第40話 テロリスト②
「くのおぉぉぉ‼」
「やすおかぁぁぁ‼」
互いに名を叫び、互いの体が交差する。
ぐふっ! 僕は吐血して片膝を地面につける。
同時に久能もどさりと崩れ落ちる。
「ハアハアハアハア‥‥久能‥‥江連はどこだ?」
強烈な痛みで思うように体を動かせない僕は、剣を杖代わりにどうにか体を引き起こし地面に横たわる久能に問いただす。
「そうか‥‥俺は負けたのか‥‥いいだろう。男に二言はない。奴は‥‥この先の――――にいる」
「‥‥そうか」
僕はそう言い残しその場を離れようとする。
不思議なことに周りにいる黒服連中は僕の行く手を阻もうともせず、あくまでも傍観を決め込むつもりらしい。
警察にはこの場所を伝えてある。じきに警察も介入してくるだろう。
もっとも、裏では政治家や警察などのトップが絡んでいる可能性もあり、久能がどうなるかは僕にはわからない。
裏の世界のことなど僕には理解できないのだから、戦いに負けた久能がどうなるかはわからないのだ。
願わくば司法の手によって裁かれることを願うのみである。
今は久能よりも江連だ。奴が篠木さんを‥‥直接手に掛けた犯人だ! こいつだけは許すことができない!
久能から聞いた江連の居場所。
それはこの地からほど近い山間のダム ―― そこに江連がいるという。
この地には瑞北峡と呼ばれる観光地がある。
全国にはダムの開発によって景観が損なわれたケースが多いが、この昭和の時代に作られたアーチ式のダムは、自然の造形と人工物の融合によって誕生した景勝地として人気を集めている。
お椀を半分に割ったような形のアーチ式ダムは「世紀の大事業」と呼ばれる有名な黒部ダムがある。
瑞北ダムはそれには劣るものの、その美しいアーチと圧倒的な存在感は訪れる人を魅了し、紅葉の季節には、鮮やかな色に染め上げられた大自然の中に堂々と君臨する瑞北ダムが見られる人気の観光スポットとなる。
美しい景観とは裏腹に、構造が脆弱なうえ下流に大人口を抱える瑞北ダムは“想定外”の豪雨があったとして上流のダムが大量放流を行うと、下流域に大きな被害を出ると専門家は指摘している。
もしもだが、そのダムを爆弾か何かで破壊するとしたら‥‥下流にある平野部では大変な事態に見舞われることになる。
おそらくだが死傷者は数十万人を超えるかもしれない。
そんなことをあの男は計画しているのか。
狂ってるとしか思えない。
僕は傷ついた体を鞭打って自転車を走らせる。
警察に用意してもらった防弾チョッキには発信機とGPSが仕掛けられている。
久能との戦いで壊れていなければ今頃は大騒ぎになっているだろう。
一連の事件は表向きは高校生同士のいざこざとして報道されるかもしれない、だがその裏では多くの人々を巻き込んだ大事件が隠されている。
今までは知らなかっただけで過去にも同様の事件はあったのだろう。
情報規制が掛かれば一般人は知ることさえできない。
篠木さんが撃たれた事件も関係者以外の国民は、一地方ニュースとしか思わないだろう。世の中そんなもんだ。
ともかく、僕の使命は一刻も早く江連を見つけ出し計画を阻止することだ。
壮大なコンクリートの壁が見えてくる。
おかしいのは、これだけの規模のダムにもかかわらず人の気配がないことである。
管理棟にもまったく人の気配がない。
あるのは忘れもしない凶悪な気配が一つだけ。
最悪な予感が脳裏をよぎる。
血の臭いがする管理棟の扉を開けると、そこは思わず目を背けたくなる光景が広がっていた。
あの世界でも体験したことのない本物の殺戮現場がそこにあった。
動かなくなったそれに共通するのは鋭利な刃物による外傷。
これを奴は1人で行ったのかと思うと背筋がゾっとする。そう思った刹那、僕は後ろに飛び退いた。
殺意、殺気とも呼べるほどの鋭い視線‥‥江連か。
「なかなか感がいいな」
