第37話 襲撃②

「泰阜と篠木ってお前らだよな。なんであいつがお前らを探してんだよ」


 クラスメイトが僕たちを問いただしてくる。

 なんでかどうかは僕も知りたい。

 思い当たる節はあの世界、だがそれが僕たちを探している理由となり得るのか?

 探し出してどうするのか? 多分だが仲良くしようとはならないはずだ。

 そもそもが人殺しを平気でするような奴と仲良くなれるはずがない。


「泰阜どうすんの?」


 篠木さんが心配そうな顔で僕を見てくる。

 階下では窓ガラスが次々に割られる音が聞こえ、非常ベルが校舎中に鳴り響く。

 生徒の悲鳴が聞こえる。やがて警察もやってくるだろう。

 それまで隠れている? 久能は僕の顔を知らないはずだ。警察が駆け付けるまで何もせずここにいればいいんじゃないのか? 

 だが、ほんとにそれでいいのか? 関係のない先生や生徒が巻き添えになっているんだぞ‥‥‥そんなの良い訳がない。


「篠木さん、僕は行くよ」


「行くってちょ、泰阜まさか」


 僕は篠木さんに声をかけると教室の窓から飛び降りた。


 レベルアップした僕の身体は3階の教室から飛び降りても足が少し痺れる程度で済む。いちいち階段を下りるよりよっぽど早い。


 周囲の生徒は飛び降りてきた僕をマジかコイツって顔して見ているが、今はそんなことを気にしてる場合ではない。

 

 そんな僕と久能が出会う。

 奴からはヤバい気配をビンビンと感じ取ることができる。

 これが人の気配なのか? 野球部の連中とはまるで違う。これはまるでモンスター、それもボスクラスの気配じゃないか‥‥‥


「よお、お前が泰阜か?」


 ドスの効いた野太い声。肩幅が広く腕や首も太いガッチリ体型、いかにも体を鍛えてますって体格をしているのが久能だ。

 こいつホントに高校生なのか? ヤクザとか暴力団の間違いじゃない?


「ああ、僕になにか用かな? 僕たちは会ったことはないはずだけど」


「神に会ったと言えばわかるか?」


「それが?」


「それだけ聞ければ十分だ。死ねぇ!!」


 久能が問答無用とばかりに襲い掛かってくる。

 だから、襲われる意味がわからんってのに脳筋はこれだから困る。


 奴の武器は金属バットだ。さすがにこれを素手で受ける訳にはいかない。

 振り下ろされる金属バットを躱しながら僕は考える。

 なにか武器の代わりになる物はないか? 対抗して金属バットは? だが、早々都合よく通用口にそんな物が置いてある訳もない。

 あるのは置き傘くらいな物。だが、それで十分だった。


 手頃な長さの傘で久能を迎え撃つ。


 久能のレベルとスキルは不明だが油断はしない。

 ここはあの世界ではない。ハッキリとしたスキルや魔術は使えない。― が、それっぽいスキルは相変わらず使える。

 身体強化もあの世界ほどの強化はできないが少しだけ効果はあるし、剣術スキルや気配察知は問題なく機能する。

 怪我をしても回復水もない現実世界での戦闘だ。攻撃を受けてはいけない。すべて躱すしかない。


「お前があの糞みたいな世界をクリアしたんだってな」


 久能が話しかけてきた。


「モンスターをこの手で殺す感覚をお前はどう思う? 俺はつまらんかったぞ」


 なにを言ってるんだこいつは? 


「ゲームみたいな感覚だけど生々しいのは嫌だったよ」


「生々しい? あれのどこが生々しいんだよ。剣で斬っても血も出やしない。そんなの全然楽しくないんだよ! 俺は殺し合いがしたいんだよ」


 殺し合いって、こいつホントにヤバい奴なんだな‥‥


「それでホントに人を殺したのか? 岩木呂君みたいに」


「岩木呂? ああ、あの雑魚のことか。あんなのゴブリンと一緒だろ」


「ゴブリン‥‥お前‥人をなんだと思ってる‥‥」


 僕は怒りに震える。岩木呂君は無口でお世辞にも感じの良い奴じゃなかったのは確かだけど、僕たちと協力して必死にあの世界で生きていたんだぞ。


「お前は俺を楽しませてくれるのか? でないと女が死ぬことになるぜ」


 女? 詩穂さんのことか? いやちょっと待て、そもそもこいつはどうやって僕の情報を知り得たんだ? 初対面で顔も知らなかったんだぞ。


「その顔はなぜ俺がお前のことを知ってるか不思議なんだな。いいだろう、冥土の土産に教えてやろう。神とサル顔の奴にお前らのことを聞いたんだよ。あのサル傑作だったよ。痛めつけたら簡単にお前たちのこと話してくれたぜ」


