第15話 一体、皇先輩のなんですか!

 あの後、俺が2人に合流したところ、特に変わったようすはなかった。帰りにそれとなく姫金に訊いてみたところ、告白はしていないとのことだった。


 さすがに、皇が近くにいたので、それ以上のことは聞くことができなかった。それで後日、学校にて姫金に詳しい話を聞こうとしたら、「ごめんなさい!」と頭を下げられた。


「ご、ごめん……本当に。いろいろ協力してくれたのに」

「いや、まあ別にいいんだが……結局なんで告白できなかったんだ?」

「そ、それは」

「ああ、いや。今の質問は野暮だったな」


 いざ本番を前にして、勇気が出ないなんてこともあるだろう。姫金が告白できなかったことについて、俺には責める権利なんてないわけだし。そのつもりもない。


 なら、この話はここでお終いだ。


「いく……手綱くんはさ……昔のことどれくらい覚えてたりするの……?」

「なんだ? 藪から棒に」

「ちょ、ちょっとした世間話だよ! 世間話!」

「そうか?」


 昔のことねぇ。


「小学生くらいの出来事なら、割と覚えてるなぁ」


 皇の兄――拓海と出会ったからだろうか。とりわけ、小学生時代の想いでは印象深いものが多い気がする。


「そ、そっかぁ」

「ん? どうかしたか?」

「え、あ、いや! なんでもない! うん! ぜんぜん、なんでもないから!」

「めちゃくちゃなんでもありそうな感じだが? なにかあるなら話せよ。一応は、協力者なんだからな」

「協力者?」

「うん? だって、そうだろ。俺は万に一つも可能性がない皇と姫金が、付き合えるように協力してるんだから」

「あ……」


なんだその、「そういえばそうだった」みたいな反応は。いつもの姫金なら、「万に一つ可能性がないとかひどーい!」と怒りそうなものだが。


「なあ、本当にどうかしたのか?」

「……あ、あたしと手綱くんって、協力者って関係じゃなくなったら、どうなるのかな」

「そりゃあ、また前みたいな関係に戻るだけじゃないか?」

「前みたいなって、どういう関係?」

「ただの同期」

「それほとんど赤の他人じゃない!?」

「でも、そうじゃないか? 皇のことがなければ、こうやって話すことなんてなかっただろ」

「それは、そうだけど。でも、あたしはなんか……それ寂しい……」

「?」

「せめて、友達になりたい。手綱くんと」


 姫金は強い意志を感じさせる瞳で、俺の顔を一直線に射抜く。誰もいない廊下には、一切の音が存在せず、完全な静寂が支配していた。

 わずかに開いている窓からは、始業前の新鮮な空気が流れ込み、姫金の金糸の髪を揺らす。


「あ、えっと……急に変なこと言ってごめんね!? 今の忘れて――」

「別にいいけど」

「え」

「だから、別にいいけど。友達」

「……いいの?」

「ここでダメって言うほど、俺は冷たい人間じゃないぞ」

「いや、十分冷たいと思うけど」

「友達やめちゃっおっかなぁー」

「ごめんごめんごめん、うそうそうそ」

「それじゃあ、よろしくな」

「う、うん……よ、よろしく!」


 そう言って、姫金は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 どれだけ俺と友達になりたかっただろう?


 そんなこんなで、俺と姫金の関係が少し変わったその日の放課後。皇が、用事があるからと先に帰宅。冴島も推しアイドルの新アルバムが発売されたからと、ホームルームが終わると同時に教室を飛び出していった。


 まあ、廊下を走ったところを、奥田先生に見つかり、首根っこを掴まれて、職員室へ連行されたわけだが。


 そんなわけで、俺は1人で帰路を歩いている。


「帰ったらなにすっかな」

「そこのお前」


 ふと、声がした。反射的に振り返ると、そこには誰もいなかった。


「なんだ気のせいか」

「お前! こっちです! 下です!」

「うん?」


 言われて視線を下へ向けると、たしかにいた。


「ちっさ」

「あ゛!?」


 そこにいたのは、小さな女の子であった。少女は、「お前がでかいんですよ!」と、俺の発言にたいして抗議の声をあげる。彼女の言う通り、俺は180センチある。


 そういえば、皇と姫金が女子にしては、身長が高めだから感覚が麻痺していた。


 俺は改めて、目の前の少女に視線を落とす。

 赤みがかった茶髪を、2つに結んだツインテール。やや、身長は皇や姫金よりも小さいが、女子にしては平均くらいだろうか。キリっと切れ長な瞳は、強気につり上がっていて、じっと俺を睨みつけている。


 その表情は、彼女の苛烈な性格を物語っているようだ。雪のように白い肌は、夕日でわずかに赤みがかっている。


 なるほど、これは可愛い。皇のようにかっこいいわけでも、姫金のような美しさがあるわけでもない。だが、彼女もかの2人に負けず劣らずな女子であることは分かった。


 だが、そんな容姿よりも俺の目を引いたのは、彼女が身に纏っている服だ。俺が通っている乙伎原高校とは明らかに違う制服を、彼女は着ていたのだ。


 黒色を基調として乙伎原高校の制服とは正反対の、白色を基調にした制服である。つまり、他校の生徒。そんな他校の生徒が、なぜ俺をいきなり「お前」呼ばわりしてきているのか。


 まったく心当たりがないぞ。


「えっと、君は?」

「お前は」

「うん?」

「お前は……一体、皇先輩のなんですか!」

「……はい?」


 俺は夕暮れ時の空を仰いだ。

 なんかまた変なのに絡まれた。



 

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