第9話 森①

「ほんとに不思議な世界ね。壁があるのに前には森が広がってるわ」


「多分ここは箱庭的な感じの部屋なんだと思う。問題はどの程度広さがあるかということだ。残り時間が沢山あるということから推理しても結構広いんじゃないかな?」


「だよね。森で遭難しないようにまずは様子見で近場だけ探しましょ」



 詩穂さんの提案で壁伝いにしばらく歩いていくと詩穂さんが何かを見つけた。

 

「涼真君、これ大葉よ」

「大葉って天ぷらとか薬味にするやつ?」

「そそ。いっぱいあるから取っていきましょ」


 スマホをかざして見ると「青しそ:食用可」って表示された。

 確かに大葉で間違いがないらしい。

 僕だけだったら草の見分けなんかできないから絶対に気が付かない。


「あっ! あれは豆じゃない? 枝豆!」


 僕が見つけたのは緑色のさやが大きく膨らんだ豆だった。

 こっちの豆は枯れてるしこれって大豆?


 スマホをかざして見ると「大豆:食用可」と表示された。


「詩穂さん。これ大豆だよ! ところで大豆と枝豆って違うの?」

「もう涼真君は何も知らないのね。枝豆は大豆の未成熟な状態で収穫して野菜として食べるのが枝豆。完熟したのが大豆よ」


「へえ~ さすが詩穂さん。物知り」

「涼真君が知らなさすぎなの!」

「勉強苦手だから仕方がない!」


「威張って言うことじゃありません」

「まあまあ。これも取って帰るんでしょ?」

「そうしましょう」


「あっ! ちょっと取るの待って!」

 

 僕が枝豆を取ろうとしたとき、詩穂さんに止められた。


「枝豆は鮮度が大事だから枝に付いたまま持って帰りましょう」

「枝ごと持って帰るの?」


「そうよ。枝豆は枝から切り離すだけで鮮度が一気に落ちるから、茹でる直前まで切り離さない方がいいのよ。かさばるけど頑張って持って帰りましょう」

「なるほどね。こっちの大豆は取ってもいいんでしょ?」

「そうね。大豆は豆だけ持って帰りましょう」


「なら、手分けして詩穂さんは大豆をよろしく。僕は枝豆を切って束にしておくよ」

「わかったわ。じゃあそっちは任せたわよ」


 詩穂さんにそう言ったもののこれは大変そう。

 わさわさと実がなっている部分を残して、根っ子と上の葉っぱだけ切り落とそう。

 

 持っていた片手剣で幹を切っていたと、頭上に不快な羽音が聞こえてきた。

 見上げると大きな蜂がホバリングしていた。


「ワスプよ! 刺されないように気を付けて!」


 スマホを手にした詩穂さんが叫んできたが、言われなくてもあんな巨大な蜂に刺されたくはない。もし刺されたら痛いなんてもんじゃないだろあれ。

 赤と黒の巨大蜂。体だけで1mはありそうで羽根も含めると2mはありそうだけど、問題はその巨大な顔とお腹の針。そして不快な羽音。


 巨大蜂も俺を獲物と認識しているのか警戒しているのかわからないけど、どのみち襲ってくるモンスターは倒さないとこっちがやられる。

 やるかやられるかの世界‥‥剣を握る手が震える。


 空中でホバリングしながら巨大な顎をかみ合わせてカチカチと威嚇音を立ててくる巨大蜂は、僕の周りを回るように飛んで隙あらば襲ってきそうだ。


 もう少し近づいてくれば剣の間合いだ。

 剣術スキルの恩恵でこういうのがわかるのはありがたい。

 もう少し! もう少し近づいてこい!


