第17話 本当にモテる王子様は辛いなぁ
夜。
もはや定番となった皇との密会場所である窓辺に肘を置いて、夜風に当たっていると、向かいの窓が開いた。
「こんばんは。手綱くん」
「こんばんは。皇」
今日は重縄のことを皇に相談しようと思い、先ほど話せないかと携帯に連絡を入れたのだ。
早速、本題に入ろうとしたところで、俺はふと違和感を覚える。なにやら、皇の装いがいつもと違う気がする。
そして、その違和感の元凶に気づく。
「その髪留め、どうしたんだ?」
「え?」
そう――髪留めだ。皇の前髪に、クマがモチーフの髪留めがあった。なかなかにファンシーな髪留めで、王子様などと学校でもてはやされている人物が、身に着けるものには見えないだろう。
皇のことを男子だと思っている学校の連中が見たら、目を丸くして驚きそうなものだ。しかし、皇尊が本当は女子であり、こういった”可愛いもの”が好きであると知っている俺からすれば、特別驚くこともない。
だが、俺は驚いた。他でもないあの皇が、そんな可愛いものを”身に着けることができる”という点に。
「えっと、どこか変かい? 前髪が邪魔だと思った時なんか、よくこうして留めてるんだけど」
「変じゃない」
「そう? なんだか驚いてるみたいだけど?」
「いや……ただ、それができるんだったら、そういうところから女の子っぽい格好ができるんじゃないか?」
皇は過去のトラウマから、スカートなどのいわゆる”女の子っぽい”を連想させるような装いをすると、フラッシュバックで嘔吐してしまう。
今、彼女はそのトラウマを克服しようと、コツコツと女の子っぽい格好にチャレンジしている最中なのだ。
「…あ、たしかに!」
「アクセサリー類が大丈夫なら、候補は多いんじゃないか?」
「うん!」
「買い物に行くなら付き合うぞ」
「いいのかい?」
「約束しただろ。お前のトラウマを克服する協力してやるって」
「…手綱くん。ありがとう」
「っと、話が逸れたな。そろそろ本題に入っていいか?」
「うん、どうぞ」
俺は先刻、重縄司を名乗る女子生徒に絡まれ、「ひどい目に遭わせる!」という脅迫を受けたことを、皇に話した。
俺の話を聞いて皇は、苦虫を噛み潰したかのような渋面で、額に手を当てる。
「彼女は……前の学校の後輩なんだ……」
「それは聞いたが……もしかしてなんだが、あの子は以前話してた恋愛的にお前のことが好きだったいう……」
「うん。手綱くんの想像している通りだよ」
「本当にモテる王子様は辛いなぁ」
「他人事みたいに言うのやめてくれるかな!?」
「他人事だしな」
首を竦めて、「俺関係ない」とアピールする。皇はそのアピールにたいして、首を横に振った。
「そうは言えないよ。彼女、ちょっと嫉妬深いというか……なんというか……」
「なんだ? 歯切れが悪いな。はっきり言えよ」
「……ボクのストーカーなんだよ」
「あぁー……」
そういえば、本人も言ってたなぁ。
ここしばらく、皇をストーキングしていたとか、さらっと。
「あの子は、自分がボクにとって一番でありたいと思っている。それが、恋人だろうが、友達だろうが、親しそうにしていれば……」
「嫉妬で怒り狂うバーサーカーになるわけか……」
「君に脅迫してきたのが、いい証拠だよ」
なるほど、これまた厄介なことだ。
「なあ、もしもなんだが。そんなやつに、お前が本当は女だってバレたら、どうなるんだ?」
「……分からない。騙していたことに怒り狂うのか、案外受け入れてくれるのか」
「怒り狂ってなにかする可能性があるなら、やっぱバレない方が無難か」
「だね」
となると、今回も早急に手を打って、なんとかしてやらないといけないわけか。
「とにかく、気を付けてね? あの子、頭がおかしいから」
「まあ、なんとかなるだろ」
「楽観的だなぁ……」
※
数日後。俺は、自分の考えが甘かったことを悟った。
「じー」
「……」
見られている。学校を出てからずっと、物陰に隠れながら俺の後をつけている人物がいる。
「じー」
重縄司だ。例の脅迫から今日までずっと、彼女は俺のことを付け回している。楽観的に、「まあ大丈夫だろ」と思っていたのだが、これは怖い。
単純に後ろをつけられているのも怖い。さらに、なにをしてくるのか、なにを考えているのか、いつ襲ってくるのか。そういう小さな”分からない”が寄り集まって、俺は今とても恐怖を覚えている。
たとえるなら、ホラーゲームとかお化け屋敷に近いかもしれない。あの手のエンタメは、怖がらせてくるのが分かっているのに怖いものだ。それは、いつ来るか分からず、常に身構えなければならない緊張感ゆえだろう。
ゲーム内でなにをされようが、現実の自分に害が及ぶ可能性は、限りなくゼロだろう。驚きのあまり心肺停止とかしなければ。
「はぁ……」
が、これは現実。なにもしなければ、実害が出る。
ならば、こちらから先に動いておくべきか。
「おい、重縄」
「ささっ」
あいつ、俺に名前を呼ばれてから、電柱の陰に隠れた。まだ見つかっていないとでも思っているのだろうか。思いきり、体が電柱からはみ出しているのだが。
というか、目も合ってるし。
「なにしてるんだ? そんなところで」
「ストーキングですが、なにか?」
「ずいぶんと堂々としたストーカーだな……」
「よく気づきましたね。この私の完璧なストーキングに」
「……」
ボケているのだろうか。あえて、ツッコミは入れないが。
「いつ皇から俺に乗り換えたんだ?」
「……」
「分かった。俺が悪かった。謝るから、その懐から取り出したスタンガンをしまえ」
怖い。なんでそんなものを持っているのだろうか。
「お前を気絶させる用――げふんげふんっ。自衛用ですが?」
怖い。俺を気絶させるためだけに、スタンガンを用意していることよりも、俺の思考を読んできたことが怖い。
「ふんっ。お前如きが考えていることなんて、全部分かるんですよ」
「じゃあ、今俺が考えていることは?」
「『よく見たらこの子めっちゃ可愛くね?』でしょう? ふふん」
怖い。ドヤ顔で的外れなことを言っている上に、自意識過剰だ。
「でも、ごめんなさい。私、皇先輩一筋なので」
怖い。告白もしてないのに振られてしまった。なんかショック。
閑話休題。
「それで? 結局、なんで俺をストーキングしているんだ?」
「お前の弱みを握って、無理矢理にでも皇先輩から離れさせるためですよ。私に喧嘩を売ったことを後悔させてあげますよ……ふふふふふ」
「こっわ」
そんなこんなで、俺は重縄に四六時中ストーキングされた。朝から晩まである。この後輩、学校とかないのだろうかと思ったら、「出席日数よりもボクのことが最優先な子だから」と皇が言っていた。
「やばいやつじゃん……」
俺はドン引きした。
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