第41話 テロリスト③
白目をむいて倒れた
常人なら死んでいるところだろうが、生憎僕も江連ももはや常人ではない。
動かなくなった江連からは情報は聞きだせそうにもない。
僕はスマホを取り出し一本の連絡を入れる。
通信機が正常に作動していれば問題がないが、連絡は入れておいた方がいい。
しばらくすると、パトカーのサイレン音が聞こえてくる。
どうやら近くに待機していたらしい。
まあ、当たり前か。
刑事さんと警察官が現場に到着するも、皆顔を青くする。
それほど悲惨な現場だったのだ。きっとここ以外も同様なのだろう。
「彼は生きているのか?」
「生きていますよ。しばらくは動けないでしょうが‥‥」
刑事さんの質問に僕は素直に答えた。
「それよりも、どこかに爆弾が仕掛けられているはずです。数と場所は聞きだせませんでした。これは僕の落ち度です」
ついカッとなってやり過ぎちゃいました。とは言えず言葉を濁す。
刑事さんの指示でダム中の捜索が開始された。
江連の身柄は拘束され担架に乗せられ運ばれていく。
彼と久能はどうなるのだろうか?
事件が闇に葬られるのはいい。公表できるものとできないものの区別くらいは理解している。だが、罪は償ってもらいたい。
やることはやった。
僕は気が抜けるようにその場に座り込んだ。
身体中が痛いし、何もする気力もない。
やがて爆発物発見の第一報が届けられた。
ここは専門家に任せるに限る。
続いて第二、第三の報告が届く。
全て時限式の爆発物らしい。
そんな折に建物の外から爆発音が聞こえた。
轟音と振動はあるものの、ダムが破壊された音ではない。
もっと小さい爆発音だ。
胸騒ぎがする‥‥僕は傷ついた体で再び立ち上がった。
管理棟から出ると遠くでパトカーらしき車が燃えていた。
さっきの爆発音はあの車らしい。
その横には機動隊に囲まれるように立つ男がいた。
あれは‥‥久能‥‥
太陽光発電所で倒したはずの久能の姿がそこにあった。
確かに倒しはしたが、江連のように拘束もしていないし意識はあった。
黒服の連中がどう対応したかによるが、この場にいるのは間違いなく久能だ。
その久能は機動隊に囲まれるも堂々としている。
その足元には倒れた機動隊員が複数いる。
あいつは防護ベストとヘルメット、「POLICE」と白文字でプリントされた透明の盾を持った機動隊員と乱闘をしているのだ。
拳銃こそもってない機動隊員とやり合うとは‥‥
笑いながら殴り合う久能を見て僕は唖然とする。
マジかこいつ‥‥バトルジャンキーにもほどがあるだろ。
ドン引きしている間にもどんどん状況は悪化していく。
久能が片手で機動隊員の首根っこを掴んで持ち上げ、そのまま投げ飛ばしている姿を見て僕は走り出した。
「久能もう止めろ!」
僕の声で久能と機動隊の乱闘が止まる。
「泰阜か、お前を探していたぞ!」
「お前との決着はついたはずだ。それでもなお罪を重ねるのか?」
「ああ、そうだ。俺はどの道破滅だ。ならばこの命尽きるまで戦いに身を置きたい」
「‥‥だから、お前どこの戦闘民族だよ」
「御託はいい。俺を止めたくば死ぬ気でかかってこい」
僕は体内で不思議な力を練った。
そして、竹刀を握りしめ一気に間合いを詰める。
だが久能は、僕の竹刀を軽く受け止める。
何? まだどこにそんな力がある? 僕はもうボロボロだ。
久能も一度は地に背中を着けた。それでもまだこれほどの力があるのか?
