第11話 森③
「リンゴだ! やったよ! 果物だ!」
殺伐とした迷宮に生えた一本のリンゴの木。
果実園にあるような高さを抑えた木ではなく、大きな幹に太い枝がダイナミックに広がっており、そこには日?の光を浴びて赤く染まったたわわな果実がこれでもかってくらいなっていた。
「こんなところでリンゴ狩りできるなんて素敵。私リンゴ狩り初めてだから、なんかワクワクしちゃう」
「僕は1回だけ両親に連れて行ってもらったことあるかな。リンゴの木に囲まれた椅子とテーブルで、木からもぎ取ったリンゴを味わってのんびりするのが最高だったよ」
「なんかいいわね、そういうの」
「何言ってるの? 詩穂さんもこれから同じ事するんだよ。好きなだけ取って食べても誰にも文句も言われない。持ち帰ってもお金取られない最高のリンゴ狩りだよ。甘いのか酸っぱいのか食べてみないとわからないけど、とりあえず食べてみようよ」
「そうよね。どれがいいかしら?」
同じ木なのに実によって赤みがだいぶ違っている。たぶんだけど全体的に赤くなったのが美味しいんだと思う‥‥表面は赤くても裏面は赤くなかったり色ムラがかなりあるので慎重に選ぼう。
「あっ! これにしよう」
僕が選んだのは垂れ下がった枝に付いている一つのリンゴだった。
「詩穂さん取れた?」
「いっぱいあるから迷っちゃう」
手の届く範囲で美味しそうなのを選ぶのもこれはこれで楽しいのかもしれない。
詩穂さんもリンゴを選んだみたいだ。
「ナイフ持ってきてないから丸かじりだね」
「そ、それはちょっとね‥‥」
「抵抗あるんなら‥‥そうだ! ちょっと貸して」
詩穂さんからリンゴを受け取り蛇口魔法で水洗いをして、身体強化を使う。
リンゴを両手で握り力を込めた。
ふん! ふぬぬぬっ!
「す、すごい! リンゴ割れるなんてカッコイイ!」
「ハイ。割れたよ。ホントは漫画みたいに片手で割りたかったけど、粉々にしてもダメだし両手で割ってみたけど上手く割れてよかったよ」
いびつな感じだが半分に割れたことは確かだ。
これで食べやすくなったはず。
「いただきます」
詩穂さんと割ったリンゴを食べるのもいいかもしれないけど、どうせなら贅沢に1個丸かじりしたい。
ワイルドにガブっとかじりつくと口の中に甘酸っぱさが広がった。
果肉は緻密でしまっており歯ごたえのあるしっかりとした食感とさっぱりとした後味のある美味しいリンゴだった。
「美味しいわね」
「そうら‥ね‥」
「もう、食べながらしゃべらないの!」
酸味は強いが久しぶりに食べたリンゴは美味しく、丸ごと平らげてしまった。
「あまりリンゴの品種には詳しくないけど、酸味が強く実が締まってるから焼いたり煮込んだりしても美味しいかも知れないわね」
「それってリンゴのお菓子?」
「そうね。そのままでも美味しいけど加工すれば違った味が楽しめると思うの」
「詩穂さんが作ってくれるの?」
「当たり前でしょ」
「やったね。詩穂さんの手作りスイーツだ! いっぱいあるから取って帰ろう」
「その前に私じゃ食べきれないから半分あげる」
砕けたリンゴを詩穂さんから受け取りこれまた美味しく頂いたのだが、手作りスイーツって単語に反応して顔をリンゴのように赤くした詩穂さんがとても魅力的で可愛らしかった。
リュックをリンゴでいっぱいにして帰宅? しよう。
森の中は不思議なもので色々な木々や植物が生えている。
何気ない草木もスマホをかざして見れば意外と食せる物も多い。
よくわからんキノコや葉っぱを採取しつつ帰ろうとしたところで、遠くに何かしらの気配を感じた。
「詩穂さん、あっちに何かいるけどどうする?」
「気にはなるけど荷物もいっぱいだし、いったん戻りましょう」
「了解! まだ行ったことない方角だし、下手にさまようとホントに迷子になりかねないから今回はスルーしてまたこよう」
