第25話 別にいいんじゃねぇの

「あのさ……重縄ちゃんはさ」

「ちゃん?」

「あ、ごめん。馴れ馴れしいのいやだった?」

「……まあ別にいいです」


 姫金は「じゃあ、重縄ちゃんで」と続けて口を開く。


「重縄ちゃんは、どうして皇くんのことが好きになったの?」

「なんですか、藪から棒に」

「だって、気になるじゃん? わざわざ乙伎草子から、乙伎原まで追っかけてきてまでって、そうとうでしょ? そこまで好きになるきっかけがあったなら、知りたいって思わない?」


 それは俺も気になるところだ。あのヘタレ王子様が、なにゆえ重縄にここまで想われるようになったのか。

 俺は「ここじゃなんだ、近くの喫茶店にでも入ろう」と提案する。重縄は「話すとは言ってないのですが……」と言いつつも、どうやらついてきてくれるようだ。姫金もノリ気で、「それじゃあさ」と不敵な笑みを浮かべる。


「ここは手綱くんの奢りでどう?」

「え」

「彼氏くんなんだし、いいよね?」

「お前、男が奢るのが当たり前だと思ってるタイプか」


 俺がそう言うと、姫金は首を左右に振る。


「違うよ? 手綱くんが奢るべきだと思ってるだけだよ」

「それはなんの違いがあるんだ」

「奢ってくれるよね?」


 ものすごい圧を感じる。さきほど、姫金で遊んだことを、かなり根に持っているらしい。ここは自分の命をお金で買うしかないか。


「分かった分かった……お茶の1杯くらいなら奢ってやる」

「わ~い、ありがとう! 大好き~!」


 それから俺たちは近くの喫茶店に入り、落ち着いたところで重縄の話を再開する。


「私は重いんです」


 開口一番がそれだったため、俺と姫金は同時に「知ってるけど」と思わずツッコミを入れてしまった。


「体重の話ではありません。精神的に重いという話です」


 重縄は俺たちが勘違いしていると思ったのか、改めてそう口にする。だから、俺と姫金は再び口を揃えて、「だから知ってるけど」とツッコミを入れる。


「……なぜ知っているんですか?」

「え? 見てれば分かるけど?」


 姫金はなにを言ってるんだという目で、重縄を凝視する。重縄は「そ、そうですか?」と困惑した表情を浮かべつつ、話を続ける。


「私は、昔からとにかく重い子でした。あれはまだ幼稚園の時のことです。大好きだった先生が、私以外の子に微笑みかけているのを見て、初めて殺意を抱きました」


 怖い。幼稚園の時にはすでに、ヤンデレを発症してしまっていたのか。筋金入りだな。


「幼いながらも、この私の激情が普通ではないと悟った私は、それから他者とあまりかかわらないことにしたのです。それでも、かつて私に優しくしてくれた同じスイミングスクールに通っていた女の子や……小学校の同級生、中学のお友達……社会で生活する中で、完全に1人になるのはとても難しかった」

「水泳やってたのか。だから、少し髪が赤みがかってるのか?」


 俺の問いにたいして、横から姫金が「気にするところそこ?」と困惑された。珍しいと思って、ずっと気になってたんだよ。


「……そして、ある日ついに我慢の限界が達したんです。中学2年生の時、友達が仲良くしていた子を、私は亡き者にしようとしました」


 怖い。亡き者にしようとするの怖すぎじゃね?


「しかし、そこを皇先輩に止めてもらったんです」

「皇くんに?」

「皇先輩は私の通っていた中学校の先輩だったんです。本当に偶然、今にも襲い掛かろうとしていた私を、通りがかった皇先輩が止めてくれて……大事には至りませんでした」

「それ皇くんは大丈夫だったの?」

「はい。皇先輩は強いので。ナイフを持っていた私を、いとも簡単に拘束しました」


 なるほどなぁ。前の学校の後輩と言っていたが、そういう繋がりがあったのか。というか、ナイフ持ってたのかー怖いなぁー……。


「それから皇先輩に事情を話したところ、皇先輩は……私のこの重いところを一途で素敵だと言ってくれたんです」


 またあいつはかっこつけたことを。


「そうして、皇先輩は私のコンプレックスを受け入れてくれたんです。それから、私は皇先輩のことが好きになりました。皇先輩が中学を卒業した後、先輩と同じ高校に行こうと思って乙伎草子に入ったら……」


