第38話 あたしたちは敵になる

「あのさ、手綱くん?」

「なんだ」

「これ……なに?」

「……なんだろうな」


 単刀直入に現在の状況を説明すると、俺は姫金若菜を壁ドンしていた。男が壁に手をついて、女の子を壁際に追い詰める――アニメや漫画で見られる例のシーンだ。


 事の経緯としては……。


 姫金に声をかける→適当な理由をつけて逃げられる→追いかける→袋小路に追い詰める→逃げられないように壁に追い詰める→今ここ!


 まあ、ざっくりとした流れはこんな感じである。

 意図的にこんな状況を作り上げたわけじゃない。だから姫金よ。そんな痛い人を見る目で俺を見るな。


「手綱くんって、アニメとか漫画の影響受ける人だよね。でも、リアルでこういうのはちょっと……」

「故意じゃないんだよなぁ」


 閑話休題。


「あのさ……離れてよ」

「離れたら、また逃げるだろ」

「別に、逃げてないし」

「嘘をつくな。俺が話しかけた途端、踵を返して、全力疾走してたじゃねぇか」

「うう……」

「意外と足が速くて驚いたが、逃げてる最中に前髪を気にするなんてバカなことをしなければ、俺から逃げきれたかもしれないな」

「おでこ見られるよりは捕まった方がマシなんだもん!」

「どんだけおでこ見られたくないんだよ……」


 よし、今度見てやろう。


「じゃ、じゃあ、せめて場所を変えるとか……」

「ダメだ」

「で、でも……こんなところ誰かに見られたら……」

「ここは西校舎1階の階段脇にある謎通路。奥まった場所にあるから、目立たないし大丈夫だろ。それに、今はお昼だ。ここを通るやつは少ない」


 そう言ったタイミングで、ちょうど俺の背後を2人の女子生徒が通過。なにをしていると勘違いしたのか、「し、失礼しましたぁ!」と慌てたようすで走り去っていった。


「……」

「んーーーー」


 姫金からのジト目が痛い。まあ、それはともかくとしてだ。


「話をしよう」

「……」

「皇のこと、黙ってたのは悪かったと思ってる。それについてお前が怒るのも仕方ないことだ」

「……」

「だけど、お前が皇に秘密を話してもらえるほど、信頼を得られなかったのも事実! つまり、お前の怒りは筋違いだとは思わないか?」

「手綱くんは、あたしを怒らせたいわけ?」

「違うけど」


 姫金はため息を吐いて「分かってる」と、顔を俯かせる。


「そこは、ちゃんと分かってる。あたしは、本当のことを話してもらえるほど……信頼が得られなかった。だから、騙されたとか……別に思ってなし、怒ってもいないよ」

「じゃあ、なんで避けてるんだ?」

「……だって、皇ちゃんが女の子だったらさ……今までの行動から考えて、確実に手綱くんのことがっ……その」

「俺がなんだ? 歯切れが悪いな」

「いや、ちょっと……これはあくまでもあたしの憶測っていうか。確証がなくて……」

「???」


 なにやら姫金の中で引っかかっているものがあるらしい。


「なんだかよく分からないが、それが皇を避ける理由か?」

「それも……あるかな。もし皇ちゃんが、手綱くんのことを……だとしたら、あたしはどうすればいいのかなって」

「それ”も”ってことは、他にもあるのか?」

「えっと、その……あたし、皇ちゃんのことを聞いて、まったくショックを受けていなかったというか……むしろ、ショックを受けなかった自分にショックを受けたというか……」

「はあ?」

「……あたし、とっくに皇ちゃんよりも手綱くんのことを……あの……その……」

「お前、さっきから要領を得ない言い方ばっかりしやがって。結局、俺にはどういうことかさっぱり分からんぞ」

「ご、ごめん。でも、手綱くんにはちょっと言えないかも……」

「なんでだよ」

「な、なんでも!」

「それじゃあ困るんだが」

「ど、どうして困るの?」

「俺は皇や姫金、それに重縄の3人に仲直りしてもらいたいんだよ」

「……あたしたちに?」

「せっかく仲良くなってきたってのに、ギスギスするなんてなんかいやだろ?」

「……あたしだってそれはいやだよ」

「だから、仲直りの機会が欲しいんだよ。お前が不満に思っていることを話して欲しい。じゃないと、俺はどうすればいいか分からない」

「だ、だから、手綱くんには話せないって!」

「それじゃ俺が困るんだってば」

「わ、分かった! じゃあ……あ、あたしから皇ちゃんと話をするから! それでいいでしょう……?」

「本当か?」

「うん……もう逃げてばっかりじゃ、いけないと思うし」

「そうか。まあ、仲直りしてくれるんなら、俺から言うことはないが」

「でも……もしかしたら、血で血を洗う戦いに発展するかも」

「え?」


 どういうこと?


「もう……友達には戻れない……よね。多分、あたしたちは敵になる」

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