第10話 バカだと思われたくないんだもん!
「手綱くん! 助けて!」
昼休み。購買で、「なに食べようかなぁ」とパンを吟味していた折、スマホがジリリリとしつこく鳴った。スマホの画面には、姫金の文字が表示されており、電話に出たら人気のない校舎裏に呼び出された。
そんなこんなで、仕方なく急いで適当なパンを購入して、指定の場所に向かったところ――開口一番に助けを求められたのである。
「一体どうしたんだ?」
「うう……それが実は……」
姫金はぽつりぽつりと、午前中にあった出来事について話し始める。
「姫金若菜。次の小テストの結果次第では、補習なのでそのつもりで」
突然、奥田先生に職員室まで呼び出された姫金は、開口一番にそう言われたらしい。
「え、ほ、補習ってマジで?」
「マジだとも」
「えぇ……怠いなぁ……」
「ちなみに、補習は土日に行われる」
「え」
「それがいやなら、頑張りたまえ」
「ちょ、ひ、響ちゃん先生!? それ、マジなの!?」
「だから、マジだと言っただろう」
「な、なんとかならない……?」
「ならない」
「そ、そんなぁ……」
「恨むなら、しっかり勉強をしてこなかった自分を恨みたまえ。君の成績は、いささか悪すぎる」
「がーん……」
回想終了。
そんなこんなで、焦った姫金は俺に助けを求めてきたとのこと。
「で? 俺はなにをすればいいんだ?」
「勉強! 教えて!」
「ええ……こういう時こそほら、皇とお近づきになるチャンスじゃないのか?」
「皇くんにバカだと思われたくないんだもん!」
「その発想がもうバカなんじゃなかろうか」
「手綱くん協力してくれるって言ったじゃーん!」
姫金は両手を合わせて、「お願い! この通り!」と縋りついてくる。
俺が協力すると言ったのは、皇との色恋についてなのだが。そもそも、勉強をしてこなかったのは、完全に自業自得というか。
「いや、待てよ……」
これは使えるかもしれないな。
「手綱くん、どうかした?」
「……やっぱり、皇に頼ろう」
「ええ、なんでぇ?」
「皇と一緒に勉強をするのは、距離を縮めるチャンスじゃないか」
「でも……バカだと思われて、皇くんに呆れられちゃうかもじゃん……」
「大丈夫だ。男は、少し頭の弱い女の子方が好みだから」
「そうなの?」
「ああ、そうだ。多分。知らんけど」
「そ、そうなんだ……! じゃ、じゃあ、あたし皇くんんい頼ってみようかな――ん? 今最後なんて言った?」
「とはいえ、最初から2人きりだと、皇も話に乗ってこないかもしれないからな。今回は、俺も一緒に勉強する」
「あ、それめっちゃ心強い!」
「ん? そうか? 邪魔者だと思われるかと思っていたが」
「いや、協力してくれる人に、そんなこと思わないし。手綱くんの言う通り、初めてで2人きりだと、皇くんも断るかもだしね。それに、あたしとしてもいきなり2人きりは緊張やばいし……」
意外と繊細なんだな。
「それじゃあ、勉強会で仲良くなろう作戦……やるか」
「名前もっといい感じにできないの?」
とはいえ、もちろん本気で2人の仲を取り持つつもりなど、俺には毛頭ない。本当の狙いは別にある。
俺は姫金と別れた後、すぐ皇にこのことを話した。
「ええ? 勉強会?」
「ああ、お前はそこで、姫金に嫌われるように振舞うんだ」
「なるほど……それで、向こうに愛想を尽かせてもらうんだね?」
「そういうことだな」
俺の考えが当たっているなら、皇はヘタレだ。自分から、姫金をきっぱり振るみたいなことは、おそらくできない。ならば、姫金の方が皇を諦めるように仕向けるしかない。
「というわけで、今日の放課後にさっそく図書室で勉強会だ。大丈夫か?」
「あ、うん。分かったよ……任せて!」
おお、なんて心強いんだろう。
※
「んーーーー」
俺は今、皇のことを見ている。ジト目で。ねっとりと。責めるように。
「それで、ここはこうすれば……」
「ああ、なるほど! 皇くん、頭いいんだね?」
「そんな、これくらいは普通だよ」
皇はそう言って、イケメンスマイルを姫金に向けた。そして、俺の方を一瞥すると、居心地が悪そうに眼をそらす。
現在、放課後の図書室で俺、皇、姫金の3名で勉強会をしていた。当初の目的であれば、ここで皇が姫金に嫌われるように振舞うことで、姫金から皇を諦めてもらうはずだったのだが――。
「皇くん、かっこよくて勉強もできるとか、すごいね。尊敬しちゃうな~」
「あ、うん。ありがとう……あはは……」
頬を赤らめて、熱のこもった視線を皇に向ける姫金。たいして、困ったように乾いた笑みを浮かべる皇。
皇と姫金は図書室の自習スペースで、教科書とノートを広げ、隣り合って座っている。俺は皇の向かいに座り、黙々と自分の勉強をしながら、時折2人のようすを見ていた。
「あ、あのさ……皇くんは勉強のできない女って……嫌い?」
「え? いや、そんなことはないよ? 勉強ができなくたって、素敵な女の子はいるんだしね。姫金さんみたいな……ね」
「どきゅんっ」
姫金が胸を抑えて、机に突っ伏してしまった。なにか琴線に触れたらしい。きっと、恍惚とした表情を浮かべているに違いない。
「おい、皇。好感度をあげてどうする」
「そ、そんなこと言われても……き、嫌われるように振舞うなんて、難しいよ……!」
俺が小声で抗議すると、皇も反論してくる。
まったくこいつは……やる気があるのだろうか。
「じゃあ、お前このまま姫金から、アプローチされまくってもいいのか?」
「そ、それは……困るけどさ……彼女も悪気があるわけじゃないから、断りにくいじゃないか……」
「だからだろ。その気もないのに、姫金からのアプローチにいい顔ばっかりしてたら、お前のためにも姫金のためにもならないだろ?」
「うぅぅぅぅ」
皇が困ったような唸り声をあげると、姫金が「2人でこそこそなに話してるのー?」と割って入ってきた。
「いや、なんでもない」
「そう?」
俺が答えると、姫金は特に訝しむことなく、再び皇へのアプローチを始める。
「ねえ、皇くん? ここ教えてくれないかな?」
「あ、うん。ここはね……」
皇に密着するように身を寄せて、姫金は自身の最大の武器を有効に使う。これが並みの男であれば、今頃彼女の虜となっていただろう。だが、それは並みの男であるならの話。
そもそも、男じゃない皇からすれば、どれだけボディタッチをされたところで、効果はないのである。
「という感じでやってみるといいよ」
「そ、そうなんだ~。やっぱり、皇くんすごいなぁ~」
涼しい顔をしている皇に煮えを切らしたのか、姫金がだいたんに皇の腕に抱き着いた!
