第14話 ナイトパレード

 時刻は19時を回り、「そろそろお開きか?」と尋ねたところ、姫金に鼻で笑われた。うざい。


「ちっちっち~。手綱くんは、おとぎーランドの楽しみ方が分かってないみたいだねぇ~」

「まだなにかあるのか?」

「この後、ナイトパレードがあるのだよ! 手綱くん!」

「ナイトパレード?」


 俺が首を傾げると、スマホで検索でもしたのか、皇が口を挟む。


「へぇ、おとぎーランドのナイトパレードはすごいみたいだね。キャスト総出で、メインストリートを通って、おとぎーランドでの1日を締めくくるんだってさ」

「ふーん?」


 姫金は、「それを見なきゃ帰れない!」となにやら熱く語っていた。


「だ、だからね? 皇くんが時間大丈夫そうなら、パレード一緒に見たいなぁって……」

「うん、大丈夫だよ」

「ほんとに!?」

「もちろん。ただ、その前にちょっとお手洗い行ってきてもいいかな?」

「うん! これからパレードで人混みがすごくなるから、はやめに戻ってきてね?」

「分かった。それじゃあ」


 そう言って、皇は俺たちから離れる。お手洗いって、あいつはどっちを使うのだろうか。少々、興味が湧いたが――藪蛇か。

 そんなどうでもいいことを、つらつらと考えていると、「あのさ」と姫金が隣に立った。


「今日は、ありがとね?」

「ん?」

「いろいろ……協力してくれたじゃん? だから、お礼」

「お礼なら、お金でいいぞ」

「いっきに感謝の念が薄れたわー」

「そもそも、お礼なんていらないさ。チケットも俺のじゃなかったし」

「でも、言わせてよ。ありがと」

「……」


 やめてくれ。俺はお前を騙しているんだから。素直にお礼なんて言われると、後ろめたさを感じる。


「まあ、ともかくさ…あたし、この後告白するよ」

「そうか」

「結果はどうあれ、今日で……終わりにする」

「え? 終わりにするのか? 諦めないとか言ってなかったか?」

「うん。でも、いつもまでもしつこいと、嫌われちゃうでしょ? だから、これが最後」

「……そうか」


 なんだ。こいつは自分で分かっていたのか。だったら、俺が策を弄する必要なんて、ぜんぜんなかったな。

 それから間もなくして、ナイトパレードは始まった。結局、皇は間に合わなかったらしい。


 パレード直前に、皇から送られてきたメッセージによると、トイレが見つからずランド内を奔走しているとのこと。姫金は、「近くにお手洗いあったよね? 混んでたのかな?」と言っていたが……。


「皇も苦労するなぁ……」

「え? なにか言った?」

「いいや、なにも」

「それにしても、どーしてナイトパレードを一緒に見るのが、皇くんじゃなくて手綱くんなわけー?」

「悪かったな。隣にいるのが俺で」

「うそうそ、ごめんね?」

「まあ、でも帰りにも2人きりにしてやるから。その時でもいいだろ。告白は」

「そだねー。でも、できればパレード中の方が、ムードあってよかったんだけどなぁー」


 俺と姫金はメインストリートに沿う形でできた人の列に紛れ、ストリートを通る大がかりな舞台と、その上で踊るキャストを眺める。宙を舞うLED妖精が、夜闇に輝く一番星となり、ランド内に響く楽し気な音楽が、人々を熱狂の渦に巻き込む。


 その熱に当てられたかのように、隣で姫金が感嘆の息を漏らした。


「すごいね!」

「そうだな」

「あそこで踊ってるのは、お姫様かな? あのドレスめっちゃ可愛い~」

「お姫様か……」


 そういえばと、俺は以前に姫金から聞いた話を思い出した。


「俺も昔、似たようなことがあったな」

「え? なに? なんの話?」

「ほら、姫金が前に幼稚園の頃のことを、話してくれただろ?」

「ああ、あれねー。パレード見てると思い出すな~。劇のこと~」

「そうそう、それで俺も思い出してさ。俺も幼稚園の頃に、学芸会で劇をやったんだ」

「そうなんだ? なんて劇?」

「たしか、魔女の魔法で眠らされたお姫様が、王子様のキスで目覚める……みたいな話だったかな」

「え、マジ? あたしもそれだったわ!」

「まあ、幼稚園の学芸会でやる劇なんて、だいたい一緒だろ」

「で? で? あんたなに役だったわけ?」

「王子様役」


 そう言うと、姫金が「うっそ」とそれはそれは驚いていた。


「あんたのことだから、木の役Aとかかと思ったわ」

「なんだともういっぺん言ってみろ」

「めちゃくちゃ怒るじゃん」

「俺だってやりたかなかったが、誰もやりたがらなくてな。最終的に、くじ引きで俺がやることになった」

「あれま」

「それから練習することになったんだが、お姫様役のやつがこれまたわがままなやつでな。無理だとか、いやだと、やりたくないとか、駄々をこねまくったおかげで、ぜんぜん劇の練習が進まなくてさ」

「そりゃあ、大変だったね~」

「挙句には、練習すっぽかして逃げたんだよ」

「あれ?」

「で、先生がみんなで一緒に探してあげよ~って言うから、仕方なく探したら、思いのほかあっさり見つけちゃってさ」

「んーーーー」

「どうした? 姫金?」

「え? いや、な、なんでもない……」

「そうか? まあ、それで……俺はそのお姫様役の子に、割とひどいことを言ったわけだ。詳しくはあんまり覚えてないんだけどな。当時はそれで、気分がスッキリしたのを覚えてる」

「へ、へぇ……」

「だけど、姫金の話を聞いて……さすがに言い過ぎたかなと思ったわ。あの子も、姫金と同じで押し付けられただけかもしれないんだし」

「……」

「うん? 姫金? さっきからどうかしたか?」


 姫金は俺の問いかけには答えず、顎に手を当てて考え込んでいるようだった。それからしばらくして、おもむろに「ちょっと聞いてもいい?」と口を開く。


「あんたって……その……名前変わったことある?」

「名前? なんだ急に」

「い、いいから答えて」

「まあ、あるけど」

「な、なんて名前だったの!?」

「生野だよ、生野」

「いく……の……くん……?」

「そうそう。小学生の頃、親が再婚して今の手綱に変ったんだ。それがどうかしたのか?」

「……じゃ、じゃあ、そのお姫様役の子の名前は?」

「え? うーん、いや……ぜんぜん覚えてないわ」

「なんでよ!?」

「なんでって言われても、ずっと前のことだしなぁ。あの子、あんまり印象に残らなかったし」

「ひどくない!?」

「え、なんで姫金が怒るんだ?」

「え? あ、いや……それじゃあ、幼稚園の名前は!?」

「なんなんだよ、さっきから……幼稚園の名前ねぇ。たしか、乙伎原幼稚園だったかな」

「……」


 姫金は、息を呑んで俺をじっと見る。一体さきほどからどうしたというのだろうか。

 と、そのタイミングで「ごめーん!」と、皇が早足で戻ってきた。


「いやぁ、お手洗いがすごく混んでて……」

「そうか」


 皇が戻ってきたというのに、姫金はいまだに俺を見ている。なにか俺の顔についているのだろうか?

 まあ、それはともかくだ。


「それじゃあ、姫金。皇も間に合ったみたいだし、2人きりにするからばしっと告白してこい」

「え?」

「んじゃ、頑張れよ」

「あ……」


 姫金にしか聞こえない声で言って、俺は「トイレ」とその場を立ち去る。最後に姫金が、なにやら言いたげだったが……はて? なんだったんだろうか。


「……生野くん」




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