第34話 私、先輩のこと好きになれそうです!

「とぼとぼ」


 学校からの帰り道。俺は夕暮れ時の土手を、「とぼとぼ」と言いながら歩いていた。特に意味はない。だが、あえて意味を見出すならば、俺の現在の精神状態を「とぼとぼ」という擬音で表わしている――というところか。


「明日からどうすっかなぁ」


 このままだと皇が責任を感じて、なにかしでかす可能性がある。なんなら、もうやろうとしている可能性もあるか?


 だが、皇を矢面に立たせるわけにはいかない。あくまでも、俺が皇を助ける立場なのだ。その俺が助けられるわけにはいかない。そうでなければ、皇拓海への恩返しにならない。少なくとも、俺はそう考えている。


「なんとか自分で切り抜けないとな」


 ひとまず、奥田先生に相談してみるか?

 こういう時、学校ってのは腰が重いものだが、あの先生は信頼できる。


「あとは姫金にも頼らせてもらうか?」


 さっきは「かっこ悪いから」と頑なに拒んでみたものの、正直申し出はありがたい。姫金の影響力を考えれば、彼女の助力は心強い。だが、1歩間違えれば、姫金が「女子トイレに入った変態を擁護している」と思われかねないのが問題か。


 いくら姫金に人望があるとはいえ、その可能性がある以上は、手を貸してもらうわけにはいかない……か?


「にっちもさっちも行かないもんだ」


 この手の話題で、まず指摘されることは「どうして誰にも相談しないのか」というものがある。俺にも正直分からなかったが、なるほど――周りを頼れないからなんだな。


 それは頼れる人がいないのか、もしくは頼ったら迷惑をかけてしまうからか。どっちにしても、それは当事者にしか分からないことだろう。


「また1つ、いい勉強になったな」


 まあ、問題解決の糸口は見つかってないんだが。


「はぁあぁぁぁぁあぁぁぁあ」

「先輩」

「ん?」


 聞き馴染みのある声が聞こえたので振り返ると、案の定というべきか。重縄司が、俺の背後に立っていた。


「お前、気配もなく人の背後に立つなよ」

「ストーキングの基本は気配を消すことですよ? なにを言ってるんですか、手綱先輩」

「お前がなにを言ってんだよ」


 忍者の家系かなんかかよ。


「で? なんか用か? 珍しいじゃないか、話しかけてくるなんて」

「なにやら背中に哀愁が漂っていたので、なにか学校であったのかと思いまして」

「そんなことが分かるのか?」

「はい。私くらいのプロストーカーにもなれば」

「自慢することじゃないからな」

「ほら、さっさと話してください」

「……一応、俺を気にかけてくれてるってことでいいのか?」

「まあ、お世話にはなりましたから……元気がなかったら、話くらいは聞いてあげますよ。話したくないなら、別に構いませんが」

「じゃあ、いいや」

「え」


 重縄が「そ、そうですか……」と、しゅんとしてしまった。そんな重縄を見て、ちょっとだけ気分がよくなってしまった。俺は、Sなのかもしれない。


「重縄、俺を恨んでるはずだろ? そのお前が、どうして俺を心配するんだ? どんな裏がある?」

「手綱先輩、私に言いましたよね」

「なにを?」

「好きになってもらう努力もしてない癖に……とか」

「ああ、お前が告白する前な」


 あの時もスッキリしたなぁ……やっぱり俺って、Sなのか……?


「だから……まあ、その反省を活かしてるわけです」

「は?」

「だから! 手綱先輩と仲良くなるために、先輩の悩みを聞こうとしてるんですよ!」

「……いや、いやいや。お前、俺のこと嫌いだろ。なんで仲良くなりたいんだ? なに? 俺のこと好きなの?」

「嫌いです」

「だよな」

「でも……それだけじゃないんです」

「ん?」

「私は……皇先輩に想いを告げる機会をくれた手綱先輩に、すごく感謝しているんです」

「そうなのか?」

「はい。私は重くて、面倒くさい女です」

「そうだな」

「その私の面倒くさい部分が、手綱先輩の背中を刺せと訴えかけています」

「こわっ」

「でも、そうじゃない私が、手綱先輩と仲良くなりたいと……そう思っているのも事実です」

「なんかよく分からないな。二重人格みたいなもんか?」

「そんなようなものです」

「怖いなぁ……」

「私も自分が自分で怖いですよ。まあ、とにかくですね……私は私を受け入れてくれた手綱先輩のことが、好きになりたい……のだと思います。少なくても、私のためになにかをしてくれた先輩を、嫌いなままでいたくないとは思っています。だから、私が手綱先輩のことを好きになるために……こうして歩み寄ろうとしているわけです。分かりました?」

「分からんわ」


 こいつの心情は、あまりにも複雑すぎるところがある。

 とはいえ、重縄の立場からすれば、今まで自分を受け入れてくれた人間が、そもそも少なかったことだろう。そんな数少ない自分を受け入れてくれた相手を、嫌いになるよりも、好きになりたいと思うのは――分からなくもない。


 よくも悪くも重縄にとっては、世界で数えられる程度しかいない理解者だから。


「分かったよ……俺の話、聞いてくれるか?」

「は、はい! 相槌なら任せてください!」

「あ、本当に話を聞いてくれるだけなんだ……」


 そんなこんなで、俺は重縄に学校で干されている話を、皇のことは伏せつつ掻い摘んで話した。


「まあ、そんなわけでだ。女子トイレに入った俺は現在、学校中の女子たちから袋叩きにあっているわけだ」

「……」


 おや? 重縄からなにやら熱い視線を向けられているぞ?


「きらきら」


 しかも、重縄の目がキラキラしている。それはまるで――同族を見ているかのような、親愛のこもった目だった。


「同類ですね」

「違う」


 嬉しそうにするな。


「しかし、女子トイレに入るような変態の先輩と、好きになった相手をストーキングする変態の私……ほら?」

「ほら、じゃねぇよ。一緒にするな」

「先輩も変態仲間……私、先輩のこと好きになれそうです!」

「遺憾だ」


 俺は項垂れた。

 重縄が、今まで一番嬉しそうな顔で俺を見ている。完全に、同族と認識されたっぽい。最悪だ。


「そういえば姫金先輩と付き合ってるんですよね?」

「え? あ、ああ……そうそう。うん、そうだがなにか?」


 危ない。忘れていた。そういえば、そんな設定もあったな。重縄が皇に振られた今、必要な設定じゃない気もするが……念のためまだ嘘をついておこう。


「ふーん……そうですか」

「な、なんだよ?」

「いえ、別に……先輩がフリーなら……と思っただけです」

「は? なにが?」

「だから、もう別にいいです」

「???」


 もしかして、今のでめちゃくちゃ好感度あがったのか?


「なにか?」

「いや……なんでもない」


 こいつどんだけ俺が同族だったのが嬉しかったんだろう……いやだなぁ。ストーカーと同類とか思われるの。

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