そこには返り血を浴びて赤く染まったサバイバルナイフを手にした男、蛇のような雰囲気を醸し出す男が音もなく立っていた。
「江連‥‥」
「お前がここに来たということは‥‥そうか、剛嗣は敗れたか。あいつも案外だらしないな。こんな奴にやられるとは」
「江連‥‥お前はこんなことして楽しいのか? ここは日本だぞ! 異世界じゃないんだぞ」
「それがどうした? 俺には力がある。常人を超えた力がな! お前もそうだろう? 俺はなぁ、この世界を壊したいんだよ。糞みたいな大人も世の中も何もかもな!」
「だから、その糞みたいな大人の力を借りて世の中を壊すと? お前はその糞みたいな連中に騙されてんだよ。お前だってわかるだろう、奴らは久能を使い賭け事してんだぞ! お前だって例外じゃない」
「それくらい俺だって知ってるさ。知っててこの計画を立てたのさ。ほらよ、これを返すぜ。もう俺には必要のない物だ」
江連が投げてよこしたものは、可愛いデザインの手帳型スマホケース。
篠木さんが使っていたのを見たことがある。僕はそれを手で受けようとする。
わかっている。これは罠だということも‥‥だが、僕はとっさに手を伸ばした。
簿の手がスマホケースを掴んだ瞬間、そこに赤い刃が出現した。
「―――っ!」
斬られる寸前、僕は身を捻り凶刃を躱した。
無茶な体勢で避けた僕は、無様にもそのまま地面を転がった。
その転がった僕に次々に赤い刃が降り注ぐ。
僕はそれらの攻撃を全て躱しきり、立ち上がって距離を取る。
「ハッハッハ。これを躱すとはやるなぁ」
血糊で染まったサバイバルナイフを構える江連。いったい、そのナイフはどれだけの血を吸ったのだろうか?
刃物である以上、肉や骨など硬い物を切れば刃先が摩耗して切れ味が悪くなるはずなのだが、江連の持っているナイフは汚れてはいるもののその鋭さは健在だ。なにか僕の知らないスキル的なものがあるのかもしれない。
竹刀は‥‥江連の足元に転がっている。
他に武器になりそうなものは‥‥‥なさそうだ。
江連のナイフに対抗するためにもどうにか奪取しないといけない。
そのためには‥‥
「爆弾をどこに隠した?」
「爆弾? お前がそれを知ってどうする? 知識のないお前が爆弾を処理できるとは思えんしな」
「処理? そんなのは専門家に任せればいい。これだけのダムを破壊するには複数の爆弾が必要なはずだ。お前の逃げる時間も考慮すると次元式の爆弾か? どこに何個設置したんだ?」
「俺がそれを易々と教えるとでも?」
「力ずくでも聞かせてもうらうことにするよ」
「やれるものならな、ひっひっひ」
江連はそう言うや、ナイフの刃の部分を舐めながら不敵に笑った。
次の瞬間、江連の体がブレた。
正面、いや横だ!
「なっ‥‥ゴファッ!」
僕の右拳が江連の腹部に深々と突き刺さる。
久能が僕に仕掛けてきたボディブローだ。
その技を模倣して江連にカウンターとして放ったのだ。
強烈な一撃を受けた江連は腹を抑えながら後退る。
その隙に僕は竹刀を拾う。
「てめえ、調子に乗ってんじゃねえぞ!」
その目は憤怒に染まっている。
僕は竹刀を中段で構えた。
久能との死闘で僕の体はボロボロだ。
だが、体の奥底にある不思議な力が身体を強化、維持してくれている。
その力がある限りは僕は負けない。
負けるわけにはいかないのだ!
「行くぞ! 江連!」
僕は一瞬で踏み込むと、竹刀を横薙ぎに振り抜く。
真剣なら間違いなく江連の体を両断する一撃である。
だが、僕の攻撃はそれでも止まらない。
両肩への二段突き、利き手への小手、そして止めの面打ち。
江連に無念にも殺された人々の、篠木さんの仇を討つべく放たれた連続技。
崩れ落ちる江連を見て僕は思った。
あっ!‥これ、やり過ぎたかも‥‥と。
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