第8話 負けるの大嫌いなんだよね

 放課後。

 俺は姫金と一緒に、オシャレな喫茶店に来ていた。理由は、皇のことである。


「俺、こういうお店初めてだ」

「そうなんだ?」

「あれだろ? 注文する時に、魔法の呪文みたいな名称のドリンクを注文しなきゃなんだよな? チチンプイプイ・フラペチーノみたいな」

「偏見がすごい」


 カウンターで注文した飲み物を受け取り、店内の空いているテーブルに腰を降ろす。俺が頼んだのは、姫金と同じもので、呪文みたいな長い名称の代物である。

 自分でちゃんと注文できる自身がなかったので、「彼女と同じもので」と店員さんに伝えたのだが……。


「ただいまこちらの商品が、カップル割引でお安くなっていますが……」


 と、変な誤解をされてしまったのは余談である。


「そ、それでさ……皇くんのこと……ど、どうだったの……?」

「ふむ……ずずずずず」

「いや、もったいぶって飲み物飲んでないないで、はやく教えてよ」

「ドラムロール必要?」

「なんで必要だと思った?」

「心の準備できるだろ」

「……だ、大丈夫。言って」

「言いながら、めっちゃ耳を塞ぐじゃん」


 姫金は両手で耳を塞ぎ、「ばっちこーい」と呟いている。脈ありか、脈なしか――さながら、受験の合格発表の緊張感があるのだろう。


「……脈なしだ」

「……」


 耳を塞いでいても聞こえたのか、姫金はすべての動きを止めて、塞いでいた手を力なく降ろした。


「そ、そっか……脈なしか……」

「とりあえず、お前が皇と付き合える可能性はかなり薄いみたいだ」

「ぐさぐさぐさぐさ」

「メンタルをめった刺しにしてしまった」

「あ、あんた……ちょっとは手心とかないわけ……?」

「変に期待を持たせるよりマシだ。別に、いい人になりたいわけでもあるまいし。お前に恨まれたって、構いやしない」


 それよりも重要なのは、皇との約束を守ることだ。そのために、不確定要素はなるべく排除しておきたい。


 姫金は無言で俯きながら、おもむろに「ずずずず」と飲み物に口をつける。俺は落ち込んでいるであろう姫金に、「大丈夫か?」と声をかけた。すると、しばらくして姫金が、ばっと顔をあげる。


