第18話 部外者は黙っててくれません?

 重縄司にストーキングされるようになり、早数日。


「じー」


 今日も重縄がいる。もはや慣れた俺は、自分の背中に「バカ」と書いてある張り紙を貼って、彼女を煽ることにした。


「やほー手綱くん。お待たせ……って、どうしたの背中の張り紙!? もしかして、いじ〇られてる!?」


 と、姫金に勘違いされてしまったのはともかく。

 今日は姫金から「皇くんのことで相談があるの!」と言われ、放課後一緒に帰る約束をしていた。それで校門の前で待っていたわけである。


「皇のことで相談というが、まだ諦めるつもりはないんだな」

「それは告白したらって話でしょ? あたし、まだ告白してないし!」

「屁理屈じゃないか、それ。結局、あの時どうして告白しなかったのかも、ぜんぜん教えてくれないし」

「それは……」

「ヘタレたのか」

「ち、違うし! あたしが告白できなかったのは、手綱くんのせいでもあるんだからね!?」

「責任転換はいただけないな」

「うぅ……だって、あんなタイミングで手綱くんが……」

「俺がなんだって?」

「な、なんでもないし!」

「???」


 俺はなにを考えているのか分からない姫金と一緒に、そのまま並んで歩く。まだ春の息吹を感じる放課後の陽気。アスファルトに落ちている桜の花びらを踏みながら、ふとカーブミラーに目を向けと――。


「じー」


 ストーカーがそこには映っていた。軽くホラーである。


「えっと」


 校門を出てからここまで、ずっと後ろをつけられていたのだから、当然姫金も気づいている。その証拠に、ちらちらと後ろを振り返っているし。


「あのさ、手綱くん」

「はい、手綱くんです」

「ずっと後をつけてきてる女の子がいるんだけど……」

「よく気づいたな。あいつの尾行に気づくなんて」

「あたしってほら、可愛いじゃん? だから、たまーにね?」

「……」


 ストーカー被害に遭ったことがあるのか。さすが、学校1の美少女なだけある。


「でも、あたしじゃなくても、あれは気づくと思うよ?」

「いや、普通の人は気づかないもんなんだよ」

「え? どうして? というか、知り合いなの?」

「ああ、知り合いだ。実はあいつ、忍者なんだよ」

「え゛っ!? あの子、忍者なの!?」

「忍者の尾行に気づくなんて、やるじゃないか」

「あたしすごっ!?」

「まあ嘘なんだが」

「〇ねカス」

「言いすぎじゃね?」


 閑話休題。


「それで、結局あの子は誰なの?」

「俺のストーカー」

「いや、それは分かるけど。えっと、つまりさ……あの子は手綱くんのことが……す、好きってことなの?」

「いや、違うけど」

「え? いや、え? じゃあ、なんでストーキングされてるわけ…?…」

「いろいろ事情があってな」


 俺は重縄のことを姫金に、掻い摘んで説明した。


「なるほどねぇー。皇くんを追いかけてねぇ」

「しつこさじゃ、姫金を軽く超えているな」

「……」


 あいたっ。姫金が俺の脇腹を肘で小突いてきた。


「にしても、皇くんも大変だねぇ」

「本当にな」

「それに巻き込まれてる手綱くんは、ご愁傷様って感じ」


 本当だよ。皇とかかわるようになってから、姫金に付き合わされるわ、ストーカーされるわで、散々な目に遭っている。


「よし! じゃあ、ここはあたしに任せて!」

「なにをするつもりだ?」

「年上として、あたしがあの子にびしっと言ってくる!」

「びしっと言ってくれるのか?」

「うん。手綱くんにはお世話になってるし。それに、皇くんのストーカーは許せないし!」


 そう言って、姫金は踵を返すと、重縄のもとへ向かった。俺もその後についていく。


「ちょっと、あんた! これ以上、手綱くんと皇くんにちょっかいかけるのやめなさい! 2人とも迷惑してるんだから!」

「そうだそうだー」

「……はい?」


 ギロリと重縄が睨んできた。怖い。意気揚々とやってきた姫金も「ひえっ」と、気圧されている。


「お前誰です?」

「あ、あたしは姫金若菜! 2年生だよ! どう!? 怖いでしょ!?」

「はい?」


 姫金よ。今時、先輩が怖がるのは小学生までだぞ。むしろ、年上ってだけでストーカーが怯えるとでも思っていたのだろうか。


「だ、だからあたし2年生……」

「それがなんですか?」


 姫金は重縄から距離を取ると、俺の隣に立って「あの子先輩相手にぜんぜん怯えないんだけど!?」と、小声で俺に言ってきた。

 姫金ってこんな面白いやつだったのか。俺は面白いやつが好きだ。こんなやつだと知っていたら、もっとはやく友達になっていたのに。


「姫金。大丈夫だ。やつは内心では、きっと震えあがっているに違いない」

「そ、そうかな!? すごくこっち睨んできてるんだけど!?」

「いけるいける。先輩の圧で、押し返せ」

「わ、分かった! あたし、頑張る!」


 姫金は再び重縄の前に立つ。そして、秘儀「あたし先輩なんだけどその態度はなに!?」と、先輩風を吹かせた。


「たかが1年早く生まれただけで、偉そうにしないでくれません?」


 しかし、重縄には効果がないようだ。

 姫金はとぼとぼと俺の隣に戻ってくると、「ダメだった」と肩を落とした。


「そりゃあ、そうだろうなぁ」

「〇ねカス」

「だから、言いすぎじゃね?」

「それで? お前は皇先輩のなんですか?」


 ギロリ。姫金は重縄に睨みつけられて、「ひえっ」と小さな悲鳴をあげる。


「あ、あたしは……まあ……ただの同期って言うか」

「じゃあ、関係ないってことですよね? 部外者は黙っててくれません?」

「か、関係なくないし! あたし、皇くんのことが好きだから! だから、皇くんのストーカーとか許せない!」

「は?」

「うええええええん! この子怖いいいぃぃぃぃぃぃ」


 とうとう姫金が泣き出してしまった。


「姫金、泣き顔ぶっさいくだな」

「〇ねカス」

「これは言いすぎじゃないな」


 結局、俺と姫金は重縄から逃げ帰ることしかできなかった。あいつ、なかなかに強敵だ。


 あれ? そういえば、俺は姫金となにをするつもりだったんだっけ?







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る