第6話 よく頑張りました

「あいたっ」

「ほら、怪我したところ痛いんじゃないか。じっとしてろ」

「うう……」


 保健室にあった椅子に皇を座らせ、消毒液で擦りむいた箇所を手当していく。同時に、右足の患部に氷嚢を当てて冷やす。

 皇は「つめたっ」と身を震わせていたが、次第に慣れてきたのか、今はじっと俺に手当されている。


 ここへ来た時、養護教諭が不在だったので、いろいろ勝手にやらせてもらっているが……まあ大丈夫だろう。多分。


「あんまり、無茶するなよ」


 手当をしながら、皇の顔を見上げる。皇は俺の嗜めるような言葉に、肩を竦めた。


「でも、ボクはみんなの王子様だから。期待に応えたいんだ」

「あのなぁ」

「それに、やられっぱなしは性に合わないんだよ」


 どうやら、こっちの言い分には聞く耳を持たないスタンスらしい。たしかに王子様としては、あの状況で女子にかっこ悪いところを見せるわけにはいかないだろう。


 それに、連中に腹を立てたのは、俺も一緒だったから。正直、スカッとしたのは否定できない。

 となると、この件でこれ以上責めても、「お前が言うな」案件なわけである。


「……分かったよ。でも、休みたくなったらいつでも俺に言え。事情を知ってる俺の前なら、王子様もお休みできるだろ?」

「……いいのかい?」

「王子様だって、たまには休んで、お姫様になりたい時くらいあるだろ? お安い御用だ」

「…あ、ありがとう」


 皇が礼を述べたタイミングで、ちょうど足の手当が終わった。俺は立ち上がり、そのまま皇の頭に手を乗せる。


「え……」

「まあとにかく、今日はよく頑張りました」

「っ……!?」


 おや? なぜか皇の顔が、みるみるうちに赤くなっていくぞ?


