第4章 王子様の友人ポジション
第32話 ……ボクのせいだ
「彼はボクにトイレットペーパーを届けるために、女子トイレに入っただけなんです! けっして、やましいことをしていたわけじゃないんです!」
生徒指導室内に、皇の必死な弁明が響き渡る。俺はその皇の隣に座り、向かいで腕を組み、難しい表情を浮かべる奥田先生に、視線を固定していた。
奥田先生は「ふぅ……」と息を吐くと、額に手を当てる。
「何度聞いても、訳の分からない状況だな」
「だからですね! トイレットペーパーがなかったので、ボクが彼にトイレットペーパーを持ってきてもらうよう連絡をしたんです! だから、彼にはやましい気持ちなんて……いや、それはあったかもしれないですけど!」
皇が俺を一瞥してきた。俺を擁護してくれるつもりがあるなら、ちゃんと最後まで擁護して欲しい。
でも、よく考えたら皇にしてきたセクハラの数々を思い出すと――日頃の行いって大事だなと、俺は思った。
「はぁ……ややこしくなるから、それ以上はもう言わなくてもよろしい。少なくても、事情は分かった。手綱白が西校舎3階の女子トイレに入った件については、学校側から特に罰を与えることはない。それは約束しよう」
「本当ですか!? あ、ありがとうございます!」
皇は「よかったね!」なんて言ってきたが、奥田先生はまだ言いたいことがあるみたいで、「皇尊」と落ち着いた声色で続ける。
「そちらの事情は十分に理解しているつもりだ。学校側としても、できる限りのサポートはする。だが、学校というのは君のためにあるわけじゃない。生徒全員のためにある。分かるかね?」
「は、はい……」
「我々教師は、生徒全員を見る義務がある。君にばかり時間を割いたり、特別扱いをするわけにはいかないんだ。こちらもできる限りのことはするが、君自身にもっとしっかりしてもらわなくては困る」
「……はい」
「今回の件は、君の落ち度だ。トイレに入ってからトイレットペーパーを確認しておけば、済んだ話ではないかね」
「お、おっしゃる通りです……」
「注意力の散漫。そのせいで、手綱がこうして生徒指導室に呼び出されているんだ。そのことを踏まえて、今回の反省を次に活かしたまえ」
「は、はい!」
これで皇の説教は終わったな。これでようやく解放されるかと思ったら、「自分は悪くないみたいな顔をしているが」と奥田先生の矛先が、今度は俺に向いた。
「君も君だ。緊急時ならともかく、トイレットペーパーくらいで、女子トイレに入るな」
「すみませんでした」
「次はないと思いたまえ」
「はい」
「……」
「……」
「君はあれだな。謝罪に心がこもってなさすぎる、教師の説教を迅速に終わらせたいなら、心をこめた演技の練習でもした方がいい」
見抜かれてしまった。
「まあ、説教は以上だ。もう行きたまえ」
「はい。失礼します」
俺が先に立ち上がると、皇も俺に続いて「失礼します!」と生徒指導室を後にする。
廊下に出ると、皇は「はぁ……」とため息をこぼした。
「奥田先生……怖かったね」
「そうか?」
「それより、本当にごめん。ボクのせいで、こんなことになっちゃってさ」
つい先ほど、俺は皇の要請で女子トイレまでトイレットペーパーを届けにいった。そして、女子トイレから出てきたところ、偶然女子生徒に目撃されてしまったのだ。
俺はあれよあれよという間に、現行犯逮捕。そのまま職員室で、「覗きです! 不法侵入です!」と教師陣に突き出されたわけである。
あの時の先生たちの目……怖かったなぁ。職員室だったから、四方八方から先生たちに睨まれて、思わず漏らしてしまうかと思った。
そんな状況で奥田先生が「私が詳しい話を聞こう」と、俺を生徒指導室に移動してくれたのだ。おそらくだが、あの視線の雨の中から俺を助け出してくれたのだと思う。
そのことで感謝したら、「事実確認が済んでいないのに犯人扱いしては、冤罪だった時に取返しのつかない心の損傷負うことになる」と返された。
やっぱり、そういうところが生徒思いな先生だと思った。生徒指導室でも、真摯に俺の話を聞いてくれて、話を聞いて皇が駆けつける前には俺を解放しようしていたくらいだ。
俺はもう奥田先生の授業は、これから一生真剣に聞こうと心に誓った。
「まあ、気にするな。幸い、お咎めなしだったわけだしな」
「でも……」
「いいからいいから」
と、そのタイミングで「お、手綱~」と冴島が声をかけてきた。
「生徒指導室に連行されたんだろ? どうだった?」
「お咎めなしだよ」
「マジで? じゃあ、お前が女子トイレに入って、女子のニオイをポリ袋に詰めてたって話はデマなのか」
「噂に尾ひれつきすぎじゃね?」
女子トイレのニオイをポリ袋に詰めるって、どんなやばいやつだよ。しかも、そのポリ袋はどうするんだ? 売るのか? メル〇リあたりで?
さすがに売れないだろ……売れないよな?
俺がくだならないことを考えていると、皇が深刻そうな表情で冴島に「あのさ」と疑問を投げかける。
「その噂……結構広まってるの……?」
「え? まあ、そうだな。もう全校生徒知ってるよ。手綱白って2年の男子が、女子トイレに入ったって」
はやすぎるだろ。閉鎖された集団って怖いなぁ……。
「だから今、女子たちはみーんな手綱の悪口と陰口のオンパレード。そういえば、あいつ~いつもうちらのことなめるように見てきて~とか。そんな感じのやつ」
「……」
おっと、皇さんが俺を訝しんでますね。やっぱり、日頃の行いは大事だなと思った。だが、これだけは訂正したい。
「待て、皇。いくらなんでも、俺はそこまで節操なしに、人をなめるように見ない。多少の常識は弁えているからな。友達でもない赤の他人に、そんな不躾な視線を送ったことはない」
「んーーーー」
おっと、皇がジト目で俺を見ていらっしゃる。まったく信じてもらえてないですね。本当に日頃の行い(以下略)。
「気を付けろよ? お前、皇の友達ってだけでも、女子たちから目をつけられてたから」
「え?」
冴島の発言に皇が、「どういうこと?」と尋ねる。
「ほら、皇ってイケメンじゃん? だから、女子たちはこぞって、皇とお近づきになりたいわけだ。でも、だいたい隣に手綱がいるだろ? だから、手綱を目の敵にしている連中がいるんだよ」
「な、なにそれ……別にボク、いつも手綱くんと一緒にいるわけじゃ……」
「でも、一緒にいること多いだろ? 王子様に特別扱いされてるってだけで、十分女子たちの嫉妬の対象になるんだよ。つっても、そんなの極一部の過激なやつらだけだけどな?」
「……」
へぇー俺、過激な皇ファンから目の敵にされてたんだ。知らなかったなぁ。
「今回のことで、その過激派な女子たちが、手綱のことをこれでもかってくらい燃やそうとしてるんだ」
なるほど、やたらついてきた尾ひれはそれが理由か。
「とにかく、気をつけろよ?」
「おう、いろいろ教えてくれてありがとうな」
「気にすんなよ。友達だろ?」
「……冴島」
俺、いい友達もったなぁ……。
「なあ、ところでさ……? 女子トイレのニオイを詰めたポリ袋……いくらくらいで売ってくれるんだ……?」
「……」
こいつとは縁を切った方がいいかもしれない。
「……ボクのせいだ」
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