第2章 夢見るギャルちゃん

第7話 協力して欲しいの!

 姫金(ひめかね)若菜(わかな)。

 学校1の美少女とも呼ばれ、多くの男子生徒たちの目をくぎ付けにしてきた人気者。


 そんな彼女に俺は――。


「もじもじ……」

「んーーーー」


 人気のない場所まで呼び出されていた。


 現在時刻はお昼。一波乱あった体育の授業を終えて、「なにを食べようかなぁ」と学食のメニューと、財布の中身を思い浮かべながら、昼食の内容に悩んでいた俺。


 そんな折に、学校1の美少女から「恋愛相談がある」と言われて、ほいほいついてきてみれば……。


「もじもじ」


 終始、俺の目の前で気恥ずかしそうに、もじもじと言いながらもじもじしているだけ。はやくしないと、お昼を食べ損ねてしまうのだが。


「なあ、相談事があるならはやくしてくれないか」


 仕方なく俺から話を振ってやると、姫金は「むっ」と口を尖らせた。


「あ、あたしにも心の準備ってもんがあるのよ!」

「俺にはお昼を食べるっていう大事なことがあるんだが」

「そ……それは悪いと思うけどさ? でも、話の腰を折った手綱くんにも、責任があると思わない?」

「俺が話の腰を折った?」

「だって、いざあたしが話そうとしたらさ? 『その前に、名前なんだっけ?』とか言うから」


 そう――俺は彼女の名前を知らなかった。いや、正確には知っていたが、忘れていたのだ。

 それで、先ほど話を聞く前に、名前を尋ねたのだ。


「こっちは結構、勇気振り絞って声かけたのに……あれでなんか気が抜けちゃったんだよぅ」


 姫金は抗議の意を含めた眼差しを、俺に向ける。


「そいつは悪かったな。でも、できればはやくしてくれ」

「あたしが頼んでる側だから、筋違いなのは承知で言うんだけど……ちょっと冷たくない? 女の子には、もうちょっと優しくした方がいいと思うけどなぁー」

「俺が冷たい? 普通だと思うけど」

「いやいや、冷たいでしょ? あたしのクラスの男子とか、相談事あったらめっちゃ真摯になって聞いてくれるし~」

「ふーん?」

「それに比べて、手綱くんは冷たくない?」

「どうして、クラスの男子と比較したのか分からないが、男から優しくされるのは当たり前だと思ってないか?」

「え?」

「なんでもいいが、はやく本題に入ってくれ。大方、予想はついているが」

「そ、そうなの?」

「さっき皇のこと聞いてきたから、なんとなくな」

「そ、そっか……じゃ、じゃあ……言うね」


 姫金は意を決したように続ける。


「あ、あたし! 皇くんのことが好きなの!」


 案の定だった。皇と仲がいいか訊かれ、その上で恋愛相談と来たら、予想できて当然だろうが。


「あ、あたし……さ。皇くんが転校してきた日の朝、バスで登校中に……その……ちょっといやなことがあってさ」

「いやなこと?」

「そこは察して欲しいところなんだけど……」


 そう言うからには、あまり口にしたくないことがあったのだろう。表情から見ても、愉快なことじゃないのはたしかだ。


「でも、そこを皇くんが助けてくれたんだ」


 そうか、皇はバス通学だったな。俺はバス代をケチり、毎朝片道徒歩1時間の通学路を歩いているが。


「まあ、ようするにそれが、皇に惚れたきっかけなわけか」

「うん。皇くん、あたしを助けたせいで、転校初日に遅刻しちゃったんだ。それでも、皇くんぜんぜん気にしてないよって……すごく優しくて……」

「ふーん」


 さすが、王子様だと思った。


「それで、俺にどうして欲しいわけ?」

「協力して欲しいの! その……あたしと、皇くんが付き合えるように!」

「え」


 皇と姫金が付き合えるようにだと?


「もしかして……ダメな感じ……?」

「あーいや、ダメじゃない。というか、分からない」

「え? なにが?」

「1つ確認したいことがあるんだが、いいか」

「なに?」

「お前は男と女、どっちと付き合える? どっちとも付き合えるなら、それでもいいんだが」

「え? なにその質問……?」

「いいから答えてくれ」

「えっと、男の子かな。女の子は、そういう対象じゃないよ…?」

「そっかぁ」


 じゃあ、ダメかなぁ……。

 仮に、皇が同性もいける口だったとしても、当の姫金がダメなんじゃなぁ。


 とはいえ、ここで「協力できない」と答えると、今の質問から変に勘繰られる可能性はあるか。


「よし、分かった。じゃあ、脈ありか脈なしかくらいは、調べてきてやるよ」

「ほ、ほんとに!?」

「でも、それ以上の協力はしないからな」

「う、うん! ありがとう! 手綱くん!」


 姫金はよっぽど嬉しいのか、俺の手を握ってきた。

 女子からの唐突なボディタッチ!

