を下りるとすぐに転移ゲートがあり、そのまま直線の通路が長く伸びているのだが途中で闇に閉ざされている。
上層部のように周囲しか明るくならない場所と違い、地下はある程度明るく先が見渡せるのだがその通路だけというかそこだけ真っ暗なのである。
「黒い靄? 罠の気配はないけど先が全然見えないな」
「不気味な闇‥‥ダークゾーンね。この領域ではすべての光源がかき消されてしまうと思うの。どこまで続いているかわからないけど厄介な場所ね」
「ダークゾーン‥‥ここはいったん引き返そう」
「涼真さん、もっともらしいこと言ってますが本音は巫女装束を着た詩穂先輩の姿を見たいんじゃないですか? そうですよね?」
「そうなの涼真君?」
「‥‥違う、違うぞ! 違くないけど違うぞ!」
「「エッチ」」
ふたりは僕を揶揄うようにニヤニヤしている。
ええ、そうですよ。詩穂さんの巫女装束姿見たいですよ。
「じゃあ帰りましょうか。誰かさんが我慢しているうちに帰りましょう」
「そうですね。先輩まで狼さんになられても困りますし」
「‥‥君たち‥‥僕を何だと思ってるのかな? かな?」
「詩穂先輩、狼さんが睨んできます。助けてください」
「はいはい。おふざけはそこまでにして帰りましょう」
ワザとなのか明るく振る舞うこずえちゃん。そんなこずえちゃんに詩穂さんも付き合っているように見えるが、どうしても痛々しく思えてしまう。
転移ゲートで上層部に戻ってきた僕たち。
詩穂さんはご飯の用意をするといって土間に向かった。
ちなみに帰ってきて早々にレベルアップを試したが、3人共残念ながらレベルアップはできなかった。
そして、僕は1人そわそわしている。
それはなぜかって? そんなものは決まっているじゃないか。
寝室に使っている扉が開いた。
そこから出てきたのは、巫女装束を身に着けたふたりの姿があった。
その姿はまさに天女。神々しいほどの輝きを放つ詩穂さんの姿がそこにあった。
「‥‥‥‥いい」僕はただそれだけしか言えなかった。
「涼真さん。詩穂先輩に見惚れてますね。でも先輩、胸も大きくてうらやましいです。どうやったらそんなに大きくなるんですか?」
「ちょっと、こずえちゃん」
「いいじゃないですか。大きい人にはない人の気持ちはわからないんです。涼真さんも大きいの好きですよね」
「そりゃあ、まあ」
「ほら~ いいなあ、詩穂先輩は素敵な彼氏がいて。私も素敵な彼氏がほしいです」
「こずえちゃんは可愛いからすぐ彼氏できるわよ。私みたいな地味な女よりずっと素敵よ。私なんて涼真君と付き合うまで男子とまともに話もしたことなかったのよ」
「先輩が地味? それ嫌味ですか? 嫌味ですよね? 涼真さんもそう思いますよね?」
「ちょ、こっちに振らないで‥‥」
僕は返答に困る。確かに詩穂さんは可愛い。だが、学校で見た詩穂さんは眼鏡をかけていた。あまり人付き合いも得意じゃなさそうだし、目立たないといえば目立たない存在だろう。だが、その本質は美少女であり天女様なのだ。見る人が見れば彼女の素晴らしさに気が付くはずである。
「こずえちゃんもほら、可愛いし衣装も似合ってるよ」
こずえちゃんはこずえちゃんで可愛らしい。詩穂さんとは別の可愛さがある。
ただ、どうしても身長と童顔のせいで巫女装束もコスプレのように見えてしまうのは仕方がない。それはそれでいいのだが。
「か、かわいい‥‥私がかわいい‥‥」
こずえちゃんが真っ赤になった。
「私は火を付けっ放しにしてたから行くわね。涼真君あとよろしく」
詩穂さんが巫女装束のまま土間に入っていった。後ろ姿もいい。凄くいい。
‥‥ってちょっとまって、あとよろしくってどゆこと?
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