第23話 かっこいいところ見せるの、マジでやめて欲しい
俺はそのまま姫金に引っ張られながらも、乙伎原高校の最寄り駅から2駅ほど先にある街までやってきた。
そこは乙伎原近辺では、もっとも栄えていて、友達と遊ぶのも、恋人とのひと時を楽しむにも持ってこいなスポットとなっている。
「俺、あんまりここには来ないんだが……結構人が多いんだな」
「この時間は、学校終わりに遊びにきた学生が多いからね。それで、あの子は?」
「いるよ」
後ろにちらっと振り返ると、そこには物陰に隠れてこちらを凝視する重縄がいた。ホラーである。
「さて、ここから俺たちのラブラブ具合を、あの後輩に見せつけるわけなんだが、どこへ行こうか」
「定番処はゲームセンターかな? あそこにあるけど」
「俺、騒がしいのはちょっと」
「わがままだなー。だったら、手綱くんはどこか行きたいところとかある?」
「公園でも行こうぜ」
「公園?」
「手でも繋いでのんびりーとしよう。それなら金もかかんないしな」
「それでいいのかなぁ」
「デートってどこ行くかより、誰と行くかの方が大事なんじゃないか? デートしたことないから知らんけど」
「まあ、そうだけどさ。でも、デートって行く場所も大事なんだよ?」
「そういうもんか?」
「そりゃあ、ある程度関係が進んでれば、手綱くんの言う通りどこでもいいと思うよ? でも、たとえば初デートとかだったら、お互い緊張して、なに話していいか分からないとかあるんじゃない?」
「ふむ……たしかに」
「そういう時、たとえばゲームセンターとかだったら、いろいろと話題にできることも多いでしょ?」
「……なるほど。ようするに、話題作りのためにデートの行先は大事ってことか」
「とは言っても、手綱くんの言うことは真理だと思うけどね。ただ、あたしたちはそこまで深い関係じゃないし……公園でのんびりしても、あたしは落ち着かないかなぁ……」
「……」
「手綱くん? 黙りこんでどうしちゃったの?」
「いや、俺と同じで経験ないのに、えらい的確だなと思ってな」
「友達のコイバナ聞いたりする機会が多いからねー」
「そういうことか」
それから、俺は姫金のアドバイスに従って、話のタネになりそうなところとして、近場の本屋に入った。
「あたし、本屋さんってあんまり来たことないなぁー」
「ここはでかいし、いろいろ置いてそうだよな。姫金はなにか興味のあるジャンルとか、あるのか?」
「やっぱり、ファッション雑誌かな。どっかの誰かさんの影響で」
「ん? なんでそこで、俺を見るんだ?」
「さあー? なんでだと思う?」
「分からないから聞いてるんだが」
「そんなことより、手綱くんはなにか興味あるジャンルあるの?」
「あそこだな」
そう言って俺は18禁のれんで隠されたエリアを指さした。
「サイテー」
「いつかあそこに入ってみたいもんだな」
「男の子って、そんなことばっかり考えてるわけー?」
「当たり前だろ」
「肯定されちゃった」
「むしろ、それ以外になにを考えるってんだ」
「そこまで言う……? もう……手綱くんもちょっとはファッション雑誌でも読んで、オシャレに興味持ったら?」
「俺は別にいいよ。洒落た服なんて着ても、似合わないだろうしな」
「そんなことないでしょ。手綱くん、身長あるし、肩幅も広めでスタイルいいじゃん」
「そうか?」
「顔も悪くないと思うし……うん。変にごちゃごちゃしたデザインよりも、スーツみたいなスッキリしたデザインで、逆三角形のシルエットを活かして……」
「おーい?」
「ぶつぶつ」
姫金が自分の世界に入ってしまった。どうやら俺の声が届いていないらしい。ちらっと視線を周囲に彷徨わせると、ちょうど向かい側に重縄を見つけた。
雑誌を立ち読みしているみたいで、時折ちらちらと俺の方を見てくる。はたから見たら、怪しいことこの上ない。
「姫金。そろそろ、次に行こうぜ」
「え? なに? 次?」
ようやく自分の世界から戻ってきた姫金に「おかえり」と言ってから、俺は姫金に進められたファッション雑誌を持ってレジへと向かう。
「あ、買うんだ……?」
「まあ、勧められたからな。1度くらいは目を通しておこうかと思ってな」
「……そっか」
姫金はどこか嬉しそうに微笑んだ。
それからさらにいろいろと周り、時刻もいい頃合いとなったところで解散することになった。
「じゃあ、今日はありがとうな」
「ううん。あたしこそありがと」
「なんで姫金が礼を言うんだ?」
協力してもらってる俺が言うのはともかく。
「楽しかったからだけど?」
「楽しかった?」
「え? 不思議? 手綱くんとのデートで、たくさん楽しませてもらったから、お礼を言っただけなんだけど……」
「ああ、いや……」
不思議といえば不思議かもしれない。別に俺は、姫金の好きな人というわけでもないのだし。俺も姫金に楽しんでもらおうとしていたわけではないし。
だが、楽しんでもらえたというなら、それはそれでいいことだ。
「それじゃあ、俺はのぼりだから」
「うん。あたしはくだりだから。じゃあね」
そうして駅で別れようとした時だった。
「なんですか、お前」
重縄の声が聞こえて、俺と姫金は同時に振り返った。すると、そこには男に絡まれている重縄の姿があった。
「いや~こんな時間に駅で、1人でいるみたいだったからさ~。ナンパ待ちなんじゃないの?」
「違います」
「そんな恥ずかしがらなくていいって~。俺、君みたいな可愛い子が好きでさ~。近くでおいしい水素水が飲めるお店知ってるんだ。よかったらそこでゆっくりお話しない? 奢るからさ?」
おいしい水素水だと?
姫金も引っかかったのか、「水素水?」と首を傾げていた。
「……おいしい水素水か。気になるな」
「え? 普通気になる?」
姫金は気にならないのか。そうか。
「というか、あれナンパされてる……よね?」
「そうみたいだな」
「ストーカーがナンパされるとか……まあ放っておきましょうか」
「……」
「手綱くん?」
「……ちょっと行ってくる」
「え? 助けにいくの!?」
「姫金は帰ってていいぞ」
「え、ちょ、ちょっと!」
俺は重縄を助けに踵を返した。
「はぁ……ストーカーを助けに行くとか……そういうかっこいいところ見せるの、マジでやめて欲しい……」
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