第13話 乙伎原おとぎーランド

 乙伎原おとぎーランド。

 年間来場者数1千万の巨大テーマパーク。おとぎ話に出てくるような、不思議な国をテーマをにしており、パーク内はまさに複雑怪奇。


 俺たちがいるメインストリートには人がごった返し、来場者に紛れてファンシーなパンダやクマの着ぐるみが、そこら中を闊歩している。人の荒波から視線を上に向ければ、いくつもの風船が飛んでいるの視界に入る。


 さらに、それら風船の間を縫うように、妖精という名のLEDライトが、宙を飛び回って来場者を歓迎しているようだった。


「俺、あんまりこういうところ来ないんだが……すごいな」


 おのぼりさんよろしく視線をキョロキョロさせて、感嘆の声を漏らす俺に姫金が「でしょ~?」と、なぜか得意げな表情を浮かべた。


「なんでお前が得意げなんだよ」

「あたし、友達と結構来てるからね~。あ、皇くんはおとぎーランド来たことあるのかな?」


 姫金に話を振られた皇は、どこか儚げな表情で「子供の頃に1度だけ」と微笑んだ。そんな皇の笑みに「どきゅんっ」と、姫金が胸を抑えて倒れ込む。


 なにやら姫金の琴線に触れたらしい。


「皇、どうかしたのか?」

「え? なにが?」

「いや、ちょっといつもとようすが違ったから」

「ああ……いや、ただちょっと昔のことをね」

「?」

「……昔、兄と一緒に来たことがあるんだ」


 皇拓海。俺の恩人であり、皇にとっても大切だった人物。


「うん? 2人ともどうかしたの?」


 と、復活した姫金の問いかけに俺は、「なんでもない」とだけ答える。


「んじゃ、さっそくいろいろ回ろうぜ」

「そうだね。でも、これだけ広いとどこから行くか、迷うねぇ」


 そんな俺と皇のようすを見て、姫金が「ふっふっふ~」とドヤ顔する。


「まあまあ、あたしに任せなさいな! あたしが、2人におとぎーランドの楽しみ方を教えてあげる!」


 そうして、得意げな姫金に連れて来られたのは、お化け屋敷であった。


「ふっふっふ……ここで皇くんにくっついて……あんな展開やこんな展開に……!」


 ぶつぶつと呟く姫金を見ながら、俺は「ベタなこと考えてるなー」と肩を竦める。一方、お化け屋敷から女性の悲鳴が聞こえても、平然としていた。


「皇って、ホラー大丈夫な人なのか?」

「……」

「あれ? 皇?」

「……」


 反応がない。まるで、ただの屍のようだ。

 気になって顔を覗き込むと、突如として皇の目からぶわっと涙が溢れ出た。


「……怖いのか?」

「うん……入りたくないよぅ……やめないかい? お化け屋敷……」

「まあ、いやなら無理に入ることはない……いや、ちょっと待て」


 そこで俺の脳裏に電撃が走る。

 これだ。この生まれたての小鹿のように怯える皇と姫金で、お化け屋敷に入ってもらうことで、情けない皇を見た姫金が幻滅するかもしれない!