ここにきて久能の力が増した? いや僕が弱くなったのか? 両方かもしれない。
次の瞬間、久能の剛腕が迫る。
僕はその動きを読み、最短の動きで躱し反撃に転じようとする。
「あめえよ!」
久能はそれを力でねじ伏せるように竹刀に拳を合わせる。
そして、竹刀が粉々に砕け散った。
そこへ空いた片腕が僕の顔面を殴り飛ばした。
僕は吹き飛ばされて地面を転がる。
なんとか立ち上がり、口から血を吐いた。
「化物め‥‥」
僕は口から血を流しながら久能を睨みつける。
拳を受ける寸前、自分で後ろに跳んでいなかったらどうなっていたかと思う。
衝撃を幾らか殺したとはいえ殴られたのは事実。頭がくらくらする。
不味い‥‥今攻撃をくらったら非常に不味い。
今までのダメージと顔面を殴られたことで足元が覚束ない。
「どうした泰阜、膝が笑ってるぞ!」
「――――ッ‼」
僕は動くことができなかった。
久能の太い腕が僕の首を絞める。
「涼真君!」
ああ、詩穂さんの声が聞こえる。
意識が朦朧とする中で詩穂さんの声が聞こえてくる。
詩穂さん‥‥ごめんね‥‥‥僕はもう‥‥
最後に‥‥君に‥‥会いたかった‥‥‥
僕は最後に、詩穂さんを想った。
「涼真君を放せ!」
強い衝撃とともに僕の首を絞めていた力が緩む。
気道が確保され僕は息を吹き返す。
「邪魔をするな女!」
え!? 声のする方を見るとそこには、なぎなたを手にした黒髪の少女がいた。
流れるような黒髪をなびかせる美しい少女。
僕はその姿を知っている‥‥
「涼真君、大丈夫?」
「詩穂さん!」
そう、詩穂さんだ。ここにいるはずのない彼女の姿がそこにあった。
彼女は僕の前に立ち、なぎなたを構え僕をかばう。
「どうしてここに?」
「どうしても涼真君が心配で連れてきてもらったの」
「ありがとう。おかげで助かったよ」
「どういたしまして、でも来てよかったわ」
詩穂さんが僕を見て微笑んだ。
まさに天使のような笑みだ。
その美しい笑みを見れただけで傷んだ体に再び力が湧いてくる。
「詩穂さん力を貸してくれ。一緒にこの化物を、久能を倒そう!」
「ええ、一緒に戦いましょう。私の大事な人を傷つけられて怒ってるんだから」
僕は機動隊の物と思われる警棒を手にして、詩穂さんの横に並ぶ。
「女、お前もあの世界で力を得たのか。いいだろう、相手してやろう!」
久能も詩穂さんを敵と認めたようだ。
彼女を危険にさらすのは不本意だが、彼女もまた僕をまた守ろうと行動する。
ならば二人掛かりでさっさと終わらせるのみ。
「行くよ、詩穂さん!」
「ええ!」
僕たちは2人同時に走り出す。
艶やかな黒髪をなびかせて疾駆する詩穂さんは、天使か天女かと見間違えるほど美しい。
僕たちの周りには固唾を飲んで見守る機動隊員がいる。
彼らも戦場に突如現れた少女の美貌に眼を奪われ沈黙している。
「うおおぉぉぉぉっ‼」
鋭い踏み込みとともに放った上段からの振り下ろし。
久能はそれを腕で受け止める。
僕の渾身の力を込めた一撃が久能の腕を押し込む。
そこへ詩穂さんの打突が加わる。
なぎなたの穂先が久能の脇腹を深々と打ち抜いた。
さしもの久能も苦痛の表情を浮かべよろめく。
だが、それでも久能は倒れない。
それどころか、なぎなたを弾き飛ばし僕に迫る。
僕はその拳を警棒で思い切り弾き返す。
僕と久能は度々その位置を変えるように移動しながら打ち合いを続ける。
互いに決定打を欠きながら戦いの場は、アーチ状のダムの上へと移っていた。
片側は美しい瑞北峡の美しい湖畔が広がっており、もう片方は高さ100m以上はある絶壁となっている。
僕と詩穂さんに追い込まれた久能が雄叫びとともに突っ込んでくる。
その攻撃を受け流そうとしたところ、ここにきて体の限界が来たようで僕はバランスを崩してしまった。
警棒とメリケンサックのぶつかる衝撃音が轟き、僕の警棒は大きく弾き飛ばされ、そのまま僕に向かって剛腕が振り下ろされた。
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