「なっ‥‥じゃあ先輩の事故って」


「勘違いすんな俺は奴の病室を襲っただけだ。今頃病院は大変なことになってる頃だろうな。なんたって昨日まで生きてた奴が今朝には死んでんだからなぁ」


「そんな‥‥あのおサルの先輩が死んだ?」


 放課後見舞いに行く予定だったのに死んだ?


「あの世界で生き残った先輩をお前を殺したのか?」


「それがどうした? 弱い奴が死ぬ。自然の摂理だ」


「き、貴様―ッ!!」


 僕は怒りに任せて傘の先を久能の喉元へと叩き込んだ。

 剣道においても突き打ちは中学生までは禁止されている危険な技である。

 竹刀こそ握ったことはないが、剣術スキルの恩恵で足運びから応用技までそつなく使えることができる。

 竹刀や木刀でなくとも喉元への攻撃は危険でありそれが傘でも同じなはずである。


 しっかりと自身の体重を乗せた必殺の威力を持つ突き打ち。

 傘とはいえガッチリ体型の久能も吹き飛ばす威力がある。

 通常ならこれで僕も人殺しの仲間入りである。


 だが、久能は余裕しゃくしゃくといった様子で立ち上がる。

 突きを受けた喉元が赤くなっている程度だ。マジかこいつ‥‥


「はっはっはっ、いいぞ! その調子だ! どんどん打ってこい」


 久能は笑って僕を挑発してくる。

 舐めやがって‥‥ならばお望み通り打ち込んでやるさ。

 僕は傘が折れる勢いで連続の刺突を繰り返す。


「ぐふふいいぞ、この痛みだ。俺はこの痛みを待っていた。だがまだぬるい!」


 なんて危ない奴‥‥そんなに痛いのが好きならそういう店に行けよと言いたい。

 首筋に悪寒が走る。

 僕はとっさに後方へと跳んだ。

 久能が振り下ろした金属バットはアスファルトの地面を軽々と破壊する。

 まるでそこに隕石が落ちてきたようなクレーターが出来上がった。


 なんて馬鹿力だ‥‥それにかなりタフな体してやがる。

 不味いな、力業では奴に勝てない。

 真正面からの攻撃は良くない。なにか奴を倒す策はないか‥‥


 遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。

 警察のお出ましだ。だが、久能は慌てる素振りもなく笑ってやがる。

 何なんだこいつは‥‥どうしてこの状況で笑っていられるんだ? 僕にはこいつの考えは到底理解できそうもない。


 その久能へと突如黒い塊が襲い掛かった。

 黒い塊の正体は2羽のカラスだった。

 なんでカラスがと思ったが僕はこの能力を知っている。

 篠木さんのユニークスキル『ビーストテイム』だ。

 彼女が昨日、鳩と雀で遊んでいるのを僕は見た。カラスを手なずけるくらい造作もないだろう。


「このうっとおしい」


 久能が顔の周りで飛ぶカラスに苦戦している。ダメージはないだろうが嫌がらせの効果は大きい。今がチャンスだ!

 狙いは金属バットを持つ右手。


 カラスの迎撃にバットを振りかぶった瞬間、手元が上がるところをすかさず狙い傘を振り下ろす。


 身体強化を伴った小手打ちは激しい音を立て久能の手首を直撃する。

 苦悶の声を上げバットを手放す久能。

 痛みで手首を抑えているがこれが真剣なら手首が落ちている。

 衝撃で傘は曲がって使い物にならなくなったが、代わりに金属バットを僕が広い形勢は僕が有利になった。


 その場へパトカーと警察官が次々に駆け付ける。


 さすがに不利と悟った久能だが、彼は不敵にも笑みを浮かべた。


 次の瞬間。一発の銃声が辺りに鳴り響いた。

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