 転校してしまったわけか。


「せめて気持ちを伝えたくて、ここまで追いかけてきたのに、先輩はもう新しい人と新しい関係を作っていて……それを見たら私……また頭真っ白になってしまったんです……」


 それで俺のことを目の敵にするようになったわけか。


「本当は分かっているんです。お前を恨むなんて、お門違いにもほどがあるって……」

「……重縄ちゃん」


 重縄司は自らのコンプレックスと戦っていた。俺からしたら、そんなことは微塵も関係ないわけだが。それでも、彼女が俺にたいして、「ひどい目に遭わせてやる」と言った割に、ここ数日特に手を出してこなかったのは、それが理由だろう。


 重縄司の頭がおかしくて、危険人物であるという俺の評価は微塵も揺るがない。だが、それでもそれだけの女の子ではないのはたしかだ。


「私みたいな重い女、皇先輩だって……絶対……」

「まあ、いいんじゃねぇの」

「え……?」

「たしかに、重縄は重いんだろうな。頭もおかしいし、危険人物だと思う」


 姫金が横から、「いくら事実でも言っていいことと悪いことがあるよ!?」とツッコミを入れてきた。お前が一番ひどいことを言っていると思うのだが――ともかく。


「だが、まあそれを理解して、ちゃんと向き合おうとしているんだ。だから、まあ……いいんじゃねぇか。重くても」

「……お前」

「それに、女の子はちょっと重いくらいの方がいいんだ。その方が、愛されてる感もあるしな。知らんけど」

「そういう……ものですか? 皇先輩も?」

「それは知らん」


 俺は少しだけ重縄のことを誤解していたらしい。ただ、こいつは純粋なだけなのだ。純粋に、皇のことが好きなのだ。その想いを伝えるために、ここまで来ただけなのだ。


 俺は重縄が危険人物だから、皇から遠ざけるべきだと思っていた。だが、それは間違いだった。遠ざけるのは、むしろ悪手。彼女の想いを無視する方が、逆上して包丁を持ち出すかもしれない。


 俺がどうするべきか悩んでいると、姫金が「手綱くん」と声をかけてきた。


「私さ……この子に、告白する場所を用意してあげた方がいいと思う……」

「……告白する場所か」

「だって、この子はたしかにちょっとあれだけど……皇くんの気持ちは本物だと思うし……遠ざけるのは……さ?」

「……」


 姫金も俺と同じ結論に至ったか。


「重縄。お前、皇に告白するつもりで、ここまで追っかけてきたんだよな」

「は、はい」

「なら、その機会を俺が作ってやる」

「……いいんですか?」

「まあ、今の話を聞かされちゃな」

「……」

「ただし、その告白の是非を問わず、もうストーキングとかやめてくれな? いつもカーブミラーにお前が映ると、心臓がひゅんってなるんだ」

「……分かりました」


 さて、そうと決まれば、いろいろと作戦を練る必要があるな。姫金も「腕が鳴るね!」とやる気満々だ。


「お前も協力してくれるのか?」

「え? ダメだった?」

「いや、だってお前……」


 皇が好きじゃないか。

 そう言外に含ませると、姫金は苦笑した。


「……大丈夫。別にあたし、付き合ってるわけじゃないしね。それにさ、なんか協力してあげたいじゃん?」


 それはまあ、同意だ。


「じゃあ、一緒に作戦でも練ろうぜ」

「おっけー!」


 と、ノリノリな俺と姫金にたいして、重縄はじっとこちらを見つめ――。


「皇先輩以外に受け入れられたのは、初めてです……姫金先輩と……手綱先輩……ありがとう……ございます」


 そう小さく呟いた気がした。

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