「どうした? 顔が真っ赤だけど」

「え、あ、え、いや……その……あ、頭を撫でられるのはちょっと……なんて言うか……えっと」

「ああ、悪い悪い。女子にこういうことするのは、よくないよな」

「ほ、本当だよ……セットした髪が崩れて最悪だよ……」

「綺麗にセットされた髪を見るとさ、ぐちゃぐちゃにしたくなるよな」

「最低じゃん」

「髪、伸ばしたりはできないのか?」

「うーん、どうだろう。試したことはないかな」

「どうして? ロングって言えば、結構女の子っぽい感じするが」

「長くなると、男の子に見えなくなっちゃうからさ。だから、せいぜい伸ばせても……これくらいかなって」

「ふーん? まあ、今の髪型も似合ってるけどさ。試しに伸ばしてみたらどうだ? 髪の長い男なんて、ちょっと珍しいけどいないわけじゃないんだし」

「そう……なのかい?」

「結局、見た目のらしさなんてものは、誰かが勝手に言ってるだけなんだ。女だろうが、男だろうが、髪を伸ばしたきゃ伸ばせばいいんだよ」

「でも、それで……女みたいだって笑われたりしたら? もしくは、その逆も」

「んな連中の言うことなんて、聞く必要あるのか? 誰かに迷惑かけてるわけでもないし。好きなことして生きてるだけじゃねぇか。胸張って前向いてればいいんだよ」

「……そっか。君が、そう言うなら……伸ばしてみてもいいかもね」

「吐かないことを祈ってるよ」

「あはは、それは本当にそうだね……」

「お、なんなら今ここで試しに髪型変えてみるか? ポニーとか、ツインテとかにしても大丈夫なら、多分行けるんじゃね?」

「……」


 俺は保健室の中で、皇の髪を結えそうなものを探す。ヘアゴムとか、さすがにないだろうか。


「なあ、皇もちょっと探してくれよ?」

「……」

「ん? なんだよ? さっきから人の胸をじっと見て。えっち」

「見てないよ!?」

「皇も男の子なんだな」

「女だけど!? ボクの秘密知ってる癖に、そういうこと言わないでくれるかな!?」

「で? なんだよ?」

「……どうして、そこまでボクのために、協力してくれるのかなって」


 皇は椅子の上で背筋を正し、その濡れた蒼の双眸が、まっすぐに俺を射抜いた。


「どうしてって、前に説明しなかったか? お前の下着姿を見た詫びだって、言っただろ?」

「でも、あれってボクの不注意もあったわけで。別に、君だけが悪いわけじゃないし……はっきり言ってお詫びの必要ないだろう?」

「たしかに皇の不注意のせいだな。まったく、朝っぱらから下着姿を見せつけられたこっちの身になって欲しいぜ! 謝って! 不健全なものを見せましたって謝って!」

「こっち見られた側なのに、そこまで言われることある!?」


閑話休題。


「もう、ふざけないで真面目に聞いてくれよ。ボクは、真面目に話をしているんだよ?」

「まあ、別に隠すような話じゃないんだけどさ……話すのが、少し憚られるっていうかな」

「どういうこと?」

「……お前の兄貴にかかわる話だから」

「え?」

「お前、昔はこっちに住んでたろ」

「う、うん。父の仕事の都合で、あちこち転々としていたんだ。ここは、兄がまだ生きていた頃に住んでいたところで……母の調子がよくなってから、母がまたここに住みたいって。兄の思い出が詰まっている、この町に」

「そうだったのか」

「でも、なんで昔こっちに住んでいたことを知ってるの? もしかして、昔どこかで知り合っていたとか?」

「お前とは面識ないよ。兄貴の方とは、あったけどな」

「え? 兄さんと?」

「皇拓海……珍しい苗字だったから、まさかと思ったけどな。お前から、拓海って名前を聞いた時は驚いたよ」


 皇はやや前のめりになって、「それで?」と続きを促してくる。


「俺は昔、お前の兄貴に助けてもらったことがあってな。情けない話だが、俺は当時いじめられていてな」

「え、君が?」


 皇が驚きの声をあげる。まあ、今の俺からは想像もできないことだろう。


「昔の俺は、自由人でマイペースなガキだった。悪く言えば、協調性のないやつだな。周りと同じことをするのがいやで、一匹狼を気取ったガキだ。周りからハブられるのは、簡単だったな」

「あー……なんだか、少し想像できる気がするよ。今も結構、マイペースだから」

「で、当時ハブられていた俺に、お前の兄貴が手を差し伸べてくれたんだ。一緒に遊んでくれたりとかな」


 皇拓海と一緒にいた時間は、そう長くはなかった。俺と知り合って1か月後くらいには、引っ越してしまったから。だが、その1か月で、俺は彼から多くのことを学んだ。


「あの人のおかげで、俺は今こうして周りに溶け込めてるっていうのかな。いつか出会ったら恩返しがしたいと思ってたけど、もういない」

「あ……」

「そんな申し訳なさそうな顔すんなっての。お前が悪いわけじゃないんだから」

「でも……」


 まったく、だから話したくなかったのだ。多分、こいつが気にするから。


「とにかくだ。俺は、お前の兄貴からもらった恩を、妹のお前に返したいんだよ」

「ボクが、兄さんの代わりってこと? いいのかな、そんな」

「いいんだよ。恩返しさせてくれないと、喉に魚の小骨がつっかえたままになっちまう」


 皇は顔を俯かせて、しばし考える素振りを見せる。それから、顔をあげた皇は、苦笑を浮かべた。


「分かった……なら、兄さんの代わりにボクが恩返しされてあげる」

「おう。ぜひ、返させてくれ」

「その……これからも、よろしくね?」

「ああ、こちらこそ」


 こうして、俺と皇は改めて約束をした。

 俺は皇に恩を返すために、皇の秘密を守ることを。そして、いつか皇が女の子っぽい格好ができるように、協力することを。


 皇は少し保健室で休んでから教室へ戻ると言っていたので、俺は先に教室へ戻ることにした。


「そういえば、今は昼休みか。飯食う時間あるかな」


 そんなことを考えながら保健室のドアから離れると――。


「ねえ」

「ん?」


 声をかけられて振り返ると、そこには見覚えのある人物が立っていた。


「あんたって、皇くんと仲いいんだよね?」

「まあ、おそらく」


 綺麗な金髪に、抜群のプロポーション――。


「時間あったらさ…ちょっと相談乗ってくんない…?」

「相談?」


 学校一の美少女とも呼ばれる彼女の名前はたしか――。


「恋愛相談……なんだけど……」

「はい?」


 顔を真っ赤にしている彼女は――誰だっけ?



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