第36話 襲撃①
僕たちが日本へと帰還した日の夕方 ――― とあるカフェ店にて。
「ゲームクリアを祝して、かんぱーい!」
「「かんぱーい‼」」
色とりどりのジュースが入ったグラスを手にした3人の学生の姿があった。
僕と詩穂さんとこずえちゃんの3人である。
「これで平和に暮らせるんですよね?」
「ああ。神様も見送ってくれたし、もうあの世界にいくこともないだろう」
「よかったぁぁ。もう暗闇もモンスターもこりごりです」
「ははは、違いないや」
笑い合う僕たち。
「それはそうと、涼真君、最後のあれはちょっとねぇ‥‥」
ぎくり ―― 詩穂さんの一言で僕は凍り付く。
「詩穂さん。あれは作戦でして、結果上手くいったわけでして‥‥‥」
「言いたいことはそれだけかしら?」
「ごめんなさい」
非常時とはいえ偽者の詩穂さんにやらかしたのは事実なのだから、ここは素直に謝っておくに限る。
「ふふふっ冗談よ。でも、人前であんなことしちゃダメよ」
「人前でなければいいんだ」
「バカっ! もう、場所を選びなさいよ場所を!」
僕の頭をぽかりと叩く詩穂さんの顔は真っ赤である。
つまりは、時と場所次第ではあんなことやこんなことも可と‥‥
もはや言質を取ったも同然なのだから2人きりで会うのが楽しみだ。
「お待たせいたしました。特製フルーツパフェでございます」
可愛い制服を着た店員さんが注文したパフェを運んできてくれた。その店員さんは僕たちを見るとニコリと笑みを浮かべ「ごゆっくり」と言って去って行った。
テーブルの上には二つのフルーツパフェがある。
1つはどこにでもあるイチゴなどカラフルなフルーツが盛り合わさったパフェ。
もう1つは先ほどのパフェよりも一回りは大きいサイズで、たっぷりのイチゴや巨峰、メロンがこれでもかと乗っている。カップルで食べることを前提として作られており、キウイフルーツやブルーベリーが乗っていて甘酸っぱいベリーの美味しさを感じられる人気メニューなんだとか‥‥って、これどうやって食べるの?
女性陣はそのパフェを見て目をキラキラさせている。
彼女たちは、このパフェの写真を撮りたくてこのお店を選んだのである。
カラフルなフルーツとボリューム感のあるパフェはふたりで仲良く食べるのにピッタリかもしれないけど‥‥ほんとに食べきれるのこれ?
パフェの両側でスプーンを手にしている姿も入れて記念撮影。
そもそもが、このお店は数組のカップルはいるがほとんど女性ばかりである。
僕がまさかこんなお洒落なお店でこんなパフェを彼女と一緒に写真を撮り、一緒に食べることになろうとは思いもよらなかった。
「はい涼真君」
詩穂さんがスプーンにソースのかかった生クリームをすくい僕の前に運んでくる。
ちょっと詩穂さん? まさか僕にそれを食べろとでも? この場で? 僕たちのテーブルの周りにもお客さんいるんだよ‥‥それもなぜか複数の視線を感じるこの場で、それをやれとでも?