 今! 僕の繰り出した突きが巨大蜂を貫いた。


 腹を貫かれた巨大蜂は粒子となって消えていった。


「ふいぃぃぃ‥‥緊張したぁぁ」

「凄いわ。あんな巨大な蜂倒すなんて、私じゃ足がすくんで無理だわ」

「うん。蜂の顔メチャクチャ怖かったよ。正面から向かってくる分にはまだ対処ができそうだけど、複数から襲われたらヤバいかな」

「そうよね。近くに巣があるかも知れないし、いったん帰りましょう」


 詩穂さんの意見に同意して魔石と枝前を回収して部屋に戻ることにした。



 

 部屋に戻ってきた僕たちは取ってきた枝豆を茹でるべくお湯を沸かす事にした。

 火はともかくとして羽釜に水を張るのが大変だった。

 水汲みでいったい何往復すればいいんだろうか?

 あっ、そうだ身体強化のスキルを使えばもっと楽できんじゃね?

 僕って頭いい!


 釜ごと運んで水を汲み竈まで運ぶ。

 水の入った釜はスキルを使っても結構重い。

 それでも持てる僕って凄くない? 

 詩穂さんに僕のパワフルな姿をアピールしないといけない。

 いいところを見せればひょっとしてひょっとするかも?


「詩穂さん。準備できたよ」

「ありがとう。炭があるからそれ使って火を起こしといて」


 えええっ? 詩穂さん‥‥それだけ?

 僕の努力は? 結構重かったよ? それなのに枝前を枝から切る作業に集中しててこっち見てない‥‥そんなぁぁぁ‥‥‥


 いいもん‥‥まだチャンスはあるもん。

 まずはカッコよく火起こしするのだ。

 まだ炭は燻っているので火吹き竹で空気を送ればまた火が大きくなるはず。

 頬を脹らませ息を吹きかけると炭が赤くなった。


 何度か息を吹きかけることで炎が上がった。

 新たに薪をくべて後はお湯が沸くのを待つだけだ。


 詩穂さんも枝豆を切り終えたみたい。


「後はこの豆を洗ってっと」

「詩穂さん。僕が持ちますよ」

「あら、ありがとうございます」


 よし、自然な流れでお手伝いできたぞ。

 泉でざるに入った枝豆を洗っていると女神像が目に留まった。

 モンスターも倒したしそろそろレベルアップしてないかな?

 

 黒いスマホを女神像の手に乗せると像が輝き電子音が鳴り響いた。

 やったレベルアップしたぞ!

 これでレベル3だ。


「おめでとう涼真君」

「ありがとう。詩穂さんもやってみて」


 僕がスマホを取り、代わりに詩穂さんが自分のスマホをセットしたが残念ながら電子音は鳴らなかった。


「残念。私はレベルアップできなかったみたい」

「僕の方が多くモンスター倒してるから仕方がないよ」

「次は私も頑張ってみるわ。それで次はどのスキルにするの?」


 選択肢は 槍術、投擲術、格闘術、打撃術、弓術

      気配察知、火・水・風・土魔術

      身体強化LV2 剣術LV2


 4属性の魔法が増えて12種類。

 スキルポイントは2ポイント、LV1なら二つ、LV2なら一つ選べる。


「一つは魔法にしてもう一つは気配察知かな?」

「気配察知?」

「そそ、モンスターが襲ってきてもそのスキルがあればわかるんじゃない? たぶんだけどそんな感じのスキルだと思う。森みたいなエリアだとどこで襲われるかわかんないからあった方がいいと思うんだ」


 出会い頭の事故を防ぐには必須だと僕は思う。


「なるほどね。もう一つは?」


 もうひとつは‥‥全然考えてなかった。


「詩穂さんだったら何にする? 火魔術は詩穂さんが持ってるから被らなくてもいいと思うんだけど、どれがいいかな?」

「そうねぇ‥‥水魔術なんてどうかな?」

「水?」

「うん。やっぱり水があった方が楽じゃない? 飲み水はともかく、洗い物とか水汲み大変そうだし手軽に使える水が欲しいわ」


 なにそれ‥‥詩穂さぁぁん‥‥ひょっとして僕を水道の蛇口として使おうとしてない? いや良いんだけどさ、蛇口でも何でも詩穂さんの役に立てれば。


「じゃあ水魔術にするね」


 レベル3のスキルは気配察知と水魔術にした。

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