第6話 詩穂①

 よくわからない世界で目が覚めた。

 ここがどこか普通じゃない世界だと理解するのに時間がかかった。

 泣いても叫んでも誰も返事をしてくれない。


 私は勇気を振り絞って扉を開けた。


 真っ暗な闇、物音もしない世界なんて普通じゃない。

 車の騒音も虫や動物の声もまったく聞こえない静寂に包まれた世界。


 通路を進むと扉があり、その先に部屋があった。

 結構広い部屋の中央には噴水があり女性の彫刻から水が流れていた。


 そして、宝箱を見つけ開けてみると、スマホと本、ちょっと短い剣が入っていた。


 私はすぐさま桜色のスマホを手に取った。

 これで助けが呼べる。だが現実は甘くはなかった。

 スマホは普通のスマホではなかったの。

 それだけじゃなく本を読むことで、ここが普通じゃない世界だと再認識させられてしまった。


 神様とかモンスターとか迷宮とか冗談じゃないわ。

 そんなのアニメやゲームの世界じゃない。

 どうせなら乙女ゲームの世界ならよかったのに‥‥現実って無情よね。


 この部屋には扉が複数あったけど、鍵が掛かっているのか開けられない。


 唯一開けれた通路を進むとモンスターが現れた。

 いかにも邪悪そうな顔をした人型モンスター。

 怖い。私より小さい子どもくらいの背格好だけど、怖いものは怖い。


 幸いにして振り回した短剣がたまたまモンスターに当たって、モンスターは粒子となって消えていった。

 短剣が突き刺さった生々しい肉の感触。モンスターの断末魔‥‥当分の間忘れられそうにない。


 部屋に戻り、謎の本の示すままスマホを女性の像の手に置くと、像が輝き出しレベルアップした。

 スキルというものを選べるみたいだけど、どれを選んでいいのかわからない。


 精神強化‥‥これにしよう。

 こんな異常な世界に連れてこられて、このままでは私の精神はどうにかなりそうだと思ったからこれにした。

 でも、何か不思議な力を感じるけどそれだけだった。

 それが気休めでもいい。不思議な力があるだけでも頑張れる気がした‥‥そう思わないと気が狂いそうになる‥‥


 正直これが夢だったらどんなに良いのだろうか?

 でも、お腹は空くし、モンスターを殺した感触もまだ手に残っている。


 そして、次に向かったのは先ほどモンスターと戦った場所。

 暗闇から現れたのは2匹の醜悪な顔をしたモンスターだった。


 さっきは倒せたけど今度は2匹同時なんて‥‥

 薄ら笑いを浮かべたモンスターが近寄ってくる。


 怖い。私は後退りするように逃げようとした。

 だけどそれがいけなかった。

 私が逃げようとする前にモンスターに捕まってしまった私は必死に抵抗した。

 