「手綱くん!」

「はい、手綱です」

「あたしに協力して!」

「協力? なんの?」

「察しが悪いなぁ。皇くんとあたしが付き合えるように、協力してってことだよ!」

「……」


 思わず面食らってしまった。


「諦めないのか?」

「ふふ~ん、この程度で諦めるわけないじゃ~ん」


 そう言って、姫金は口の端をつりあげて笑みを浮かべた。


「……意外だ。脈なしだって知ったら、泣くんじゃないかと思った」

「あたしが?」

「慰めるためにトイレで使ったハンカチを渡そうと思っていたのに」

「いらんわ!」

「まさか泣くどころか、笑う余裕があるなんてな。本当に意外だ」


 素直に賞賛すると、姫金は「余裕なんてないよ」と自虐的な笑みを浮かべた。


「脈なしって知って、普通に悲しいしさ。ちょっと涙目になりそうなところもあるけどさ……でも、あたしは泣かないよ」

「それはどうして?」

「だって、泣くってことは負けたってことじゃん。あたし、負けるの大嫌いなんだよね」

「負けず嫌いってことか?」

「……昔さ、すっごくいじわるな男の子がいたんだよ」

「……?」


 姫金が突然、昔話を始めた。俺は口を挟むのも野暮だと思い、飲み物を手にして、彼女の語りに耳を傾ける。

 姫金も俺の意図を察したのか、「えへへ、ありがと」と続けた。


「幼稚園の頃なんだけどさ、学芸会で劇をやることになったんだ。あたしは、そこでお姫様の役をすることになったの」

「へえ、そりゃあ適役だな。姫金は美人だし」

「幼稚園の頃に美人もなにもないっしょー」

「しかし、さぞ可愛かったに違いない」

「なに? 口説いてんのー? でも、ごめんねー。あたし、皇くんが好きだからさ~」

「それで?」


 続きを促すと姫金は、「手綱くんはドライだなぁー」と肩を竦めた。


「まあそれで、あたし劇の練習すっぽかしちゃったんだよね」

「そりゃあ、またどうして?」

「いやだったの、お姫様役が。一番台詞も多いし、一番注目されるし、あたしなんかにお姫様役は無理だよーって感じでさ。初めての練習で、逃げちゃったんだ」

「ずずずずず」

「ようするに、自信がなかったわけ。友達は、あたしなら大丈夫だよって、優しく励ましてくれた」

「いい友達を持ったじゃないか」

「表面上はね。でも、実際はそうでもないんだよ」

「どういうことだ?」

「劇のお姫様役は、もともとみんなに押し付けられた役なんだよ。誰も彼もやりたがらない役。無駄に目立つのに、恥だけは掻くハズレ役。もし、あたしがお姫様役から降りたら、今度は誰かが代わりにやらなくちゃいけない。だから、みんな表面上は優しく励ましてくれてたんだと思う」


 幼稚園でそんな腹黒いこと考えてたらいやだなぁ……と、俺は思った。


「まあ、押し付けられた側としては、たまったもんじゃないよね。だから、逃げたの。人気のないところに隠れて。みんな、先生に言われてあたしを探しに来たけど、見つからないように息を潜めてた」

「ずずずず」

「そんな時、1人の男の子があたしを見つけたんだ。

「なんだか、恋でも始まりそうな予感がするな」

「大正解。この男の子は、あたしの初恋の男の子なんだよねぇ」

「そうなのか」

「まあ、この時はまだ違うんだけどね。あたしを見つけた男の子は、人を呼ぶでもなく、ただあたしをじっと見てたんだ。もともと、ちょっと不思議な子だったんだけど……この時はなにも言わず、ただあたしを見てるだけだったから、不気味な感じだったなぁ」


 その第一印象から、どうやって恋に発展したのだろう。


「だから、あたしは『どうしてなにも言わないの?』って聞いたの。そしたら、『どうして練習から逃げたの?』って聞いてきたんだ。だから、さっき言った理由をそのまま話したんだ。そうしたら、その子なんて言ったと思う?」

「さあ?」

「『まあお前には無理だろうな』って言ったんだよ? やりたくなくて、膝抱えて泣いてる女の子に、普通そんなこと言う?」

「その男の子、クソ生意気そうだな」

「まあ、手綱くんもちょっと似てるところあるけどね」

「え? 俺が?」

「さっきあたしのメンタルめった刺しにしたじゃん」

「……」


 それとこれとでは、状況が違うんじゃなかろうか。俺は天井を仰いだ。


「その後、その男の子ってば優しくするどころか、『時には諦めも肝心』とかさ。散々、言ってくれちゃってさ……最終的には、『お前お姫様ってほど可愛くないしな』とか言われて、それであたしカッチーンきたんだよね。そんなこんなで、こいつをどうにかしてぎゃふんと言わせてやる! って感じで、お姫様役やることにしたんだ」

「ふーん」

「それからだったかなぁ。オシャレとか興味出てきてさ……あの子に可愛いって言わせたくて、服とかいろいろ頑張ったんだ。でも、ある日突然……その子はいなくなっちゃったんだ」

「どうして?」

「引っ越しちゃったんだって。そうして、彼がいなくなってあたしは初めて、『ああ、好きだったんだなぁ』って気づいたの」

「……」

「もうあたしの初恋は、手が届かないところに行っちゃったんだ。でも、今の恋は手の届くところにある。だから、あたしは諦めたくない。ここで諦めたら、あの男の子にまたバカにされそうだし」

「……そっか。だけど、叶わない恋だぞ」

「そんなの、やってみなくちゃ分からないじゃん? お姫様役だって、やってみたら、結構できたし。最初から、無理、できないなんて決めつけるのは、あたしの可能性を潰すことになる。だから、まずはやってみるってのが、あたしの信条なの」


 なるほど、その心行きは素晴らしいが、今回に至ってはそういう問題じゃない。


「手綱くん、お願い。あたしに協力してください」


 俺は「だが断る」と、口にしようと思った。しかし、直前で口を噤んだ。


 彼女の決心は固い。仮に、ここで俺が断っても、彼女1人で皇に近づくだろう。そうなると、皇の秘密がバレるリスクが高まってしまう。


 ここで彼女を放置するよりも、いっそ協力して手綱を握る方が安心なのではなかろうか。その後は、皇に相談して、彼女のことをどうするか決めればいい――方針は定まったな。


「分かった。協力してやる」

「ほ、ほんと!? いいの!?」

「だけど、あまり期待するな」

「いやっほ~! やった~」


 姫金、そんなに喜ぶな。俺は、お前を裏切る気まんまんなのだから。

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