第24話 あなたも彼女のことが好きなんですか?

 ナンパされているストーカーこと重縄司のもとに駆け付けると、「ねえねえちょっとだけだからさ~」としつこく言い寄られているところであった。


「だから、お前と水素水なんか飲んでる暇はないと言ってるじゃないですか」

「うっそだ~。こんなところで、なにもしてないのに暇なわけないじゃん?」

「なにもしてないように見えるんですか? だとしたら、お前の目はとんだ節穴ですね。えぐり取って、ドブにでも捨ててくるのをおすすめします」

「じゃあ、なにをしていたんだい?」

「ストーキングですけど」

「え、すと……え?」

「ストーキングと言ったんです。どうやら耳も腐っているみたいですね、お前」

「ええっとぉ……」


 ナンパ師さんが困っている。そりゃあ、そうだ。ナンパした女の子が、「ストーキングで忙しいので」とか言って断ってきたら、混乱くらいする。


「はぁ……すみません。そいつ俺の知り合いなんです」


 そう言って俺がナンパ師さんと重縄の間に割って入る。後ろで重縄が、「お前なんのつもりで……」と呟いていたが無視した。

 ナンパ師さんは割り込んできた俺をしげしげと見た後、「なるほど!」と笑みを浮かべる。


「もしかして、その子の彼氏とか? それで、ナンパされてるから助けにきたのかな? いやーごめんごめん。彼氏いるとは思わなくってさ。悪いことしたね?」

「いえ、ぜんぜん違います」

「え~? そんな照れなくても~。女の子をかっこよくナンパから助けるなんて、男のロマンだよね。うんうん、分かる分かる!」

「だから、違います。俺が助けにきたのは、あなたの方です」

「え?」


 俺の発言にナンパ師さんが目をぱちくりさせる。


「この女、俺のストーカーなんですよ」

「え?」

「なにをしでかすか分からない危険人物でして。そんなやつをナンパしたあなたを助けようと、こうして割り込んだ次第です」


 ナンパ師は信じられないのか、「またまた~」と言う。しかし、俺の背後にいる重縄からただならぬ気配を感じたのか、「あー……ま、まあ……俺はこの辺で……」とこの場を去ってくれた。


 俺は安堵してほっと息吐く。すると、後ろの重縄が「失礼な男ですね」と抗議してきた。


「私は危険人物ではありません」

「ストーカーの癖になに言ってんだ。お前が、あの人になにかしやしないかとヒヤヒヤしたぞ」

「なにもしませんよ。ただ、あんまりにもしつこかったので、スタンガンを一発喰らわせてやろうと思っただけです」

「矛盾してんぞ」


 というか、なんでスタンガンなんて持ってるんだ。重縄はそんな俺の素朴な疑問に、「あなたに――げふんげふん。護身用です」と言っていた。絶対、俺用のスタンガンだ。


「おーい、手綱くん大丈夫だった?」


 と、遅れて姫金が駆けつけてきた。


「あのナンパの人、なんだか最後に怯えてたみたいだけど……手綱くんなにかしたの?」

「いや、なにもしてない」

「ふーん……?」


 姫金は「ひと睨みしてたら相手が怯えて逃げていったのかな? 漫画みたいでかっこいい~」とぶつぶつ言っていた。


「かっこいいか?」

「う、うん! か、かっこいいと……思う……」

「そうかなぁ」


 まあ、当事者じゃなければ、俺もそう思ったかもしれない。だが、こっちは残念ながら狙われる側だ。もしも俺が、重縄にひと睨みされたら、おしっこを漏らしてしまうだろう。間違いない。


「……話が噛み合ってないみたいですね」

「うん? なんか言ったか?」

「いいえ、別に」


 俺は重縄の含みのある言葉に、首を傾げる。


「そんなことよりも、お前たちに聞きたいことがあります」

「なんだ?」

「……お前たちは付き合っているんですか?」


 重縄の問いかけに姫金の体が強張るのが分かった。


「そ、そうなの! あたしと手綱くん付き合ってるんだよ!」

「……まあ、以前にも2人が一緒にいるのは見ましたし……まあ、そうなのでしょう」

「うんうん! そうそう!」

「しかし、以前会った際に、お前は皇先輩のことが好きだと言っていませんでしたか?」

「あ」


 姫金が間の抜けた声をあげた。俺もそれに続いて内心で、「あ」と思い出す。そういえば、そんなことを言っていた。


「あ、あれは……そう! お友達として好きって意味だよ! 男の子として一番好きなのは、もちろん手綱くんだよ!」


 慌てて言いつくろう姫金に重縄は、「んーーーー」と訝しげな視線を向ける。


「いや、ほんとだから! あたし、手綱くんのことめっちゃ好きだから! もう大好き! 手綱くん愛してる!」


 姫金の顔が真っ赤だ。多分、恥ずかしいんだろう。姫金にここまで言わせておいて、俺はなにもせずに黙って見ていていいものだろうか。いや、よくない。


 そもそも、姫金は俺に協力してくれているにすぎない。なら、ここで恥をかくのは俺であるべきだ。


「姫金」

「う、うん? なに……?」

「俺のことどれくらい好きなんだ」

「え?」

「どれくらい好きなんだ」

「え、えっと……こ、これくらい!」


 そう言って、姫金は両手を広げた。その顔は羞恥で朱に染まっている。

 俺が恥じをかくべきだと言ったな。それは嘘だ。やっぱり、恥ずかしいので、ここは姫金に全部任せてしまおう。


 なにを隠そう――俺はクズなのである。

 ふと、姫金の口が俺になにか伝えようと、音のない声を発する。口の動きから察するに、「あとでコロス」と言っているようだ。


 どうやらふざけすぎたらしい。あとで、遺書を書いておこう。


「ふむ……まあ、これだけ周りに人がいる中で、そんな恥ずかしいことを言えるなら、本当なのでしょう」

「……ううぅ」


 姫金はこちらを微笑ましげ見ているマダムたちに気づき、よりいっそう顔を赤くする。さすがに申し訳なくなってきた。


「だいいち、そんな嘘をつくメリットも見当たりませんしね」


 重縄は納得したのか、視線を姫金から俺に切り替える。


「あなたも彼女のことが好きなんですか?」

「え?」


 唐突な攻撃に、俺は思わずたじろいだ。まさか今度は俺の番とでも言うのだろうか。

 重縄の後ろで、姫金が「ざまぁ~」と笑っている。なるほど、これが因果応報というものなのか。


「どうなんですか?」

「……好きさ」

「どれくらい好きなんですか?」

「世界一好きだ。この世で、姫金ほど素敵な女の子はいないってくらいは、俺はメロメロだ」

「……そうですか」


 重縄はそれで納得してくれたみたいで、肩を竦めた。一方、姫金の方はなにやら真っ赤な顔をムニムニと手で揉んでいた。


「なにしてるんだ?」

「う、うるさい……」

「???」


 よく分からないが、不機嫌っぽいので放っておくことにした。


「まあ、とにかくそういうわけだ。俺も姫金も1番はすでに決まってる。だから、皇とはあくまでもその辺にいる、ごく普通のお友達だ。別に1番仲がいいわけじゃない」

「……そうですか。いえ、そうですね。これだけのバカップルなら、皇先輩とこれ以上、仲を深めることはないですよね」


 バカップルと言われてしまった。遺憾である。

 なにはともあれ、姫金のおかげで、俺は重縄にスタンガンされずに済みそうだ。まあ、その代償は高くついてしまったが……。


 

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