 抵抗虚しく武器を奪われ、私は顔や体中を殴られた。

 殴られたところが痛い。殺される。そう思った私は悲鳴を上げた。

「きゃああぁぁぁぁぁ! 誰か助けて!」

 誰か助けてくれるわけもないひとりぼっちの世界だけど悲鳴を上げた。


 モンスターは私を殺すどころか、私にいやらしい顔を向かてくる。

 私を辱めるつもりなのか、私を抑え込みブラウスを引き裂いていく。

 抵抗しようにも小柄な体とは思えないほどの力で抑え込まれ、このままではモンスターに犯される。

「いやああぁぁぁぁぁ!! やめてっ! だ、誰かぁぁぁ!」

 絶体絶命のピンチだと思ったそのとき、信じられない出来事が起こった。


 私を犯そうとしたモンスターを一瞬で倒した人がいた。

 人がいる。私以外にもこの世界で人がいた。しかも男の子だった。

 彼は物語に出てくるヒーローみたいに私のピンチを救ってくれた。

 このシチュエーションでときめかない女子はいないと思う。


「だいじょ―――う――ぶ?」

 助けてくれた男子はなぜか言葉に詰まっていた。


「あ、あの‥‥あなたは?」

 私は思いきって彼に声をかけた。お礼を言わなくてはいけない。


「僕は涼真。泰阜やすおか 涼真りょうま 中山道瑞北高の二年だ」


 瑞北高校の制服を着た彼は緊張したようすで自己紹介してくれた。

 ヤスオカリョウマ君 私のひとつ年下の男の子だった。

 太っているわけでもなく痩せてもいないく、身長は170くらいかしら。

 顔もこれといって特徴もなくどこにでもいそうな高校生。

 だけど、なぜか彼がカッコよく思えてならない。


「助けていただきありがとうございます」

「私は中山道西高校の三年生、三郷みさと 詩穂しほです」


 私も失礼のないようにお礼を述べ自己紹介をした。

 そして彼が紳士的に倒れている私に手を差し出してくれた。

 彼の様子がおかしい‥‥そこで気付いてしまったの。

 私の恰好が凄くはしたない格好だということに‥‥‥


「きゃああぁぁぁぁ!!」

 私は悲鳴を上げはだけた胸を隠した。


「じろじろ見ないでください」

「ご、ごめん」


 見られた‥‥年頃の男の子に見られた。

 恥ずかしい‥‥裸ではないけれど下着姿を見られてしまった。

 今日は少し可愛い下着を選んできたのが不幸中の幸いって私は何を考えているの?

 ああっもう‥‥恥ずかしくて死にそう。

 彼は紳士的に後ろを向いてくれた。でも見られた事実は変えられない。


「あの気味が悪いのってモンスターよね? ここってどこなの? ゲームの世界なの? あなた以外に人はいるの?」


 私は恥ずかしさを隠すように彼に質問した。

 帰ってきた返答は私の思っていたことと一致した。

 やっぱりここは日本じゃないんだ‥‥残酷な現実を受け入れようとしたとき彼が自分のシャツを貸してくれた。

 男性のシャツを着ることに抵抗はあったけど、ボロボロに引き裂かれたブラウスよりましだと思いシャツを着たのだけど、思いのほか悪い気はしない。

 彼の匂いがするシャツ‥‥まるで彼に抱きしめられている気がして安心できる。

 いっときますけど私は変態じゃありませんからね。


 そして、彼の提案でいったん部屋に戻ることにした。

 怪我をした私を労わってくれたのだけれど、なんか恥ずかしい。

 そして、彼がどこからか手鍋を持ってきた。

 どうやら私の入ることができない扉の先にあったようね。


 その手鍋で水をすくい足の傷口を流してくれた。

 するとどうだろう。不思議なことに擦り傷がみるみるうちに治っていった。

 これには私も彼も驚いた。

 

 それから破れた顔を洗うと殴られた頬も痛みが引いた。

 なんと不思議な現象なのでしょう。

 さすがに男の子に見せられないところは自分で処理した。

 なんか怪我をする前より体中が綺麗になった気がする。

 

 年頃の男の子と一緒だと思うとどうしても意識してしまう。

 恥ずかしい姿を見られちゃった後だけど変なとこないかな?

 鏡がないのが悔やまれる。

 お化粧はもともとたいしてしていないけど変な顔してないかな?

 変な匂いはしていないよね?


 そして、スキルの話になった。

 私は精神強化のスキルを選んだことを彼に話した。

 彼は身体強化を選んだみたいで、そのおかげでモンスターとも戦えるみたいだった。ううん‥‥戦えるのはスキルのせいだけじゃない彼自身が強いんだわ。

 それは男女の違い、肉体的なものもあるかも知れないけれど、彼の力の源はもっと根本的なところにあると思う。


「頼りないかも知れないけど僕も男だから女の子くらい守れないとね」


「ううん。涼真君は頼りなくないよ。モンスターも一瞬で倒し私を助けてくれて、なんかヒーローみたい」


 それは私の本心だった。


「じゃあ、僕はお姫様を守る騎士になれるかな」

「ぷっ、なにそれ私がお姫様? 私はそんなんじゃないわ」

「そうかな? 僕の中では詩穂さんはお姫様だよ。ちょっとくさいセリフだけど、詩穂さんは絶対守るから安心して欲しい」

「涼真君‥‥ありがと。その気持ち嬉しいわ。私そんな言葉聞くの初めてよ。なんかドキドキしちゃった」


 ヤバいわ。年下の男の子にときめいちゃってる私がいる。

 ここはやっぱり乙女ゲームなのかしら? ドキドキが止まらないわ。

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