第33話  今、辛いこととか……ない?

「んーーーー」


 放課後。俺は自身の下駄箱と睨めっこしていた。これはすごい。丸められた紙や、ホコリが入っている。ゴミ箱の中身を、そのまま下駄箱に突っ込んだら、こんな感じになるだろう。


「これが洗礼か」


 一匹狼を気取っていた小学生の頃にも、似たようなことがあったもんだ。もはや、懐かしさすら込み上げてくる。


「こういうのを見ると、重縄はまだ可愛げがあったな」


 自分の問題点と向き合っているだけ、重縄は立派だ。

 いや、立派か? 我ながら、感覚が麻痺しているようだ。


「おーこれはまた、陰湿だねぇ」

「ん?」


 声に反応して隣に目を向けると、姫金が俺の下駄箱を覗くように見ていた。いつまにいたのだろうか。まったく気が付かなかった。


「噂、聞いたよ? 大丈夫?」

「姫金も俺の噂を聞いたのか?」

「うん、女子トイレに入ったって」

「それ聞いて、どう思った?」

「ついにやりおったか」

「……」


 あ、俺の信用ってゼロなんや。


「実際のところ、どうなの?」

「入った」

「んーーーー」


 姫金にジト目を向けられてしまった。


「まあ、いいけど。なんかやむを得ない理由があったんでしょ? 手綱くんのことだからさ」

「……」

「なんで入ったのか、教えてくれないの?」


 皇にトイレットペーパーがないから届けて欲しいって言われたんだよ~。などと言えるはずもない。そうすると、皇が女子トイレに入っていたことを話さないといけなくなる。


「入りたかっただけだ」


 そう答えると、姫金は「ふーん?」と肩を竦めた。


「人には言えない事情ってことね……いや、手綱くんならあるいは、本当に……?」

「……」


 日頃の行い(以下略)。


「まあ、いいや。どう? 今、辛いこととか……ない?」

「大丈夫だ。今のところは」

「下駄箱、こんな状態なのに?」

「こんなのは挨拶みたいなもんだろ?」

「手綱くんは今までどんな経験をしてきたの!?」

「というか、俺と話をしていていいのか? こんなところ、他のやつに見られたら」

「うん? 別に大丈夫だよ。あたし、手綱くんと違って人望があるから」

「さいですか……」

「だから、あたしもちょっとは力になれると思う。あたしの方から、手綱くんの噂はデマだって、ちゃんと言っておくから。それと、噂の出所もそれとなく探っておくし」

「女子トイレに入ったのは事実だ。そんなことする必要はない」

「あ~もしかして、女の子に助けてもらうのは、かっこ悪いとか思ってるんじゃないの? そういうのは逆にダサいから、やめた方がいいと思うなー」

「いいや、ダサくない。かっこいいだろ」

「あ、本当に助けてもらうのが、かっこ悪いって思ってたんだ……」

「別に助けようなんて、してくれなくてもいい。俺の方でなんとかするから」

「あたしが助けたいから助ける。だから、手綱くんの指図は受けないから」

「どうしてそこまでする?」

「手綱くんには、皇くんのことでたくさんお世話になったでしょ? これくらいは恩返し、させてよ」

「世話ってほどのことはしてないと思うが」

「あーもう! とにかく、手綱くんは黙ってあたしに助けられてばいいの!」

「断る」

「頑固だなぁ!?」

「だって、女子に助けられるのはかっこ悪いから」

「まだ言ってるよこの男!?」

「そもそもの話、俺が本当に女子トイレでやましいことをしていたら、どうするんだ? そんな男でも、お前は助けてくれるのか?」

「それは滅んじゃった方がいいと思うよ」

「……」


 怖い。目がマジだ。


「でも、手綱くんはやましいことなんてしてな――してないよね?」

「途中で、疑わないで信じきってくれ。頼むから」

「日頃の行い」

「反省してます」

「あはは。まあ、あたしは手綱くんのこと、そこそこ信じてるから」

「そこそこ、なのか」

「そうそう、そこそこ。だから、理由とか話せなくても、ぜんぜんいいから」

「……」


 姫金若菜――なるほど、こいつは本当にいいやつだ。俺は改めて、こいつがモテモテなことに納得した。


「でも、やっぱり助けなくていいからな。かっこ悪いから」

「まだ言うかこやつ」


 ……。


「……手綱くん」


 おや?


「あれ? どうかしたの? 手綱くん?」

「ああ、いや……姫金、今俺の名前を呼んだか?」

「え? 呼んでないけど?」

「そうか……」


 姫金以外に、俺を「手綱くん」と呼ぶのは1人しかいない。今、たしかに俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。ということはだ。


「皇……?」


 しまった。もしも、皇にこの下駄箱の状態を見られていたら、絶対責任に感じる。

 あまり気にしすぎて、変なことをしでかさなければいいが……あいつは熱くなるとちょっと周りが見えなくなるところがあるからな。


 サッカーの時みたいに、ブチ切れたりしたら――。


「手綱くん? さっきからどうしたの?」

「あ、ああ、なんでもない」


 姫金に声をかけれて現実に引き戻された俺は、ひとまず姫金と一緒に汚された下駄箱を片付け、帰路についたのだった。

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