「たいしてことはないよ」
しかし、皇には効果がないようだ。
姫金は、皇が表情1つ変えなかったことが余程ショックだったのか、「あたしって……そんなに魅力……ない……?」となにやら自身の裕福な胸を、ひと揉みしていた。
なんだか気の毒である。それから、皇は「ちょっとお手洗いに」と断りを入れて、席を離れた。
「はあぁああぁああ……マジへこみなんですけどぉぉぉぉ……」
「そうか」
「ねえ、手綱くん。あたし、結構頑張ってるよね?」
「まあ、そうだなぁ」
実際、並みの男だったら、すでに堕ちているだろうし。姫金の先ほどのアプローチに、眉1つ動かさないなんてことができるのは、皇くらいなものだろう。
「あたしって、そんな魅力ないのかなぁ……?」
「いや、お前は――」
いかんいかん。
咄嗟に、「お前はエロい」と言うところだった。ここで励ますようなことを言ってどうするんだ。
「ああ、そうだな。姫金に女としての魅力はない」
「カッチーン」
「だから、はやく皇のことは諦めてだな……おや?」
姫金が、おもむろに席を立ったかと思ったら――次の瞬間、俺を背後から抱きしめてきた!
後頭部になにやら柔らかいものが!?
「ほれ、もういっぺんさっきと同じこと言ってみんさいよ? おおん?」
「ちょ、おまっ……皇のことが好きなんだろ!? なにやってんだお前は!?」
「それはそうだけど、こんくらい別に普通じゃん?」
このレベルのスキンシップが普通?
女の子の距離感が分からん……。
「それより、さっき女としての魅力がないとか、散々なこと言ってくれちゃてたけどー? その割には、お顔が真っ赤っかじゃな~い?」
「誰がそんなこと言ったんだ。姫金には魅力しかないだろ」
「手のひら返すのはっや」
「いい乳だ」
「普通にきしょい」
「押し付けてるのはお前だろ」
と、俺が姫金とじゃれ合っていた折、「あの~図書室ではお静かに……」と図書委員の女の子に叱られてしまった。
「いやーお待たせー……って、あれ? 2人ともどうかしたの? なんだか顔が赤いけど?」
「いや…別になんでもない」
「うう……思い返したら、あたしはなんて恥ずかしいことを……あたしには皇くんがいるのにぃ……」
「???」
「あ、あたし! あたしもちょっとお手洗い行ってくる!」
気まずさに耐えかねたらしい。今度は姫金が、トイレ離席し、俺と皇の2人きりになる。
「ねえ、彼女となにかあったのかい?」
「なにもないっての……」
「ふーん?」
皇は疑問符を浮かべていたが、それ以上の詮索をすることはなかった。代わりに、「あ」となにか思いついたのか口を開く。
「いい機会だからさ。君のこと、少し教えてくれないかい?」
「なんだ藪から棒に」
「よく考えたら……君はボクのことを知っているのに、ボクは君のことをあんまり知らないじゃないか。ボクは、君が自分のことを話さないだけかと思っていたけれど、さっき姫金さんと話していて思ったんだ。ボクが、君のことを知ろうとしなかっただけだってね」
「姫金?」
「彼女は、よくボクのことを聞いてくるからさ。ボクのことを知りたいっって気持ちが、すごく伝わってくる」
そりゃあ、姫金は皇のことが好きなのだから当然だろうが……。
「別に、俺には他人様に聞かせるような話はないけど」
「なんでもいいからさ。君のことを、ボクに教えて欲しいんだ」
「そうだなぁ……俺、親が再婚したんだ」
「再婚?」
「そうそう。再婚する前は、母ちゃんと2人暮らしでな。再婚して、新しい父親ができてから、お前の兄貴と出会ったんだ」
「ふーん?」
「……」
「え? それだけ?」
「いや、本当に話すことないんだよ」
「えっと、じゃあその再婚したお父さんんは、どんな人なの?」
「普通だよ、普通。普通のサラリーマンさ」
「そっか……」
と、そのタイミングで俺のスマホがポケットの中で震えた。手にとって、画面を確認すると冴島からだった。
「もしもし? 冴島か?」
『おう! 手綱! 合コンしようぜ!』
「は……?」
「あの~……図書室で電話は……」
「はい、すみません」
俺は図書委員の女の子に頭を下げた。
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