第43話 ぬーん

 俺と姫金が一緒になって頭を捻っている間に、気づけば時刻は放課後。


「ぬーん」

「うーん」


 姫金から「ちょっと一緒に帰らない?」と誘われた。理由は聞かずとも分かったので、俺はこれを承諾。今は一緒に帰路を歩きながら、出口のない迷路を進むが如く、お互い思考に耽っていた。


「ぬーん」

「ねえ、手綱くん。その”ぬーん”ってなに? 気になって思考に集中できないんだけど?」

「キャラ付けのために”ぬーん”の方が、”うーん”よりもいいかなと思って」

「考えが浅い」


 姫金は「くだらないことを考えてないで、皇ちゃんがどうしてあたしたちを避けてるのか考えて」と怒られた。俺はやれやれと肩を竦めて、もはや日課とまで言える自然な動きで、カーブミラーを見上げる。


 案の定、そこには電柱に隠れた重縄が映っているわけだが――ふと、俺は立ち止まって、顎に手を当てた。姫金も俺につられて立ち止まると、「どうしたの?」と振り向きながら尋ねる。


「いや、思ったんだけどさ。重縄なら、なにか知ってるんじゃないか?」

「え? 重縄ちゃんが?」


 俺は姫金の不安を他所に、ちょいちょいと重縄を手招きする。重縄は一瞬、踵を返して立ち去ろうとした。それで、咄嗟に俺が「話があるから来てくれ」と呼びかけると、パタパタと走り寄ってきた。


「御用ですか? 手綱先輩」


 なんだろう。この感じ、まるで小動物を相手にしているかのような気持ちになってくるな。相手は激やばストーカー女なのに。まあ、それは一旦横に置いてだ。


「ちょっと皇のことで聞きたいことがあってな」

「なるほど、分かりました」


 自信たっぷりなようすの重縄。そんな彼女にたいして、やっぱり不安があるのか、姫金が「本当に大丈夫なの?」と訊いてきた。だが、俺がそれに答えるよりもはやく、重縄が口を開く。


「大丈夫です。私に任せてください、姫金先輩」

「その自信が怖いわ~」


 そんなこんなで、俺は重縄に掻い摘まんで状況を伝えた。

 どうも皇が俺と姫金を避けていること。きっかけっぽいのは、姫金が皇にたいして、「手綱くん大好き!」と言ったことだ。


 姫金は「大好きとは言ってないけどね?」と、途中で口を挟んできたが――ともかく。


 重縄は話を聞いてる間、「ふむふむ」とこれみよがしにメガネをかけて相槌を打っていた。やがて、話を聞き終えた彼女は、数秒ほど思考する素振りを見せた後、「考えられるのは」と前置きしてから続ける。


「多分、私と一緒で遠慮しているんじゃないかと」

「遠慮?」

「だって、お2人は付き合ってるんですよね?」


 その重縄の発言に、俺と姫金は「え?」と同時に素っ頓狂な声をあげた。

 そういえば、そんな設定もありましたね……。


「た、手綱くん……そのこと皇ちゃんに話したの?」

「いや、話してないはずだ」


 なぜなら、この設定は重縄司のターゲットから外れるために、姫金から提案してくれた策。別に、本当に付き合ってるわけでもないし、重縄の件が片付けば必要ない設定だと考え、皇には伝えていなかった。


 いや、そもそも皇に伝えることを念頭に置いていなかったので、もはや忘れていた。

 そんな感じで俺と姫金が不思議に思っていると、「それなら」と重縄が割って入った。


「私が皇先輩に教えてあげたんですよ。フォレストタウンのデートの時に」


 犯人はお前か。

 俺と姫金は同時にため息を吐き、話の続きをすることに。


「で、どうして俺と姫金が付き合ってたら、皇が俺たちを避けるんだ?」

「姫金先輩が皇先輩に、手綱先輩のことが好きだと言ったんですよね? それ、皇先輩の立場からしたら、彼女さんに牽制されたと思うのが普通だと思いますよ」


 あ、なるほど。それで皇はあの時、「牽制」という単語を口にしていたのか。姫金も納得したみたいで、「うわっ……」と頭を抱えた。


「す、皇ちゃん視点だと、あたしめちゃくちゃ怖くない……?」

「そうですね。要するに、自分の彼氏に近づくんじゃないと言ったわけですから。聞きようによっては、脅しとも捉えられるんじゃないかと」

「お、脅し……」

「そもそも、そうじゃなくても恋人のいる男性に、不用意に近づくような人じゃないと思いますよ。皇先輩の性格なら、わざわざ牽制されなくても、友達以上の関係に進もうなどは考えないでしょうし、2人がいるところに自分が混ざるようなことはせず、遠慮するはずです。実際、私も2人が一緒にいたので遠慮しながらストーキングしていましたし」

「それどんなストーキング……?」


 姫金がどうでもいいことにツッコミを入れている間に、俺は思考を巡らせる。

 俺も姫金もが避けられている理由は分かった。おかげで、解決の糸口は見えた。


「俺たち実は付き合ってないから、これを皇に伝えれば万事解決か?」

「え?」

「あ、ちょ、手綱くんのバカ!」

「あ」


 しまった!

 重縄の前でうっかり嘘だったことをバラしてしまった!


「ん? 付き合ってないんですか?」


 一瞬、怒りだすかとも思ったが、反応は意外にもちょっとばかり驚く程度であった。いや、よく考えたら、もう重縄は真実を知ったところで、怒る理由がないか……?

 

 それならと、俺は正直に答えることにした。


「ああ……騙して悪かったな。ただ、そうでもしないと、あの時のお前は俺を背中から襲いかねなかったからな……」

「ふふ、まったくその通りですね」

「笑い事じゃないだろ」

「ふふ……そうですか。付き合ってないんですね」


 おや? 重縄がなにやら俺をちらちら見ながら、ツインテールの片方を指でくるくる弄ってるぞ?

 はて? なんだろう?

 

 俺が首を傾げると、隣で姫金が「こ、これってもしかして重縄ちゃんも……?」となにやら呟いていた。

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