 あまり女子と触れ合う機会のない俺には、それだけでもなかなか刺激的だった。


「あれ? どうかしたの?」

「いや、なんでもない」


 彼女が学校1の美少女と呼ばれ、やけに男子から人気がある理由が分かった気がする。

 せいぜい、この手の柔らかい感触分くらいは仕事をしよう。俺はそう思った。



「じー」


 昼休みが終わり、駆け込み乗車気味にご飯を食べて臨んだ5限。


「教科書の32ページを開きたまえ」


 担任の奥田先生が担当する数学であった。先生は相変わらずのくたびれたようすで、キビキビとチョークで黒板に線を引く。先生が黒板に線を引く度に、教室中からカタカタと音が聞こえた。時折、カチカチとシャープペンシルの音も混じる。


 先生は自分のペースで授業を進める。黒板に書くスペースがなくなると、生徒のことなどお構いなしに、容赦なく消す。だから、みんな必死に板書を写しているのだろう。


 普段、「響ちゃん先生」などと呼ばれて、生徒からやや軽んじられているように見受けられるが……。意外にも、授業中は誰1人私語をしたり、寝たりする者はいない。


 そんな厳かな数学の授業中、俺も大人しく板書を写す――ということはなく、現在俺の視線はある人物に向けられていた。


「じー」

「……ちらっ」

「じー」

「……」


 俺の視線が気になるのか、お隣の王子様こと皇尊が、居心地悪そうにちらちらと、こちらに目を向ける。


「さて、ではこの問題の解答を、口頭で答えたまえ。手綱」

「エックスマイナス3」

「不正解だ」


 余所見をしていたら、間違えてしまった。今は授業に集中しなければ。そうして、俺が前を向くと、今度は皇が俺をじっと見つめてきた。


「じー」


 先ほどの仕返しだろうか。たしかに、他人にじっと見つめられるというのは、なんとも居心地が悪い。


「それでは、この問題の解答を……皇。口頭で答えたまえ」

「エックスマイナス3です」

「正解だ」


 そんなこんなで5限が終わり休み時間。結局、あれからずっと俺のことを見つめてきたお隣さんに、俺は声をかけた。


「なあ、さっきから人の顔じっと見てどうかしたか?」

「へっ!? べ、別になんでもないよ!?」

「そうか? そういえば、怪我の方はどうなんだ?」

「そ、それは……大丈夫……」

「なんか顔赤くないか?」

「べ、別に顔赤くないけど!?」

「いや、赤いが」

「ううぅ……なんだかあれから、手綱くんのことを考えると変な気分に……」


 なにやら小声でぶつぶつと言っているが、はて?


「そ、それより! 君の方こそ、ボクになにか用……? 5限が始まってしばらく、ボクのこと見てただろ?」

「ああ、実は聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

「お前、男と女ならどっちが好きなんだ」

「え!? ど、どうしてそんなことを聞くのかな!?」

「参考までに聞きたくてな」

「なんの参考か分からないけど……えっと、お、男の子かな」


 皇は、俺にだけ聞こえる程度の声量で教えてくれた。


「女の子は?」

「特に、そういう対象じゃないよ」

「そっかぁ」


  女の子は、対象外らしい。まあ、これで心置きなく姫金に「脈なし! 諦めが肝心!」と伝えてやれる。

 叶わない恋なんて、はやめに諦めた方がいいものだ。いつまでもその恋に執着するのは、誰も幸せになれないのだから。


「あ、あのさ……その……今の質問って、もしかしてボクと……」

「ん? さっきからぶつぶつとどうした? なにか言いたいことがあるのか?」

「え? あ、いや……その……」

「なんかやっぱり顔赤いぞ?」


 俺は皇に近寄って、顔を覗き込むように見つめる。すると、みるみるうちに皇の顔が赤くなる。


「え、あ、え、ちかっ」

「んー? もしかして、熱あるんじゃないか?」

「へっ!? いや、そんなことは……」

「どれ、ちょっとおでこ出せよ」


 そう言って、皇の額に手を当てると「ひゃぁっ!?」という、可愛らしい悲鳴をあげた。


「え? 今誰の悲鳴?」

「めっちゃ可愛らしい悲鳴だったけど…」

「皇くんっぽくなかった?」

「そんなまさか」


 ざわつく教室。皇はハッとなって、慌てて口を抑える。俺も、手を引っ込めた。しばらくして、気のせいかとなり、皇の悲鳴のことは有耶無耶となった。


 その後、皇には俺にだけ聞こえる声量で、それはそれは怒られた。


「ま、まったく君は……! いきなりああいうことはしないでもらえるかな!?」

「悪い。見た目男だから、つい男友達の感覚で接してしまった。そういえば、皇は女の子だもんな。以後、気を付ける」

「……お、男友達」


 おや? 皇がなんだか肩を落として、見るからにがっくりしているぞ?

 なにか落ち込むようなことがあったのだろうか?

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