第9話 恋愛事って苦手なんだもん!

「なんだかこうしていると、ドラマチックじゃない?」


 夜。俺と皇は、お互いの部屋の窓を開け、顔を合わせていた。夜風が頬を撫でるのが心地よく、なかなか癖になりそうだった。


 皇にはその夜風が肌寒かったみたいで、薄手の寝巻の上にショールをかけていた。手にもっている可愛らしいピンクのマグカップからは湯気がたち、夜風に乗ってこっちの方まで香りがした。


 皇はマグカップに1度口をつけて、ほっと一息いれると「それで?」と本題に入る。


「ボクに話があるって? わざわざ電話じゃなくて、会って話がしたいなんて、余程大事なことなのかい?」

「恋愛相談だ」


 皇が飲んでいたものを吹いた。


「けほっけほっ……れ、恋愛相談だって!? だ、誰と!? 誰の!?」

「お前と」

「ぼぼぼぼぼ、ボクと!? もしかして……!?」

「姫金の」

「君の――はい?」

「知ってるだろ? 姫金若菜」

「ああ……彼女のことなら、たしかに知ってるけれど。その彼女とボクの恋愛相談って、一体どういうことだい?」

「今から説明する」


 俺は姫金のことを簡潔に話した。


「彼女がボクに、好意を抱いていたのは知っていたけど……なるほど。それじゃあ、お昼のあの質問も?」

「姫金と付き合えるかどうかを確認したくてな。お前が女の子もいける口なら、止めることはなかっただろうな」

「そうなんだ……止めないんだ……」

「そりゃあ、そうだろ? 俺に止める資格も理由もない」

「うう……まあ、そうなんだろうけどさ」


 なにやら皇がマグカップを持って、もじもじとしているのだが。はたして、どうしたのだろうか?


「まあ、とにかくだ。あいつの気持ちを、こんな形でバラすのは心苦しいが……俺にとって重要なのはお前の方だからな。俺はお前の秘密がバレないよう、姫金には協力するって約束しておいた」

「そ、そっか」


 おや? 今度はなんだか嬉しそうだ。表情がころころと変わって、忙しないやつだな。


「にしても、これが姫金にバレたらめちゃくちゃ恨まれそうだよなぁ」

「どうだろう。君は、再三止めたんでしょう? なら、君を恨むのは筋違いに思うけど」

「人間の感情は、そんな単純じゃないだろ。理屈じゃそうでも、感情的に許せることと、許せないことなんて人それぞれだ」

「そうだね……」

「まあ、いい人になりたいわけじゃあるまいし、恨まれても構わないんだけどな」

「ボクとしては、彼女が人に恨みを持つようには見えないけどね」

「ふーん? と、そんなことより作戦会議をしようぜ」

「作戦会議?」

「姫金のこと、このままにしておけないだろ? なんとかしないと、下手に探られればお前の秘密がバレかねないんだ」

「そうかな? 今までバレたことないし、放っておいても……」

「お前、俺にバレたの忘れたのか?」

「……」


 皇は目をそらした。


「お前、結構抜けてるところあるからなぁ。ちょっと前なんか、冴島にもバレそうになったし」

「はい……その節は、すみませんでした……」

「それに、お前の秘密を守ることだけが目的じゃない」

「というと?」

「姫金にだって、いつまでも叶わない恋をさせるのは酷だろ。だったら、はやく諦めさせてやるのが……」

「彼女を騙しているボクたちの役目……ってことか」

「お前は別に騙しているわけじゃないだろ?」

「一緒さ。彼女に性別を明かしてしまえばいいのに、それができないんだから」

「……」


 性別を明かすとなると、過去のトラウマについても説明しないといけなくなる可能性がある。それに、1人でも秘密を知る人間が増えれば、それだけ皇の秘密が、拡散されるリスクが増す。


 そうなったら、皇は兄を失った過去を幾度となく、掘り起こさなくてはいけなくなる。他人から向けられる無遠慮な好奇心が、彼女の触れられたくないところを、土足で踏み荒らすのだ。


