第20話 別に付き合ってないし!

「ということがあってな……」

「大変だったねぇ」


 職員室からの帰り道。その道中で、偶然姫金と鉢合わせた。そこで俺は、先ほどの出来事を姫金に話した。


「あのストーカー……他校の敷地にまで入ってくるとか、やばすぎるだろ」

「あの子、やっぱり危ない子だったんだなぁ……」


 姫金は昨日の件で、すっかり重縄のことが怖くなってしまったらしい。俺も怖いから気持ちは分かる。

 そんな感じで俺と姫金で「重縄司被害者の会」を開催しようとしていた折、「あれ? 手綱じゃん」と冴島が廊下の向こうから声をかけてきた。


「響きちゃん先生の呼び出しはなんだったんだー?」

「お叱りだったよ。理不尽な」


 答えると、さして興味がなかったみたいで「ほーん」と適当な相槌で返してきた。興味ないなら聞くな。

 冴島の興味はすぐに、俺の隣にいた姫金へと移る。


「姫金さんだよな? 俺、手綱のクラスメイトの冴島五郎!」

「へぇ~手綱くんって友達いたんだ」


俺の数少ない友達である。


「それにしても、うらやましいなぁー手綱は」

「なにが」

「学校1の美少女って言われるくらい可愛い姫金さんみたいな人が、恋人なのがだよ」

「は?」

「は、はあぁぁぁぁああぁぁぁ!?」


 冴島のとんでも発言には俺も驚いたが、それ以上に姫金が驚いていた。目はあっちこっち彷徨い、口はぱくぱくと忙しなく動いているが、どう言葉にしていいか分からないようす。


 それから、やがて喉から搾り出すようにして、「あたしが手綱くんの恋人ってどういうこと!?」と声を荒げる。


「え、付き合ってないの?」

「別に付き合ってないし!」


 冴島が今度は俺に視線を切り替え、「本当に?」と問いかける。俺はそれにたいして、肩を竦めた。


「姫金。そんなに恥ずかしがることないだろ」

「なんだ照れ隠しか」


 ちょっとした俺のおちゃめな冗談に、姫金が「は?」とマジトーンで返してきたので、俺はすぐさま「冗談だ」と平謝りする。


「なんだ、本当に付き合ってないのか?」

「む、むしろ、どうしてそう思ったのさ!」

「いや、最近2人が一緒にいるって噂が流れててさ。手綱はともかく、姫金さんは有名人だから、みんな興味津々な感じで話してたぜ」


 多分、俺が皇のことで相談を受けている時の話だ。現場を誰かに見られていたのだろう。冴島は俺の友人ということもあって、俺と姫金が本当に付き合っているかどうか、何度か尋ねられたこともあるらしい。


「冴島。なんでそれ、俺に聞かなかったんだ?」

「お前から話さないのに、俺から聞くのも無粋っつーか。もし、本当に彼女ができたんなら、お前の口から聞きたかったからな!」

「じゃあ、なんで今になってその話をしたんだ?」

「こんな美人と付き合ってると思ったら、うらやましくなってつい。爆発すればいいのになーと」

「……」


 友情とは、こうも儚いものだったのか。

 姫金は冴島の話を聞いて、「誰もいないと思って迂闊だったぁ……」と額に手を当てていた。


「えっと、本当に違うのか?」

「違うよ。だいいち、姫金には他に好きな人がいるしな」

「あ、そうなんだ?」


 冴島の問いに、姫金は少しだけ神妙な面持ちで頷く。


「ふーん? じゃあ、手綱のことはどうとも思ってないのか?」

「え? そ、それは……えっと」


 おや? てっきり即答で、「ただの相談相手!」とか言われると思っていたのだが。なぜか姫金が言い淀んでいる。どうしたことだろう。

 冴島はそんな姫金の反応を見て、なにを思ったのか「はは~ん?」と口を開く。


「付き合ってなくても、もしかして手綱のこと好きなんじゃないの~?」

「――ッ」

「え、なにその反応……冗談のつもりだったんだけど、マジで手綱のこと――」


 と、冴島がなにか言いかけたが、その前に姫金が焦った表情で冴島にアイアンクローを仕掛けた。


「いたたたたたっ!? ものすっごい握力!?」

「そ、それ以上言ったら……! 潰すから……!

「わ、分かったから! ご、ごめん無粋なこと言った!」


 姫金はそれで冴島を解放する。解放された冴島は、「俺の頭が変形した」とぼやいていた。大丈夫だ。なにも変わってないから安心しろ。


「今のは冴島が悪いぞ。さっきも言ったけど、姫金には他に好きな人がいるんだって。俺のことが好きなんてこと、あるわけないだろ」

「うーん……」


 冴島は俺の発言に疑問があるのか、腕を組んで考える素振りを見せる。それから、おもむろに口を開く。


「好きな人がいるけど……それとはまた別で気になってる人がいるんじゃないのか?」

「な、なんで分かるの……!?」

「ふっふっふ、俺恋愛マイスターだから」

「すごい!? 今までどれくらいの経験を!?」

「それは……ないけど……」

「え」

「彼女いない歴=年齢……だけど……」

「あ、うん。なんかごめんね?」


 冴島に今のはクリティカルヒットだったな。その証拠に冴島の背中から、哀愁が漂っている。


「しかし、そうか。姫金には気になる人がいたのか。それは初耳だな」

「か、勘違いしないでよね!? あたし、別に軽い女じゃないからね!? た、ただ……その人のこと、前に好きで……今は別に好きとかじゃない……と思うんだけど、なんかずっと胸につっかえてる感じで」

「元カレとかなのか?」

「そういうのじゃないんだけどさ」

「ふーん?」

「それに……好きな人に言われたことも、ちょっと気になるし」

「好きな人に?」


 はて? 一体なんだろうか?

 おそらく、皇になにか言われたという意味なのだろうか。


「あたしが……あの人にも見せたことがない表情で……」

「うん? 姫金、今なにか言ったか?」

「え? あ、な、なんでもない! とにかく、今なんだかいろいろ複雑な心境なの!」


 なるほど。よく分からないが、分かったことにしておこう。


「なんだからよく分からいが、相談ならいつでも乗るぜ! なにせこの冴島五郎は恋愛マスターだからな!」


 冴島はそう言って、親指を立てた。


「姫金。こいつには相談しない方がいいぞ」

「うん」

「あるうぇ~?」

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