第35話 お前のスカート姿、似合ってるぞ
はやくなんとかしなければ――皇のためにも。
そう思っていたのだが、俺が考えていたよりも遥かに、皇の行動ははやかった。まるでピンチの時に、颯爽と駆けつける白馬の王子様がごとく。
「お、おはよう……」
俺の「女子トイレにトイレットペーパー配達事件」から翌日のこと。今日は、昨日よりもさらに過激なことでもされるんだろうかと身構えつつ、教室に登校。
冴島の「おっすー」という呑気な挨拶と裏腹に、クラスメイトたちから突き刺さる視線が痛い。そんな居心地の悪い空気の中で現れたのが――。
「す、皇……?」
皇尊であった。
彼女が教室に現れると、教室中の視線が一瞬彼女に向けられる。それから再び俺に目を向けようとして――クラスメイトたちは、途中で方向転換。もう1度、皇を見る。見事な2度見だ。
だが、その反応も無理はない。なぜなら、あの学校の王子様が”スカート”をはいているのだから。思わず2度見もしてしまう。
「ちょ……ええええええ!? す、皇くん!?」
「ど、どうしたの!? その格好!?」
「じょ、女子の制服だよね……?」
1人の女子生徒を皮切りに、みんな皇に質問を雨を浴びさせる。皇はその中で、「ふう」と息を吐くと、「みんなに聞いて欲しいことがある」と教壇の上に立つ。
「見ての通り、ボクは女なんだ」
そうして、皇は話し始めた。自分のトラウマこと。スカートがはけなくなったこと。そして、俺が女子トイレに入った理由。
皇のカリスマ性だろうか。彼女が話している間、誰も口を挟まなかったし、誰もが彼女の話に耳を傾けていた。そして、彼女が話を終える頃には、教室中に渦巻いていた俺への敵意や悪意といった感情が、完全に霧散していた。
というか、もはや俺の存在が忘れ去られていた。
「皇くん……いや、皇ちゃんも苦労してたんだね……!」
「なにかあったら言ってね! 力になるから!」
「……これはこれであり」
1人だけなんか変なやつがいたが――ともかく。皇の話は受け入れてもらえたようだ。これもひとえに、皇尊のカリスマがなせる業といったところか。
話を終えた皇は、少し不安そうにしていたが、クラスメイトたちの反応を見て安堵したのか、その場でへたり込んでしまった。
「皇!」
思わず皇のもとに駆け付けると、顔は真っ青で、脚もぷるぷると震えていた。
「お前……よくそんな状態で」
「あ、あはは……」
「……」
本当はこうなる前に、俺がなんとかしなければならなかったのに。
皇尊に助けられた――その事実が、俺の心に罪悪感を植え付けた。
「大丈夫なのか? その……いろいろ」
「ああ、うん……大丈夫だとも。君が言った通り、ボクは拓海兄さんの影を追っている。そして、拓海兄さんなら君を助けるために、スカートをはく必要があれば、スカートをはく。そう思って、今ならはけるかなって。そうしたら、ちゃんとはけたよ。えへへ」
「えへへ、じゃねぇだろ。それは、結局今までの変わらない。皇尊じゃなくて、皇拓海がスカートをはいただけじゃねぇか……」
「そうだね……でも、はけただけでも、ボクは十分嬉しいよ」
「……」
なにが嬉しいだ。こんな大勢の前で、自分のトラウマほじくり返して。俺はひとまず、皇を保健室まで連れて行こうと思って、彼女を抱きかかえる。すると、皇が「またぁ!?」と真っ青だった顔色を赤くした。
「おい、大丈夫か? お前、赤と青が混ざって顔色が紫になってるぞ」
「だ、誰のせいだと思ってるんだい!? こ、こんな……またお姫様抱っことか……」
「いいから、黙ってろ。今にもぶっ倒れそうなんだろ?」
皇はしばらく腕の中で、あわあわとしていたが、やがて諦めたのか大人しくなった。俺はなにやら黄色い声援をあげているクラスメイトたちを放り、皇を連れて保健室へ向かう。
その際、廊下ですれ違った生徒たちに、3度見されたが今は仕方がない。
「……また、君にこうやって運んでもらえるなんてね」
「不満だろうが、我慢してくれ」
「不満なんかじゃ……ないよ?」
「そうか? 俺、お姫様抱っこ上手いのかな」
「そういう意味じゃないよ。むしろ下手だよ。縦揺れがひどくて吐きそうだよ」
「それはスカートが原因なんじゃ……ああ、そういえば」
「うん? どうかした?」
「お前のスカート姿、似合ってるぞ」
「――」
「でも、もうこんな無理するなよ。体はなんともなくても、心の傷ってのはそう簡単には治らないんだぞ」
「……そ、そもそも、ボクの不注意が原因で、君に迷惑をかけちゃったんだから。こ、これくらいは……当然だよ」
「はぁ……ったく」
こいつは拓海とか関係なしに、根っから王子様気質なのかもしれないな。
「え」
その時、聞き慣れた声が聞こえた。思わず振り返ると、そこには姫金若菜が俺と皇を交互に見て、「え? あ、え?」と困惑していた。
「あ」
しまった。今一番、会うとややこしくなるやつと会ってしまった。
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