第44話 いつのまにかハーレムできてた

「えっとぉ……お茶……飲む?」


 皇尊は気まずそうに、自室に招き入れた俺”たち”にそう言った。


 あの後、善は急げと皇と話をすることにした。だが、呼び出したところで、応じてくれるとも思えないし、当然明日学校で会ったところで逃げられてしまう。


 どうしようかと姫金が悩んでいたところで、「じゃあ家に押しかけるか」と俺が提案した。姫金は「家の場所知ってるの?」と呆れていたが、「お隣さんなんだ」と言うと、「ええ!?」とたいそう驚いていた。


 重縄はストーキングで知っていたのか、「ふふん」となぜかドヤ顔していたが――ともかく。


 俺たちは皇がもはや逃げられなように、現在彼女の部屋に押しかけてきているわけである。


「ご、ごめんね? 皇ちゃん。突然、押し掛けちゃったりして……」

「ううん。どうせ手綱くんの立案でしょ?」


 なんでバレたんだろう。


「こういう突拍子もないことをするのは、手綱くんしかいないからね」


 失礼な。俺はそんな非常識なことはしない。なんなら、この場には1番非常識なやつが1人いる。


「そういえば、なんで重縄はついてきたんだ?」

「ダメですか?」

「いや、でもこれは俺たちの問題だから。お前がついてきたところで、特に意味はないぞ」

「はたして、そうでしょうか」

「ん? どういうことだ?」

「この話の結末がどうなるかは分かりませんが――少なくても、私もいた方がいいと判断します」

「???」


 よく分からないが、重縄がよく分からないのはいつも通りなので、俺はスルーすることにした。


「それで話って……なに……?」


 皇が控えめに口火を切ったことで、姫金に緊張が走る。それから数秒ほど沈黙が流れた後、姫金は真剣な眼差しを皇に向けた。


「その……まずは誤解を解かせて欲しいの!」

「え? 誤解?」

「あたしと手綱くんは付き合ってないの!」

「え?」


 姫金は俺たち付き合っているフリをしていたことや、その理由を説明した。皇は「そ、そうなの……?」と唖然としていた。


「だ、だから、この前のあれは牽制とかじゃなくって! あたし……皇ちゃんと正々堂々と戦おうと思って」

「ボクと?」

「皇ちゃんも……好きなんでしょ? 手綱くんのこと」

「――」


 ふと、皇の目が俺に向けられた。姫金や重縄から、どうやら皇が俺のことを好きらしいことは聞いている。だが、いまだ本人の口から、それを聞いたことはなかった。


 もしもここで、「そんなわけないじゃん」と言われたら、はたしてどうなるのだろう。あるいは、「そうだよ」と肯定されてしまったら?


「ボクは……手綱くんのこと」


 期待感と不安と、恐怖。それらが入り混じった不愉快な感覚が、俺を支配する。


 皇は――なんと答えるのだろう。


「好き……だよ」


 皇は頬を赤く染め、濡れた瞳で俺を射抜き、たしかに「好き」と口にした。

 そうか――皇は俺のことが好きだったのか。


「ボクはずっと過去に囚われていた。ボクは、永遠にスカートがはけない。女としては生きていけない。そう思っていた……でも、そんなボクの心の中に、君は土足で踏み入ってきた」


 皇はひとつひとつの思い出を噛み締めるように、あるいは胸から零れ落ちないようにするために、胸に手を当てる。


「君はえっちで、セクハラ大魔神で、すけべで、変態で」

「あるうぇ~? それだけ聞くと、俺嫌われてないか?」

「好きだよ、そういうところも、なんだかんだで」


 なんだかんだで、か。


「君の思い遣りがあるところも、ちょっとかっこつけなところも、あと背高いところも。全部好きだよ」

「じゃあ、俺の背が低かったら?」

「ちょっとそれはごめんだけど……」

「俺にたいする好感度、身長の割合が大きすぎじゃね?」


 皇はコロコロ笑い、「こういうやり取りも好きだよ」と優しい声音で呟いた。隣で姫金がにやにやと俺を見ていて、重縄も「ふふ」と手で口元を隠している。


 三方向から向けられる生暖かい視線に、俺は両手をあげた。


「どうやらみんな、君が照れ隠しでふざける癖があるのを、ちゃんと分かってるみたいだね」

「やめてくれ……なんか惨めな気分になってきたから」


 しょうがないだろ。褒められたりするの照れるし、恥ずかしくて、どうすればいいか分からないんだから。思わずふざけてしまうのは、男子高校生の可愛げというもんだろう。


 だから、あんまりにやにやとこっちを見ないで欲しい。


「姫金さん。ボク、手綱くんのことが好き」

「あたしも好き」

「じゃあ、ボクたちライバルだね」

「うん。あたし……負けないからね! こう見えて負けず嫌いなんだから!」

「ボクだって、負けないよ。絶対、手綱くんをボクのものにする」


 え、やだ。かっこいい。

 どうやらいまだに王子様は健在らしい。


 こうして一件落着に――。


「その勝負、私も参加よろしいですか?」


 と、ここでまさかのダークホース。重縄司が手をあげて乱入してきやがった。


「ええ!? つ、司ちゃんも!?」

「や、やっぱり! なんか怪しいと思った!」


 皇と姫金を他所に、重縄は俺の前で正座して背筋を伸ばす。


「私も手綱先輩が好きです」

「え?」

「いえ、まだ好きとは断言できないでしょう。私の中には、いまだに手綱先輩をすり潰してやりたいと思っている自分がいますから」

「なにそれ怖い」

「でも、同時に手綱先輩を慕う自分がいるんです。手綱先輩に、助けられたこともありましたし……真摯になって話を聞いてもらったこともあります。私のことを理解してくれる数少ない人でもあります」

「……正直、そこまで理解はできてないと思うんだが」

「当然です。人が人を理解するのは、そう簡単じゃないのですから。そのために、私たちは長い時間をかけて、対話を重ねるんじゃないですか?」

「急にまともなことを言うのはやめろ」

「実際、誤解を解くために、こうやって私たちは対話をしにきたわけですしね。だから、私のこともゆっくり理解してもらえれば、それでいいんです」

「どれだけ時間かかっても、お前を理解するのは無理だと思うけどな」

「そんなわけで、私もライバルの1人ということで……よろしくお願いしますね? 先輩方?」


 重縄はそう言って、姫金と皇と対峙する。


「ま、まさかの伏兵が重縄ちゃんとは……! でも、あたしは負けないから!」

「ボクだって、誰が相手でも譲るつもりはないよ」

「私も後輩だからって遠慮するつもり、ありませんから」


 ジリジリジリ。

 3人の間で火花を散っているのが見える。


 あるうぇ~? 

 おかしいな。俺は隣に越してきた王子様と友人関係になり、王子様の友人として姫金の相談に乗り、王子様の友人として重縄のことを解決した。


 それだけなのに――。


「私が一番先輩を理解しています」

「あたしが手綱くんと一番付き合い長いし!」

「ぼ、ボクは! えっと……あの……一番彼が好き!」


 皇のやつ、さっきまでは威勢がよかったのに。まだ微妙に拓海のヘタレが残っているようだな。まあ、それはともかくとしてだ。


「いや、俺はあくまで王子様の友人ポジションなんだが……」


 なぜかいつのまにかハーレムできてた。

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