「ちょっと詩穂さん‥‥それはちょっと」
「今さら、なに言ってんのよ。ほら、こずえちゃんだってスマホ構えて待ってるじゃない。『あーん』だってこれが初めてじゃないんだし」
「そうですよ。散々人前でイチャついておきながら、今さら恥ずかしがってどうするんですか?」
くっ、これは八方塞がりか‥‥この場で逃げることは許されないのか。
僕は仕方がなく差し出されたスプーンを口にする。
甘い生クリームが口の中に広がる。――― が、そんなことよりもこんなベタなことして顔引きつっていないだろうか、絶対キモイ顔してるよな‥‥そんな自己嫌悪に陥る僕をよそに彼女たちは大はしゃぎだ。
「はい。詩穂さんにも」
羞恥に耐えた僕は反撃に出ることにした。
何事もやられっ放しはよくない。詩穂さんも僕と同じ目に遭うがいい。
だが、その目論見は無残にも打ち砕かれることになった。
彼女はためらいもなく僕のスプーンを口に咥え満面の笑みを浮かべたのだ。
キャッキャウフフとはしゃぐ彼女たち。
もうこの戦場には僕の味方は誰もいない。
そう、僕は孤独な戦士なのだ‥‥‥
ほどなくしたころに僕たちのテーブルに1人の女生徒がやってきた。
「ごめん。遅くなっちった」
軽いノリで話しかけてきたのはバッチリメイクした篠木さんだった。
篠木さんは僕と詩穂さんの対面の席、こずえちゃんの隣に腰を下ろした。
「どうだった? あいつ生きてた?」
「それがね ―――――」
あいつとは篠木さんのパーティーメンバーでもあり、僕たちとも共に戦ったことのある人物。おサルの先輩こと古橋先輩である。
篠木さんの話では僕たちと違いセカンドステージには進めず、あの宇宙空間のような場所で神と話しただけで終わったとのこと。
そこでおサルの先輩の状況も確認できた。やはり先輩もファーストステージクリア後に事故で片腕を失い、今は病院に入院している状況だったらしい。
篠木さんはその病院へと行ってきた帰りで、その足で僕たちの祝賀会にも参加してくれたのである。
「それはそうと‥‥相変わらずイチャコラしてんな」
「そうなんです! もう私の前で見せつけるようにイチャイチャと、それはもうイチャイチャと‥‥もう熱くて熱くて見てるだけで溶けちゃいそうです」
「バカップルかよ」
「おいいぃぃぃぃぃぃ!」
ニヤニヤとした笑みを浮かべるふたり。
あかん、これあかんやつだ。女子3人が揃って益々僕の立場はなくなっていった。
だけど、なぜか不快感は感じない。
恥ずかしいのは事実だがけっして嫌じゃない。
この恥ずかしいと思う気持ちも平和な証拠であり、僕たちが勝ち取った大事なものなのだから。
生きてまた詩穂さんたちと会えるたことに感謝を‥‥
◇
三限目の授業も終わり今は休み時間。
僕の隣には距離感のバグった篠木さんがいる。
問題のあった彼氏とは完全に別れたようで、今は僕にちょっかいをかけている困った人である。
始めは周囲も驚いていたが、今では見慣れた光景になりつつある。
僕たちは放課後、おサルの先輩のお見舞いに行くことになっていた。
「見舞いの品はバナナでいいかな?」
「いいんじゃね、サルだし」
たわいもない会話だが、その会話を打ち消すように外から警報音が聞こえてきた。
この警報音は車の防犯ブザーだ。何事かとざわつく教室、皆が窓から外を覗く。
教室の下には職員用の駐車場があり、そこにはガラスの割られた車と金属バットを持った男が立っていた。
「コラー! 貴様どこの生徒だ!」
当然だが騒ぎを嗅ぎつけた先生が出てくる。
ねちっこいことで有名な学年主任の加古先生だ。
注意をしようとした加古先生の体が吹っ飛ばされ車に激突する。
一瞬の出来事だった。
しばしの沈黙の後、近くの女生徒が悲鳴を上げた。
「おいおい! あれヤバいんじゃね? 首、変な方向に曲がってるぞ!」
「誰か警察呼べよ! 救急車も!」
階下の状況を見て教室は騒然となった。
「あれ
誰かがそんなことを口にした。
あれが久能? 直接見たことはないが噂は知っている。
そして、あの世界にも飛ばされた生徒の1人でもある危険人物。
「泰阜! 篠木っ! 聴こえるかぁぁぁ! この学校にいるんだろう、出てこぉぉぉい!! 泰阜! 篠木!」
ガラスが振動するような大声で久能が叫んだ。
それはまるであの世界で戦ったオークの咆哮を彷彿させる叫び声だった。
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