第37話 じゃあな

「えっと……お、おはよう」

「あ! おはよう! 皇く――じゃなかった! 皇ちゃん!」


 あれから皇は女子の制服を着て、学校に通っている。実は王子様が女の子だったということで、一時期は学校中の女子たちが教室まで押し掛けてきて、涙を流していた。


 しかし、しばらくすると、「これはこれであり!」と案外あっさり受け入れられた。というのも、スカートをはいたところで、皇尊がイケメンであることに変わりがなかったからだ。それで女子たちは「顔がよければすべてよし」という感じ受け入れた。


 こうして、思いのほか早々に騒ぎが落ち着いたのである。


「皇ちゃん! 今日の放課後、一緒に帰ろうよ~!」

「あはは、ごめん、今日は約束があって……」

「ええ~?」


 女子人気はいまだ健在。


「なあ、手綱……皇……めっちゃ美人だよな……」

「そーだな」

「……俺、好きになっちゃったかも」


 その上、冴島を含めた男子たちまで、皇に注目するようになった。まあ、あのルックスだし、当然といえば当然だが。


 ただ、中には「ぜんぜん女らしくねぇじゃん」とかのたまう男子もいたが……。


「女らしくないってなに?」

「え?」

「らしさってなに? どうだったら女らしいの?」

「え?」

「というか、そういう考え方古くない? ないわ~」

「え、あ、え」

「そういうの差別じゃない? SNSに晒して炎上させたろか?」

「あ……すみません……」


 とまあ、こんな具合で、下手なことをのたまった男子は、複数人の女子に詰められ、最終的には泣いてしまった。

 強く生きろよ、アーメン。


 そんなこんなで、皇は絶賛話題の中心人物として、学校でとても注目されている。


「なあなあ、手綱」

「なんだよ、冴島」

「お前、皇と仲良かったよな? もしかして、女の子だって知ってたのか?」

「そうだな」

「ふーん? ぶっちゃけ……付き合ってたりすんの?」

「いいや」

「そっかー」

「……冴島、本気で皇を狙うつもりなのか?」

「なんかいける気がするんだよ」

「どこから来るんだ、その自信」


 その後、冴島が皇に話しかけようとしたところ、皇を囲んでいた女子たちに詰められ泣き出してしまった。

 ああ……2人目の犠牲者が。


「まったく男どもは!」

「女の子と見るや否や、いやらしい目で皇ちゃんを見るんだから!」

「安心して皇ちゃん! うちらが守るから!」


 もはや、皇ちゃん親衛隊である。当の本人も、「あはは……」と困った笑みを浮かべていた。

 ふと、視線に気づいて教室の入り口に目を向けると、そこに姫金が立っていた。一瞬、俺と目が合ったが、すぐに目をそらしてどこかへ行ってしまった。


「……はぁ」


 またこれか。

 どうにも先日の一件から、俺は――いや、俺と皇は姫金に避けられているっぽい。


 廊下で鉢合わせになっても、俺たちに気づくと颯爽と踵を返して逃げるし。声をかけて、なんとか話をしようと試みても……。


「あ、あはは……そうだ! あたし、用事あるから!」


 と、すぐに逃げる。あきらかに避けられている。これには皇も「しょぼーん」と顔文字みたいな顔になって落ち込んでいた。


「まあ……騙していたのはボクなんだし、仕方ないんだけどね」

「……皇」

「でも、こうなっちゃうのは……少し悲しいな」

「……まあ、そうだな」


 その上、姫金以外にも俺たちを避ける人物が1人いる。

 放課後、俺と皇が並んで帰路を歩いていると、決まって現れるその人物――。


「重縄、いるだろ?」


 カーブミラーに映り込む悪魔――重縄司だ。

 今日も電柱に隠れて、俺と皇をストーキングしていたらしい。俺に声をかけられると、「あ」と電柱から姿を現し、「すみませんでした!」と走り去ってしまった。


「あ、おい!」


 追いかけようとしたが、ストーカーだけあって逃げ足が速かった。


「また逃げられたな」

「そうだね」


 姫金に続き、重縄もここ数日あんな調子なのだ。相変わらずストーキングは続けているのだが、気づかれるとすぐに逃げてしまう。

 俺としてはちゃんと話をして、重縄がなにを考えているのか把握しておきたかったのだが――この調子では話どころじゃない。


 皇もここ数日はいつものバス通学ではなく、徒歩で俺に付き合ってもらっている。初めは重縄の危険性を考えて、「俺1人で話をする」と言ったのだが、「これはボクが撒いた種だから」と皇が譲らなかった。


