第21話 ボクのせいで君が傷つくのを見たくない

 学校終わって家に帰った頃には、すっかりくたくたになってしまい、思わず制服のままベッドにダイブする。

 1日中、あのストーカーを警戒して気を張っているから、とにかく疲れる。早急になんとかする術を見つけなければ、体がもたない。


「皇のやつも厄介なのに好かれたもんだ」


 仰向けに寝っ転がり、天井に向かって愚痴をこぼす。すると、そのタイミングで、皇からメッセージが飛んできた。内容は、「今から話せないかい?」というもので、俺は数秒躊躇った後、ベッドから起き上がる。それから窓を開けると、ちょうど皇も窓を開けたところで、「あ」と皇が笑みを浮かべた。


「こんばんは、手綱くん」

「こんばんは、皇」


 俺は窓の淵に肘をつき、皇を見る。今日は普通に部屋着だった。

 女の子の部屋着でぱっと思いつくのはキャミソールと、ショートパンツだろうか。この組み合わせの破壊力は、とんでもないものだ。


 童貞を殺すセーターがあるが、俺はキャミソとショートパンツの組み合わせの方が、殺傷力で勝っていると思う。


 もしも、皇の部屋着がそれであったなら、俺は死んでいただろう。だが、彼女の装いは幸いなことに、やや大きめのTシャツだった。下は残念ながら見えないが、だぼっとしていて、シルエットの分かりにくいTシャツであるため、殺傷力はかなり低い。


「あ、ごめん。ちょっと待って」


 皇はそう言って、窓から離れる。すると、必然的に彼女の下半身が目に飛び込み――驚愕!


 なんと下にはなにもはいていないではないか!

 いや、正確には違う。なにをはいているのか、見えないのである。だぼっとしていて体のラインが見えないTシャツは、裾が長いためか、彼女の健康的な大退部を半分ほど呑み込んでいるのだ。


 仮にショートパンツのようなものをはいていたとしても、それでは見ることができない。そしてそれは、なにもはいていない可能性もあるということ。


「シュレディンガーの猫ってことか……」

「なにを言ってるんだい?」


 皇はマグカップを手に戻ってきた。マグカップからは湯気が立ち上っている。


「いや、なにも。それはそれで、殺傷力が高いなと思っただけだ」

「うん? よく分からないな……」

「そうだろうな。それで? なにか用か?」

「ボクの後輩のこと。ちょっとようすを聞きたくてさ。大丈夫だった?」

「大丈夫ではあるけどな……」


 俺は今日あったことを皇に話した。皇はため息を吐いて、「ごめん」と一言こぼす。


「あのさ、ボク考えたんだけど……後輩にボクの正体を明かそうと思うんだ」

「皇の正体を?」


 俺はその一言で、皇がなにを考えているのか察した。ようするに、正体を明かして、ストーカーをやめてもらおうと考えているのだろう。


「どうかな? そうしたら君から離れてくれるかもしれないし」

「やめとけやめとけ。多分、ああいうタイプは『騙してたんですね』とか言って、包丁持ち出すタイプだぜ。危なすぎる」

「そ、そこまでは……し、しないんじゃないかなぁ……」

「目、泳いでるぞ」

「でもさ、それで標的を君からボクに変えてくれるなら、ボクはそれでいいよ」

「俺がよくねーっての。だから、バカなことはやめろ」

「……」


 皇は納得がいっていないようすで、ずずっとマグカップに口をつける。


「あちっ」


 割と猫舌らしい。


「これ以上、君に迷惑をかけたくはないんだ」

「別に迷惑だなんて思ってないっての。むしろ、お前が変に気を遣ってしゃしゃり出て、矢面に立つ方が迷惑だ」

「……君は」

「ん?」

「いや、なんでもない……君がそう言うなら、もう少しだけようすを見るよ。でも、なにかあればボクがすぐ矢面に立って君を守る」

「包丁を向けられるかもしれないぞ?」

「正体を明かして、ボクに包丁を向けてくれるなら、それで構わないさ。むしろ、ボクのせいで君が傷つくのを見たくない」


 キラキラ。

 皇の背景がやたら輝いて見える。皇の王子様オーラが可視化されたら、これくらいキラキラしていることだろう。


「お前って、天然の王子様だよな」

「???」


 とはいえ、これで皇を矢面に立たせるわけにもいかない。なんとか対策を考えなければ、皇が自己犠牲を覚悟して、あのストーカーと対峙しかねない。


 それから俺は、皇との夜の密会を終えた後も、ベッドの上であーでもないこーでもないと思案を巡らせた。この手の案件に警察が動かないのは、よく聞く話だ。


 学校なんてもっての他だ。学校外の面倒ごとに、学校が積極的に対処してくれるとは思えない。奥田先生あたりなら、対応してくれる気はするが。


 だが、そもそも、あまりことを大きくしたくはない。それは皇も望んではいないだろう。だからこそ、自分が矢面に立とうとしている。そして、その理由は――重縄司もまた、皇尊の被害者だからに違いない。


 ゆえに、皇も重縄を糾弾しにくい。嘘をついているのは皇なのだから。その嘘に、海よりも深く、山よりも高い理由があったとしても、事実は変わらない。そもそも、いかなる理由も重縄にとっては関係ないのである。


「なかなか、ままらないもんだな」


 そんなこんなで一晩通していろいろ考えてみたのだが、特になにも思いつかなかった。


「んーーーー」

「なにない手綱くん? なにか悩み事?」

「ああ……姫金か」


 重縄のことで悩んでいたら、気づけばもうお昼休み。学校の中庭でぼけーっと思考に耽っていたところを、姫金が声をかけてきた。


「例のストーカーについて、いろいろ考えていてな。どうしたら、あれをなんとかできるんだろうかとな」

「あの子ねぇ……」

「なにかいい案はないものだろうか」

「うーん。あの子って、ようするに皇くんと仲良しな手綱くんに、やきもちを焼いて、いやがらせをしてきてるわけだよな?」

「まあ、そんなところだな」

「だったらさ、あたしに考えが……あるんだけど」

「本当か?」

「……あたしとさ、付き合ってるフリとか…してみたら?」

「……は?」


 どういうことだ?


「皇くんとよりも、あたしとの方が仲がよければ、手綱くんは皇くんとこれ以上仲良くなるつもりがないって思うんじゃない? そうしたら、無害認定されるんじゃないかな?」

「……そうなのか?」

「あの子は、皇くんの1番でいたいんでしょ? だったら、皇くんの2番目に仲がいいお友達くらいのポジションですよ~って、アピールすればいいと思うの」

「それで、付き合ってるフリか?」

「そうそう。ようするに、手綱くんにとって1番は恋人であるあたし! ってことにすれば、あの子もそこまで敵意を向けなくなるんじゃないかなぁと」

「……なるほど」


 それは名案だ。俺はそう思った。


「でも、いいのか? 姫金は皇のこと好きなんだろ? フリとはいえ、俺と恋人というのは」

「大丈夫大丈夫。手綱くんには、いろいろお世話になったからさ。力になりたいんだよね」

「姫金……」

「それにさ、皇くんも押してばっかじゃ無理だと思うわけ。だから、押してダメなら引いてみろ! 手綱くんといい感じになったら、もしかするとやきもち焼いてくれるかもでしょ?」

「それはないと思う」

「あるうぇ~?」

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