第22話 悪いけど、これからデートなんだ

 放課後。


「手綱くん。今日は一緒に帰ろう」


 帰りのホームルームが終わると同時に、皇が俺に声をかけてきた。昨日の今日で、俺のことを心配しているのだろう。だが、その必要はないと、俺は首を横に振る。


「悪いけど、これからデートなんだ」

「え」

「というわけで、また明日な」

「え」


 背後で「え」と驚いている皇を置いて、俺は足早に校門へと向かう。少し気が急いているのかもしれない。

 気分は遠足前日。あのわくわくと高揚感で、なかなか寝付けないような感覚に近いかもしれない。


「そうか……俺はわくわくしているのか」


 それもそのはず――。


「お待たせ。待ったか」

「ううん! あたしも今来たところだから!」


 俺にとって今日は、人生初めてのデートなのだから。


「初デート……興奮してきたな」

「デートいっても、あくまでもフリなんだからねー? そこのところ……ちゃんと分かってる?」


 校門で待ち合わせをしていた姫金が、たしなめるような口調でそう言った。それにたいして俺は、肩を竦めて「もちろん分かってる」と返す。


「俺のために恋人のフリをしてくれて、ありがとうな」

「だ、だから、別に手綱くんのためだけじゃないって! あたしにも利があると思ったから、提案しただけだし!」

「押してダメなら引いてみろ作戦だったか? 絶対意味ないからやめておいた方がいいぞ」

「そんなことやってみないと分からないじゃん!」


 やってみなくても分かるから言っているのだが……ともかく。

 あのストーカーを納得させるには、俺と姫金がそれはそれはラブラブなカップルであるところを見せつけなくてはならない。


 というわけで、今日は放課後デートをすることになり、こうして校門前で待ち合わせをしていたわけである。


「まあ、なにはともあれ、今日はよろしくな」

「う、うん……よろしく……」

「しかし、デートってのはどうすればいいんだ?」

「え?」

「俺は女の子と付き合ったことはおろか、一緒に遊んだこともないもんでな。姫金は、異性とそういう経験は?」

「……私も付き合ったことはないかな。でも、遊んだことはあるよ?」

「いやらしい」

「なんで?」

「あんなことやこんなことをしたのか」

「おっけー。手綱くんがあたしをどう思ってるのか分かったわー」

「冗談だ。姫金は一途だもんな」

「……」


 おや? 俺の言葉に、姫金が微妙な顔を浮かべているぞ?


「どうした?」

「あ、ああ……うん。なんでもない……」

「そうか? それで? どうする? 肩車でもするか?」

「なんで?」

「世のカップルって、みんな肩車してそうじゃん」

「どう見えてる? 普通は手とか繋ぐもんでしょ……?」

「でも、俺手汗すごいからさ」

「じゃあ、腕組む?」

「でも、俺脇汗すごいからさ」

「もう汗腺塞いじゃえば?」

「そうするか」

「というか、手綱くん。そんなことばっかり言ってるけど、本当はひよってるんじゃないの?」

「……」


 俺は目をそらした。


「あー! 今目をそらしたー!」

「違う。あそこにUFOがあったから」

「え!? どこどこ!?」

「普通騙される……?}

「はっ!? 騙したの!? ひどい!」

「なんか申し訳なくなってきた」


 閑話休題。


「ただ手を繋ぐだけなんだから、そんなに緊張するもんでもないでしょ?」

「……そうじゃなてな」

「じゃあ、なに?」

「なんか悪い気がして」

「え?」

「だって、お前はあくまでも皇が好きなんだろ? それなのに、どうとも思っていない男と手を繋がせたり、腕を組ませたり、あまつさえ……えっ〇なことまでさせるなんて」

「誰もそこまでするなんて言ってないでしょうが!?」

「そうだっけ」

「当たり前でしょ!?」

「まあ、ようするに俺は遠慮しているんだ。いくら協力してくれるって言っても、そこまでしてもらっていいものかどうか」

「はぁ……」


 姫金はため息を吐くと、「はい」と手を差し出してきた。


「俺にお手しろってこと?」

「違う」

「じゃあ、なんだよ」

「別に……遠慮しなくてもいいってこと。言ったでしょ? 手綱くんには、皇くんのことでいろいろ助けてもらったから、恩返ししたいの! それにさ……」

「それに?」

「別に手綱くんのこと、どうとも思ってなんか……ないから」

「……それはつまり、手は繋いでやってもいいってことか?」

「まあ、そゆこと」


 姫金は頬を朱色に染めて、そっぽを向いてしまった。

 そうか。あくまでも、俺は皇のお友達ポジションで、姫金にとってはたんなる協力者程度の認識だと思っていたのだが。


「お前は義理堅いな。俺のことなんか、利用するだけして気にも留めなくてもいいものを」

「あんた、私がそんな非道で、冷酷な人間だと思ってたわけ?」


 そうではないが、仮にも学校1の美少女と謳われる彼女が、所詮は皇の友達ポジションにいるだけの俺に、そこまで気を許してくれるとは思っていなかった。


 姫金には「皇とは絶対付き合えない」とか、割とひどいことを言ったこともあるし。


「……じゃあ、遠慮なくその手を取らせてもらう」

「……ん」


 俺は姫金と手を繋いだ。見た通り、小さくて細い……女の子の手であった。


「で、どこに行くか」

「……」

「姫金?」

「え? あ、ああ……えっと、ごめん。その……手綱くんの手って、思ったより力強くて……なんかドキドキしちゃった」

「は?」

「あ、あ、あたしったらなに言っちゃってんだろうね!? あははははは……は、はやく行こっか!?」

「お、おう?」

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