「なんとか司ちゃんと話ができればと思ったんだけどね……」


 そう言った皇の横顔は、やはり寂しそうだった。


「まあ、まだチャンスはあるだろう。気長に行こう」

「君は呑気だなぁ」

「まあな。ところで、体の調子はどうなんだ?」

「うん……だいぶスカートをはくのに慣れてきたかも。吐き気とかは、もうしないかな」

「それはなにより」


 女子の制服で通えるようになったとはいえ、トラウマが消えたわけじゃない。それで、皇は度々体調を崩していた。だが、この機会を逃せば、もう二度とスカートがはけないと考えた皇は、無理矢理スカートでの登校を続けた。


 そのかいもあって、普通にスカートをはいて生活ができるようになったわけである。


「トラウマ克服か。頑張ったな」

「君のおかげだよ。君がいてくれたから……ボクはボク自身を取り戻せたんだ」

「まったくその通りだ」

「こういう時、謙遜しないのが君だよね」

「いい機会だし、”ボク”って一人称も変えてみたらどうだ? それも拓海の影を追っていた時の一人称だろ?」

「それは、そうだけど……」

「自分の名前を一人称にしてみようぜ。『ミコト、お腹空いちゃった~』みたいな感じで」

「バカにしてるのかい? ……ボクとして、このままでいいかなって思ってる」

「なんだ? 変えたくない理由でもあるのか?」

「……ボクっ娘じゃなくなったら、キャラが薄くなるような気がするんだよ!」

「なにを気にしてるんだ、お前は」

「重要なことだよ! ボクっ娘じゃないボクは、ボクじゃない! アイデンティティの崩壊だよ!」

「ボクっ娘属性にそこまでの思い入れがあったのか」

「まあ、そこまでじゃないけど」

「今の会話の流れ必要あった?」

「手綱くんは……なにがいい……?」

「だから、自分の名前をだなぁ」

「それ以外で!」


 そんなこと言われても。


「無難に、私とか、うちとか、あたしとか、そういうのはどうだ?」

「私……」

「あーなんかしっくり来ないから、ボクでいいや」


 皇が「なんだこいつ」と、俺をジト目で見てきた。


「分かったよ。じゃあ、これまで通りボクは”ボク”だ」

「やっぱ、そっちの方がしっくりするわ」

「実はボクも」


 そんなくだらない会話をしているうちに、お互いの家の前まで来てしまった。

 皇は自分の家を見上げ、しばらく沈黙した。さよならがないということは、まだなにか話したいことがあるのだろう。そう思って、俺も自分の家を見上げた。


 やがて、皇が「明日は……」と呟く。


「2人と……仲直り……できるかな」

「分からん」

「……そうだよね。ボクが、2人を騙していたんだから。怒って当然だ……謝って済む問題じゃない……よね」

「そこまで自分を追い詰めるな。お前はたしかに、2人に黙っていたことがあった。でも、それは仕方のないことだろ? 人には、1つや2つ秘密があるもんだ。気にすることじゃない」

「でもさ……」

「……」


 皇尊がこういうやつだってのは分かっている。だけど、そうやって自分を責める生き方は、心を摩耗させ、やがて擦り切れて壊れるだけだ。


 俺はそんな皇を見たくはない。


「……じゃあな」

「あ……」


 まだなにか言いたげだった皇に背を向けて、俺は自分の家の玄関を開いた。

 

 3人を仲直りさせる。


 そう心に誓いながら。

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