第19話 至急、職員室まで来なさい
翌日。今日は朝から重縄司にストーキングされて、すっかり疲労してしまった。ふいに見たカーブミラーに、じっとこちらを見つめる重縄が映っていたのは、もはや恒例行事。もう普通のホラー映画なんかじゃ驚かない自信がある。
「はぁ……」
「お疲れだなー?」
教室でため息を吐いた俺に、冴島がそう言ってきた。そんな冴島に「まあな」と軽く返す。
すると、視界の端で皇が申し訳なさそうに苦笑した。皇は俺がどうして疲れているのか、察しがついているのだろう。
その皇はというと、今日はクラスの女子たちに囲まれていた。
「皇くん! たまには一緒にお昼食べようよ~」
「そうだよ! 男子なんかとじゃなくてさ!」
「ええっと……まあ、うん。いいよ」
という感じで、女子に捕まってしまったらしい。断れないところが、皇の悪いところだろう。なにやら俺に助けを求める小動物のような視線を向けてきているが、多分気のせいだ。
そんなことよりも、お昼ということで俺も腹が減った。購買で適当にパンでも買って、冴島と一緒に食べようか。などと考えていた折、突然全校放送で「手綱白。至急、職員室まで来なさい」と呼び出しを受けた。
「今の響ちゃん先生だよな?」
「ああ、そうだな」
「お前、なにやらかしたんだ?」
「……さあ?」
奥田先生に呼び出しされるようなことをした覚えはないのだが。
不思議に思いつつも、呼び出されたものは仕方がないと、すぐに職員室へ向かう。
すると――。
「きたか、手綱」
「え」
そこには椅子に座っている奥田先生と、なぜか「ぶすー」と仏頂面をした重縄司が立っていた。
奥田先生曰く、
「校内で他校の制服を着た生徒が、こそこそをしているのを発見してな。捕まえて話を聞いたところ、手綱が彼女を呼び出したというじゃないか」
それで俺を呼び出したとのこと。
この後輩、さては校内でも俺のストーキングをしようとしていやがったな。で、先生に見つかったから、いっそのことを俺を道連れに――と言ったところか。
その証拠に、奥田先生には見えない位置から「べー」と、重縄は舌を出している。口には出していないが、明らかに「ざまぁ見ろ~」と言っているようだった。
「いい気味です」
「……」
口に出しやがった。
「まったくダメじゃないか。年下の女の子を脅して呼び出すなんて」
「え、脅し……?」
「私はそう聞いているが?」
重縄に目を向けると、「そうなんです! 言うこと聞かなかったらどうなるか、分かってるだろうなって脅されて……!」とか言い出した。なかなかに演技派である。
いや、感心している場合ではない。
その後、結局俺の言い分はまったく聞いてもらえず、こってりと叱られた。
一方、重縄の方ははやめに帰されて、去り際に「べー」と俺に向かって舌を出してきた。生意気な後輩である。
「あの、奥田先生」
「なにかね」
「本当に俺、呼び出したとかしてないんですけど」
「分かっているとも」
「え」
「手綱が彼女を脅して呼び出したのが嘘であることくらい、見抜いていたとも。子供浅知恵など、大人はだいたい見抜いているよ」
「……じゃあ、なぜ俺は怒られたんです?」
「君の影響で、彼女が他校に忍び込んだ事実は変わらないからな。君と彼女の間になにがあったかは知らないが、はやめに解決することを勧める」
「……」
奥田先生はなかなかに食えない人だ。
「じゃあ、俺ももう戻っていいですかね。お昼、食べてないんで」
「ああ、もう少し待ちたまえ」
「まだなにか?」
「少しだけ話を聞きたいだけだ。そう身構えるな」
「話をですか?」
「君は、皇と仲がいいのだろう?」
「まあ、仲良くしてますね」
「彼は……少々特殊な問題を抱えている。彼から君には事情を話したと聞いたが」
「性別のことですよね」
「ああ。まだ転校して間もない上に、彼――いや彼女は、そういう特殊な問題を抱えている。だから、うまく学校で生活できているか心配でね」
「……」
奥田先生も、皇のことをちゃんと気にかけているのか。この人、クールであまり表情に出ないし、どちらかと言えば生徒に興味がなさそうに思っていた。
実際、響きちゃん先生なんて呼び方をされても、まったく気にも留めていないわけだし。俺はそれが優しいのか、興味がないのか、どちらか分からなかったのだが――。
「ん? なんだね? 私の顔に、なにかついているかね」
「いえ、なんでも」
このようすだと、前者なのだろう。そう思いたい。
「皇はうまくやってると思います。クラスでも、特に浮いてないですし。いや、ある意味では浮いているかもですけど」
「それはどういう意味だ?」
「女子にモテモテで、だいたいいつも女子に囲まれてるんですよ」
「……ふむ。まあ、事情を知らない人間が見れば、ただ容姿の整った男子に見えるだろうな。その点、問題はないのかね」
「問題ですか?」
「たとえば、その手の色恋の問題だ。男子から反感を買ったりなどだね」
「そういうのはないですよ。女子たちのことがあるから、男連中はちょっと絡みにくそうにしてますけどね。でも、皇は運動も勉強もできて、その上爽やかで嫌味もないですし、むしろ好かれてる方だと思います」
「そうか。それはなによりだな」
奥田先生はそう言って椅子に深く座り込み、安堵の息を漏らす。それだけ、皇のことを案じていたということだろう。
いい先生なんだな。
「皇のことはひとまず分かった。ありがとう」
「はい、それじゃあもう行きますね」
「ああ、それと」
「はい?」
「もう先ほどのような揉め事は起こさないように」
「……はい」
やっぱり厳しい先生だなと思った。
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