第42話 好きだけど、なにか!?

 あれから皇と話そうと幾度なく試みたのだが、「今ちょっとあれがあれで! 悪いけどまたあとで!」と逃げられてしまう。どうやら――いや、確実に避けられている。


 だが、その理由がまったく皆目見当もつかない。つい先日では、姫金と重縄が俺と皇を避けて、俺その仲直りのために奔走していたはず。だというのに、今度は皇まで俺を避け始めた。


 訳が分からん。ここ最近、こんなことばっかりだ。

 そんなこんなで、「これからどうすっかなぁー」と廊下を歩いていると、向かいに姫金が見えた。姫金も俺を見つけたのか、小走りにこっちまで駆け寄ると、「皇ちゃん見なかった?」と尋ねてきた。


「いや、見てない」

「そうなんだ……」

「なにか用か?」

「あーうん。ほら、手綱くんに皇ちゃんと話をして欲しいって言われたでしょ? それで、この前話してみたんだけど……なんかそれからすっかり避けられちゃって」

「姫金もか?」

「”も”? ってことは、手綱くんも避けられてるわけ?」

「そうなんだよ。正直、俺の方はどうして避けられてるのか、皆目見当もつかないんだが……姫金は? なにか心当たりは?」

「え? まあ……いろいろあるけど……」


 そう言い淀んで目を泳がせる姫金。俺はその”いろいろ”に心当たりがあった。正直、言うべきかどうか悩むが、言わないのもそれはそれでダメな気がした。


 だから、俺は「実はさ」と姫金に頭を下げた。


「姫金と皇の会話……聞いちゃったんだ」

「え? なにを?」

「だから……姫金が俺と好きだって話をさ」

「え」

「悪い」

「……」


 ちらっと顔をあげると、姫金の顔がみるみるうちに赤くなっていくのが見えた。姫金は肩をわなわなと震わせ、1歩2歩と後ずさりし、最後には両手で顔を覆った。


「……き、聞かれてたなんて」

「本当に悪かった」

「まあ、もう今更隠しても遅いから白状するけどさ。あたし、手綱くんのこと……好きなの」

「お、おう」

「……好きだけど、なにか!?」

「なんで突然開き直った」

「恥ずかしいからだよ!」


 姫金は真っ赤な顔で俺を睨みつけながらも、目を合わせるのも恥ずかしいのか、ぷいっとそっぽを向いて「最悪だよ!」とかすれ声で言った。


「なあ、聞いてもいいか」

「な、なにさ……」

「お前は皇が好きだったはずだろ? なんで俺のことを好きになったんだ? イケメンすぎた?」

「は?」


 マジトーンで返ってきた。ちょっとした冗談じゃないですか……なにもそんな真顔にならなくても。


「あたし、人を顔で好きにならないから」

「じゃあ、皇は?」

「そりゃあ顔がいい方がいいじゃん……? ね?」

「結局、顔じゃないですか」

「ち、違うし! ば、バスで助けてくれたから好きになったんだし!」

「それはそれでチョロい気もするけどな」

「手綱くんは男だから分からないんですぅぅぅぅ! あたしが、バスでどんだけ怖い思いしたか……」

「悪かった。で? それなら、なおさらどうして助けてくれた皇じゃなくて、俺なんだ?」

「……最初は、別に。そんなに意識してなかったんだよ? ただ、手綱くんが……初恋の男の子だって気づいてから、ちょっと意識するようになっちゃって」

「は? 初恋?」

「実はあたしと手綱くん、同じ幼稚園の出身っぽいんだよね」

「マジで?」

「劇の話なんて、まんま一緒だったし。手綱くん、前は生野って苗字だったんでしょ?」

「それで気づいたのか? すごいな。俺はまったく気づかなかったわ」

「すみませんでしたね、印象に残らない女で」

「本当だよ」


 姫金が「皮肉通じない人?」と呆れた目を向けてきたが――ともかく。


「初恋の男の子だって知った後も、あくまでも今好きなのは皇ちゃん――そう思ってたんだけどさ。なんだか心中いろいろ複雑だった」


 ふと、冴島と姫金の会話を思い出した。好きな人とは別に、気になる相手がいると言っていたが、それは俺のことだったのか。


「はっきりと手綱くんを好きだと自覚したのは……割と最近なんだよね」

「最近?」

「皇ちゃんが、本当は女の子って分かった時だよ」

「なんでそれで自覚したんだ?」

「いくつか理由はあるんだけどね? 好きだった相手が女の子だって知って、思ったよりショックじゃなかったのが1つ。あとは……皇ちゃんが女の子なら、敵になるって思ってさ。そう思った自分に驚いたっていうか……」

「???」


 はて、どういうことだ?


「と、とにかく! 今は返事とかしないでよね!? それより、今は皇ちゃんのことをなんとかしたいっていうか……その……皇ちゃんもさ……」

「俺のこと好きなんだろ?」

「え、それも知ってるの!?」

「重縄が言ってた」

「あの子デリカシーとかないのかなぁ……」

「あの時、お前はどうして自分の気持ちを皇に話したんだ?」

「えっと、宣戦布告のつもりで……」

「宣戦布告?」

「あたしは皇ちゃんが手綱くんのこと好きだと思ったからさ。ようするに、恋敵なわけでしょ? それで、これからどうやって皇ちゃんと接すればいいか分からなくて……避けてた」

「……」

「でも、手綱くんに言われて、自分でもこのままじゃダメだと思って……こうなったら自分の気持ちを正直に話して、正々堂々恋敵として戦おう! ってつもりで、皇ちゃんに手綱くんへの気持ちを伝えてみたんだよね」

「なるほどな……それが避けられている原因……なのか?」


 姫金は俺の問いに「うーん」と唸る。


「避けられるようになったタイミング的には、それが原因っぽい気はするんだよね。でも、それがどうしてあたしを避ける理由になるのか分からない。なにより手綱くんには関係ないわけじゃん?」

「たしかにな」


 それじゃあ、俺が避けられている理由にはならない気がする。そもそも、俺と姫金が同じ理由で避けられてるとは限らないわけだし。


 俺と姫金は一緒に「うーん」と首を捻って考えてみたが、結局答えは出なかった。

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