第39話 おやすみ……白くん

 姫金が皇と話をしてくれるというので、残るはもう1人。


「じー」


 電柱の後ろに隠れて俺をじっと見ているカーブミラーの悪魔こと――重縄司だ。俺は重縄がいることをカーブミラーでしっかり確認。そして、おもむろに踵を返して、重縄のいる電柱に歩み寄る。


「重縄。ちょっと話をしないか」

「……」

「ん、今日は逃げないんだな?」

「……まあ、皇先輩がいないので」

「お前……そんなに皇のことで怒ってるか」

「はい?」

「え?」


 重縄は「なんのことです?」と首を傾げる。


「いや……だから、皇が性別を隠していたことで怒ってるから、皇を避けてるんじゃないのか?」

「違いますけど」

「あれっ」


 それから道端で話し込むのもなんだと思い、俺たちは近所の公園に立ち寄った。俺がブランコに座ると、重縄も隣のブランコに腰を降ろす。それから、金属の軋む音を立てながら、ブランコを前後に揺らし始めた。


「なるほど。ようするに、手綱先輩は私が騙されていたことに怒っているんじゃないか。そう考えていたわけですね」

「そうだ」

「別に怒っていませんよ。そもそも、私は皇先輩を好きになったのであって、皇先輩が女性だろうが、男性だろうが、私にとっては些末な問題です」

「どっちでも変わらないってことか?」

「はい。とはいえ、以前の私なら、秘密にされていたことそのものに怒ったのでしょうが」

「じゃあ、今は?」

「皇先輩に事情を話してもらえるほど、信頼を得られなかった自分が悪い。そう思います」

「……お前、なんか変わったな」

「手綱先輩に言われたことが、結構効いてるんですよ。私は自分の感情を抑えられず、自分の感情に振り回されてばかりいた……その結果、皇先輩に振られてしまいました」

「そうだな」

「今度もそうやって、自分の感情に振り回されて、また同じことを続けるなんて……ごめんです。だから、私は変わりたいんです」

「ぐすん」

「え」

「ぐすんぐすんぐすん」

「なんで手綱先輩、突然泣き出したんですか!?」

「成長したなぁ……と思って……ぐすん」

「誰目線なんですか」

「親目線」

「手綱先輩が親だったら子供が可哀想なので子作りしないでください」

「俺にも少子高齢化社会をどうにかするために、貢献させて欲しいんだが」

「ただやりたいだけでしょう、先輩の場合は」


 失敬な。そんなわけがないだろ。


「で? 怒ってるわけじゃないなら、なんで余所余所しいんだ?」

「それは……多分、皇先輩が手綱先輩のことを好きだからですけど」

「……は?」

「だから、2人が一緒にいる時は、あまり邪魔をしないようにと思いまして。本当はストーキングもやめるべきなんでしょうが……しかし、並んで歩く2人を後ろから眺めるのもなかなか……」

「いやいやいやいや、ちょっと待て」

「はい。ちょっと待ちました」

「皇が俺のこと好きって、どこ情報なんだよ?」

「見ていれば普通に分かりますよ。実際、私はそうだと思って、手綱先輩を目の敵にしていたわけですし」

「……」


 え? そうだったの?


「皇先輩が手綱先輩を見ていた目を見れば一目瞭然です。まあ、友達だと手綱先輩に言われましたし、男性同士だったので、友達をそういう目で見ても不思議じゃないかなと」

「男の友達にそういう目は向けないだろ……」

「え? そうなんですか? しかし、私が読んでいる小説で、男の友情といえば……」

「こいつ腐ってやがる」


 属性盛りすぎだろ。引き算覚えようぜ。


「しかし、皇先輩が女性であるなら、手綱先輩に向けていた目が恋愛感情だとはっきり分かりました。おそらく。多分。絶対に」

「確証ないじゃん」

「ですが、当たっていると思います。皇先輩は、絶対に手綱先輩のことが好きなはずです。おそらく。多分。絶対に」

「……いや。いやいやいや……マジで?」

「マジです」

「……」

「気になるなら、本人に直接聞いてみればいいんじゃないですか?」

「どう聞けと」

「普通に聞けばいいじゃないですか。手綱先輩なら、余裕ですよね?」

「お前、俺をなんだと思ってる」


 とにかく、どうやら重縄が皇にたいして怒っていないことは分かった。俺は公園で重縄と別れた後、皇にそのことを報告しようといつもの場所に呼び出した。


「こんばんは、手綱くん」

「……」

「あれ? 手綱くん?」


 どうしよう。いつも皇と話している窓辺の景色が、今日はなんだか華やいで見える。


「ん?」


 ゆったりとした部屋着で小首をかしげるさまは、いつもの王子様然としたようすとは異なっていた。


「手綱くん? どうかした?」

「あ、ああ……いや、悪い」


 まともに皇を見られない。重縄が変なことを言うなら、変に意識してしまう。俺は深呼吸して、なんとか平静を装いつつも、今日あった出来事を皇に報告した。


「なるほど……そっか」

「まあ、そんなわけでだ。明日にでも、姫金と話をしてみろよ」

「うん……ありがとう、手綱くん。またボクのために、いろいろしてくれて」

「気にするな」

「気にするよ。ボク、これだけいろいろしてもらってるのに、なにも返せてない。なにかお礼をさせて欲しいな」

「いやいや、いらないって。そもそも、俺のこれは恩返しなんだ」

「それじゃボクの気が収まらない」

「頑固なやつだなぁ」

「手綱くん。なにか困ったことがあったら、なんでも言って欲しい。友人として……ボクが必ず力になるから」

「……友人として」

「???」


 うーむ……どっちなんだこれは。

 重縄が正しいのか、それとも……。それに、もしも皇が本当に俺のことを好きだったら、俺はどうすればいいんだ?


「……」


 分からん。


「手綱くん……?」

「あ、ああ……悪い」

「さっきからようすが変だよ? 体調悪いのかな?」

「……そうかもな。悪いけど、今日はもうお開きにしよう」

「うん。お大事にね」

「おう」


 そして、俺はカーテンを閉めた。


「おやすみ……白くん」

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