「よし、皇。ガンバっ!」

「こんなに怯えてる人に向かってひどくないかい!?」

「大丈夫大丈夫。怖くない怖くない」


 ちょうどそのタイミングで、お化け屋敷から人の悲鳴が聞こえてきた。皇は悲鳴に飛び上がり、「がくがくブルブル」と体を震わせる。


「怖い怖い怖い無理怖い」

「大丈夫だって皇。姫金が一緒だからさ」

「た、手綱くんも一緒に来てよ……!」

「いや、俺はお邪魔だから……って、そういえば姫金がやけに静かだな?」


 そう思って、姫金に目を向けると皇と同じように、青い顔をして「がくがくブルブル」と体を震わせていた。


「あるうぇ~? 姫金……まさか?」

「……ねえ、お化け屋敷やっぱりやめない?」


お前もかよ。


「ここに連れてきた張本人なのに」

「だ、だって! 皇くんとあんな展開や、こんな展開になりたかったんだもん! きゃっきゃっうふふな青春ラブストーリーしたかったんだもん!」

「何回かここに友達と来たことあるんじゃないのか?」

「い、いつもはお化け屋敷は怖くてスルーしてたの! こ、こんなに怖そうなところだとは思わなかったんだよぅ……」


 皇と姫金が怯える中、無情にも「次の方ー」とスタッフの声が聞こえた。列が前に進み、俺たちがお化け屋敷へと足を進める番が回ってきたのだ。


「ほい、じゃあ2人も行ってこーい」

「怯える女の子に向かってそんなこと言う普通!?」


 そう言う姫金の後に続いて、皇がぶんぶんと首を縦を振る。


「じゃあ、どうしろと」

「た、手綱くんも来て……!」

「ええ……」


 そんなこんなで――。


「んーーーー」

「「……」」


 俺は皇と姫金に挟まれる形で、お化け屋敷に入ることとなった。女子2人が、俺の腕にくっついている。やわらかいやら、いい匂いやらで、なんだか複雑な気分である。


「うぅ」


 お化け屋敷内の雰囲気が恐ろしいのか、姫金が抱いている俺の左腕を、より一層強い力で抱きしめる。


「がくがくブルブル」


 俺の右腕を抱いている皇は、すでにいっぱいいっぱいみたいで、血流を止めるつもりかと問いたくなるような力で、抱きしめていた。


 男として非常に役得であることは認めるが、俺はけっして状況には流されない男。もうちょっとだけこのままでもいいかなという誘惑を断ち切り、本来の目的を果たさなければ。


「……」


 でも、やっぱりもうちょっとだけ、このままでもいいかなぁ……。

 ふと、俺は「あ」とその場で足を止める。


「ど、どうかしたのかい? 手綱くん?」

「ちょ、ちょっとぉ……なんで足を止めるのさぁ?」

「いや、もしここで俺が2人を置いて、先に進んだらどうなるんだろうと思って」

「「え」」

「んーーーー」

「や、やらないよね!? た、手綱くんはそんなひどいこと、ボクたちにやらないよね!?」

「あははは~冗談きっついな~もう~」

「……」


 まあ、たしかに怯える2人をここに置いていくというのは、人として最低な行為だと思う。だが、俺の胸の奥でくすぶる好奇心は――抑えられない!


 その好奇心は、もうちょっと2人を挟まれていたいという男の欲望を、軽々と飛び越えた。


「「あ!」」


 俺は2人を振り払い、脱兎のごとく駆け出した!



「すごい……! これ姫金さんが全部作ったのかい?」

「う、うん……まあ……」


 お化け屋敷を出てしばらく。いくつかのアトラクションを堪能した俺たちは、比較的に人通りの少ないストリート脇のベンチに、腰をおろしていた。


 ちょうどお昼時ということもあり、昼食をどうするかと話していたところ、「あたし作ってきたんだけど」と姫金がお弁当を取り出したのだ。それで、このベンチで食べようということになったのである。