方角さえわかればまた来ることもできる。
コンパスもない状況でさまようのは危険であり、できるだけリスクは減らしたい。
そうして森を進むと徐々に迷宮の壁が見えてきた。
今回も無事に帰って来られてほっとする。
整地されていない森の中はかなり体力を消耗するのだ。
「ああ、疲れた。結構距離歩いたね」
「そうね。でも収穫はあったから行ってよかったわ」
「うんうん。食材も毛布もゲットできてよかったね」
「涼真君、お腹空いてる?」
「いや、リンゴ食べたからそこまでは空いてないけどどうしたの?」
「なら、ちょっと歩き疲れたから少し休みたいのだけどいいかしら」
考えてみたら僕以上に詩穂さんは働いていた。僕が水魔術を使って倒れたときも詩穂さんは料理をしてくれていたのだ。
それなのに彼女も散策に付き合ってくれて森の中を歩き回ったのだ。
疲れていて当然である。
「詩穂さんごめんね。僕に付き合って遠くまで歩かせちゃって。最初の部屋にベットあったでしょ。そこで休んできたら?」
「ありがと‥‥‥」
お礼を言ってきた詩穂さんの歯切れが悪い。
「あ、あの‥‥あっちの部屋‥薄暗くて途中の通路暗いでしょ‥‥」
僕は理解した。詩穂さんは通路が怖いのだと。
「いいよ。一緒に行ってあげる」
「ホント? ごめんね」
女神像の泉の部屋には扉が4つある。
土間から見て右側の壁の扉がゴブリンの回廊。
そして、左側の二つの扉、奥が僕の目覚めた扉、手前の扉は最初こそ無かったが詩穂さんが出てきたことによって出現した扉だ。
僕でも通れるかな?と思ったがすんなり扉が開らき暗闇の世界がそこにあった。
何もない通路とはいえ先の見えない通路は森とは違った恐怖感がある。
これは女の子が怖がるのも無理はない。
むしろ詩穂さんがよく我慢して通路を進んだと褒めるべきか。
暗闇に包まれた通路を進むと直ぐに扉があった。
あれ? こんなに近かったっけ? そう思いつつ扉を開けた。
部屋は僕の目覚めた部屋と同じでベット以外何もない。
「着いたよ。詩穂さんゆっくり休んでていいからね」
詩穂さんを部屋に送り届け部屋を出ようとしたときだった。
「涼真君待って!」
詩穂さんが僕の手を掴んできたのだ。
「あ、あの‥‥怖いから‥‥お願い‥‥一緒にいてほしいの」
「詩穂さん、それって‥‥」
「涼真君も疲れていると思うけど、こんな部屋でひとりでいるの心細いの‥‥ダメかな? あっ、ベットひとつしかないから無理かな‥‥」
まさか詩穂さんからそんな発言が出るとは‥‥
この手のゲームとかではモンスターは扉を開けれず、こういった部屋はセーフティーゾーンになっており安全なのだが‥‥か弱い女性には怖いのだろう。
別の意味で危険もあるがここは紳士になろう。
「わかったよ。一緒にいてあげる。こんな僕でも頼ってくれて嬉しいな。毛布とベットは詩穂さんが使って、僕はこの辺で座ってるから」
「ありがと。優しいのね」
ベットとは少し離れた所で壁に寄りかかるように座り休憩することにした。
ある程度の広さのある部屋とはいえ女の子と一緒の部屋、ベットに入っている詩穂さんをどうしても意識してしまう。
「ねえ、やっぱり一緒に寝ない? そこじゃ疲れ取れないよ」
しばらくたった頃に詩穂さんが口を開いた。
「詩穂さんそれは不味いって!」
「べ、別に変なことする訳じゃないし‥‥涼真君のこと信用してるから‥‥そんなとこで寝たら腰痛めるよ?」
「そうかもしれないけど‥‥僕は男だから‥‥」
「涼真君はそんなことするような子じゃないでしょ。それともしたいの?」
「ち、違う!」
「ならいいじゃない。いいからこっちおいで」
ヤバい! とんでもないことになったぞ‥‥どうするべきだ?
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