第36話 全部ボクのせいにしていいから

 皇を保健室の先生に任せ、その場を後にする。去り際、皇から「全部ボクのせいにしていいから」と言われた。それが、どういう意味で、俺にどうして欲しいかは、言われなくても分かった。


 保健室から出ると、廊下の窓際の壁に背を預けていた姫金と目があった。姫金は「あ」と小さく声を漏らし、しばらく所在なさげに視線を彷徨わせる。それから、「あのさ」とおもむろに口を開いた。


「皇くんの噂……本当なの?」

「噂?」

「……皇くんが、実は女の子だって」

「もうそんな噂が流れてるのか」


 ついさっきの出来事なのだが。


「姫金はどう思う」

「ど、どうって……さっき皇くんは、女子の制服を着てたし……胸もあったし……」

「女装男子かもしれないだろ」

「はっ!? なるほど! そういうことだったの!?」

「まあ、違うけど」

「……」


 姫金がジト目で「ふざける場面じゃないのが、お分かりじゃない?」と、明らかな怒りを露わにしてきた。

 俺は肩を竦めて「悪かった」と謝罪してから続ける。


「姫金が思ってる通りだ」

「……ということは、皇くんは……”くん”じゃなくて、”ちゃん”なの?」

「その通りだ。俺は、お前が皇のことを好きって知ってて、あえて黙っていたんだ」

「……」

「一応、言っておくが、この件で俺は謝らないからな。俺は最初から、絶対に脈なしだって、はっきりお前に言っていたんだから。責められる筋合いはないぞ」

「〇ねカス」

「そこまで言う?」


 さすがに、ちょこっとだけ傷ついたぞ……。


「今、自分に怒りの矛先を向けようとしたでしょ」

「……」

「なんでそんなことするの。あたしが、騙されたと思って、皇くん――皇ちゃんを責めるって、そう思ったの?」

「思った」

「むしろ、そう思われてたことに怒るよ! あと、即答すな?」

「悪い」

「……」

「……」


 姫金はしばしの沈黙の後、「ごめん」と一言だけ言い残し、その場を立ち去った。去り際の姫金の顔は、どこかショックを受けているようだった。


「……まあ、そりゃあショックは受けるよな。好きだった相手に、秘密にされていたわけだしな」


 だけど、心のどこかで姫金なら、あっさりと受け入れてくれる――そんな淡い期待があったのだが、さすがにそこまで現実は優しくなかった。


 皇尊にどんな事情があるにせよ――騙していた事実は変わらないのだ。


「俺にできることは……なにかあるのだろうか」


 ふと、そのタイミングでスマホが震えた。ポケットから取り出して、画面を見てみると、重縄司からメッセージが飛んできていた。


『皇先輩が実は女の子だったという噂が流れているようですが、事実ですか?』


 1番やばいやつに知られちゃった! どうしよう!

 というか、はやすぎだろ。こいつ学校も違うのに、一体どうやって知ったんだ?


 いや、あいつは激やばストーカー女だからな。独自の情報網を持っていても、なんら不思議ではないか。


「……」


 数秒ほど悩んで、俺はありのままを重縄に伝えることにした。そうして、俺がメッセージを送ると、重縄から帰ってきたメッセージは「そうですか」の一言のみであった。


「……それだけ?」


 正直、あいつの行動はまったく読めない。真実を知って怒り狂うか、案外性別とか気にしないのかもしれないとか。そもそも、激やばストーカー女の思考を、完全に読み切るとか不可能か。


「はぁ……これからどうなることやら」


 だが、どういう状況になろうとも、俺は必ず皇を守ってみせる。それが、皇拓海への恩返しだから。

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