「姫金さん、料理ができるんだね。すごいね」

「そ、そんな! 普通だってぇ~」


 姫金は皇に褒められて、とても嬉しそうだ。だから、好感度をあげてどうするんだ、皇よ。


「魚料理が多いんだな」

「あたし、魚好きで……」

「じゃあ、俺はこの煮つけをもらおうかな」


 そう言うと、姫金は「はいダメー」とお弁当を俺から守るように離した。


「え、なぜ」

「あんた、さっきあたしと皇くんのこと、お化け屋敷で置いていったでしょうが。そんないじわるする人に、お弁当はあげませーん」

「ごめん。あそこで置いて行ったらどうなるかっていう好奇心に、どうしても抗うことができなかった」


 結果的に、2人からめちゃくちゃ怒られたが、俺は後悔していない。とても面白かった。

 2人は俺にジト目を向けた後、「はぁ」と同時にため息を吐く。人の顔を見てため息とは、大変失礼なやつらだ。


「皇くぅん……友達は選んだ方がいいと思うよ……?」

「いや、手綱くんもいつもこうじゃないからさ……。でも、もしタイムマシンがあるなら、過去の自分に彼とはかかわらないよう忠告すると思う」

「本当に失礼なやつらだな」


 仕方ない。

 俺はベンチから立ち上がり、「じゃあそこらで飯買ってくる」と2人から離れる。


「え? 別に冗談だし、お弁当食べてもいいけど?」

「バカだな。気を遣ってやってるんだから、察しろ」


 俺の言葉に、姫金は一瞬むっとするが、言葉の意味を理解したのか「一言余計だっつーの」と頬を赤く染めた。


「……ありがと」

「おう」

「でも、2人きりは緊張するから、はやめに戻ってきて……」


 最後に姫金は、小さくそう呟く。俺はそれにため息を吐きつつ、皇を一瞥してから、今度こそ2人から離れたのだった。



「そ、それじゃあ! 皇くん! お、お弁当をどうぞ!」

「そ、そうだね! それじゃあ、いただきます……!」


 2人から離れた後、俺は2人に気づかれないように、こっそりとベンチの後ろへ移動した。さすがに、2人きりにして放置するのは、皇がヘタレすぎるので心配だったのだ。


 辛うじて2人の会話が聞き取れる距離まで近づき、2人の会話に耳を傾ける。どうにも2人は緊張しているみたいだが、大丈夫だろうか?


「わぁ……これ、おいしい」

「本当に!? よかったぁ……」

「姫金さんは、すごいね。オシャレで、可愛くて、料理までできるなんて」

「きゅ、急にそんな褒められてもなにも出ないんだからね~」

「少し……羨ましいな」

「え?」

「あ、な、なんでもないよ! いやぁ、本当に皇さんはオシャレだよね! ボクも見習いたいなぁ! あははは!」

「そ、それならさ? よかったら、あたしがいろいろ教えてあげようか? あ、あたしオシャレ好きだからさ……?」

「うん。そうだね……ぜひお願いしたいよ」

「う、うん! じゃあ、今度は服見に行こ!」


 姫金は、次のデートの口実を手に入れた。緊張している割に、強かなやつだ。たいして、次のデートの口実を与えてしまった皇よ……お前は本当になにをしているんだ?


「そういえば、さっきオシャレが好きって言っていたけれど、なにか理由とかあるのかな?」

「うん? ただ、自分が可愛くなりたいからだけど?」

「まあ、普通はそうだよね……」

「でも、きっかけはあったかな。昔、腹の立つ男の子に、可愛くないみたいなこと言われてさ。それから、可愛くなるためにいろいろ勉強したから……」

「女の子にそんなこと言うなんて、ひどい男の子だね?」

「うん……でも、あたし意外とその子のこと、好きだったりして……」

「え? そうなの?」

「あ、い、今は違うよ!? 今はべ、別の人が好きで……って、あたしなに言っちゃってんだろうね!? と、とにかく今は好きじゃないから! 初恋の男の子ってだけだから!」

「へぇ、初恋かぁー。いやなこと言われたんでしょ? それでも好きなのかい?」

「ま、まあ……たしかに腹の立つこと言われたし、今思い出してもいやなやつだし、当時もめちゃくちゃむかついたけど……でも、やっぱり初恋だったと思う」

「……」

「ただ1人に可愛いって言ってもらいたくて、ただ1人のことを考え続けたのは、後にも先にもあの男の子だけだったから……」

「姫金さんは……その子のことが、本当に好きだったんだね」

「うん……あ、でも本当に昔の話だから! 今は違うから!」

「そう? ボクには、そうは見えなかったけど?」

「え?」

「少なくても、姫金さんの今の表情は、ボクに向けてくれる表情とはぜんぜん違って見えたよ」


 


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