 そんなことはさせないし、させたらダメだ。それが、彼女の辛い過去に触れてしまった――俺がやらなくちゃいけない責任だと思うから。なにより、恩人の妹だ。


「んじゃ、姫金のことをどうするか考えようぜ」

「うん」


ジリリリリ。


「おい、皇。携帯鳴ってんぞ」

「あー……うん。まあ、放っておいてもいいよ」

「そうか? なら、続けるが」


ジリリリリ。


「おい、皇。めちゃくちゃ携帯鳴ってんぞ」

「さっきから、ずっと鳴り止まなくてさ……」

「知ってるやつからなのか?」

「うん……よく知ってる相手だよ」


ジリリリリ。


「なあ、皇。これじゃあ、作戦会議どころじゃないと思うんだが」

「あーもう! ごめんちょっと出てくる!」


 皇はキレ気味に鳴り止まないスマホを手に、一度部屋から出て行く。

 俺は夜風に当たりながら、皇の帰還を待つこと数分。皇が疲れた顔で、「お待たせー」と戻ってきた。


「聞いてもいいか分からなんが、誰だったんだ? やたらしつこかったけど」

「ああ……前の学校で、ボクを慕ってくれていた後輩がいてね。その子からだよ」

「慕って…っていうのは、その感じだと恋愛的な意味でか?」

「手綱くんのご想像に任せるよ……」

「ふーん? モテる王子様は辛いな?」

「はぁ……悪い子じゃないんだけどね。転校する前から、ずーっとボクの後ろをついてきてね」

「可愛い後輩じゃないか」

「朝から晩までずーっと。気づいたら、電柱の後ろからボクを見ているような子だったよ」

「ストーカーじゃん」

「うん」


 本当にモテる王子様は辛いなぁ……。


「というか、後輩って……お前進級してからこっち来たよな? 前の学校にいた時は、まだ1年じゃないのか?」

「ああ、それは前の学校が中高一貫でね。ボクが1年の頃、後輩は中学3年生だったんだ。それでまあ……いろいろあってね」


 皇のことだから、姫金みたいな感じでひとイベントあって、惚れられてしまったのだろう。


「その後輩然り、姫金のこともさ。王子様らしくぱぱっとふって諦めさせてやれよ」

「そ、それはそのぉ……」

「ん?」


 なんだ? この煮え切らない反応。

 アニメとか漫画で、優柔不断なヘタレ主人公が見せるような、うじうじぐだぐだしたような。


「ぼ、ボク……その……そういうのちょっと無理っていうかぁ……」

「お、お前マジか」

「だ、だってボクこういう恋愛事って苦手なんだもん!」

「なんだもんって」


 まさかこの王子様、ヘタレなのか?


「皇よ。たとえばの話なんだが、お前のことが好きな男が2人いたとする。で、どちらか片方としか付き合えないとしたら、お前はどうする?」

「ええ? そんなの想像もできないよ」

「いいから、答えてくれ」

「えっと……ボクなら、2人が傷つかないように、どっちも選ばない……かな?」

「っ!」


 間違いない! この誰も傷つかない選択肢を選んだように見せかけて、本当は自分が傷つかないための選択をしている感じ!


「やっぱり、誰かが傷つく姿は見たくないからね」


 こいつヘタレだ! 近年稀に見るタイプの超絶ヘタレだ!


「……」

「おや? どうしたんだい手綱くん? 天を仰いだりして」


 この王子様に任せていたら、姫金のことも、例の後輩のことも、なにも解決しないんじゃないだろうか。

 それどころか、こいつの優柔不断な選択によって、誰も幸せになれない結末を迎える可能性もおおいにありえる。


「よし、皇」

「うん? なんだい?」

「姫金のことは俺がなんとかいい解決策を考える。だから、お前は俺に言われた通りのことをしてくれればいい」

「え? いや、君の任せてばかりじゃ悪いからボクも……」

「いや、いい。俺が頑張るから。お前は頑張らないでくれ」

「う、うん?」

「……」


 俺はもしかしたら、大変なことを引き受けてしまったのかもしれないなぁ。

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