第4話 連絡先交換しないか?

「なあ、手綱」

「なんだ冴島」

「お前、彼女とかできたのか?」

「は?」


 冴島が唐突に、変なことを訊いてきた。


「なんだよ藪から棒に」

「いや、なんとなくなんだけど……前に来たよりも部屋が綺麗になってるからさぁ」


 現在時刻は放課後。

 本日は、冴島に誘われて、俺の部屋で一緒に新作のゲームをプレイしている。


 男同士、肩を並べて21インチモニターの前に座っているさまは、傍から見ると仲良く見えるだろうか。実際は、ゲームの中で蹴落とし合い、限られたアイテムを奪い合っているのだが――ともかく。


「女ができないと、男は部屋を綺麗にしちゃいけないのか?」

「そうじゃなくてなぁ。なんか、色気づいたような感じがして」

「色気……?」


 皇の部屋と同じ間取りで、白色を基調としたベッドに、黒の勉強机と本棚。実のところ、先日皇の部屋にお邪魔した際に、彼女の部屋のレイアウトが「かっこいい」と思って、真似したくなったのだ。


 そこで、皇にどこで家具などを購入したか尋ねたところ、「ちょうどあまってるから」といくつか使われていない家具を譲り受けた。


「なんだろうなぁー? この部屋から、女の気配がするんだよなぁー」


 恐るべき冴島の嗅覚。いや、よく考えたら皇が女って気づかないから、ぜんぜんバカ鼻だったわ。


「気のせいだよ気のせい。ほら、ゲームの続きをしよう」

「その前に、ちょっと空気の入れ替えしようぜ?」


 そう言って、冴島が窓を開けようと立ち上がる。


「ん? なにしてんだお前?」

「あ、ああ……いや……」


 気づいたら俺は、冴島の前に躍り出ていた。

 こっちの窓を開けられるのは、とてもまずい。


「あ、あっちの窓を開けたらいいんじゃないか? うん。絶対その方がいいと思うぞ?」

「いやいや、空気を入れ替える時はな? 空気の通り道を作るのが大事なんだぜ? だから、窓が2つあるんだったら、両方開けた方がいいんだ」

「ほう、そうなのか。だが、こっちはちょっと……」


 ふと、カーテンの隙間から窓の向こうを見ると――。


「~♪」


 上機嫌にビキニを着た皇がいた。部屋に置かれた姿見の前で、ポージングまでしている。物理的に聞こえないが、絶対に今鼻歌を歌っていることだろう。


「皇のやつ……水着を着れたことが、そんなに嬉しかったんだなぁ……」

「ん? なんか窓の外にあるのか?」

「いや、なにもないが?」

「え? でも今、窓の外を見て……」

「なにもないが?」


 あのバカが! 先日、俺に見られたことを忘れてるのか!?

 ここで皇の正体を冴島に知られるわけにはいかない。なんとかしなくては。


「……」

「……」


 俺と冴島は窓の前で睨み合い――先に動いたのは冴島からだった。


「とう!」

「っ!」


 窓の外を見ようとする冴島の視界を俺が塞ぐ。冴島は諦めず、2度、3度と同じ行動を繰り返すが、すべて防いだ。


「はは~ん? なにかそんなに見られちゃまずいものがあるのかぁ~?」

「別にないが!?」

「絶対ある反応じゃん」

「……」

「分かったよ。そこまでして見られたくないなら、諦めるよ」

「冴島……ありがとうな」

「いいってことよ。俺たち、友達だろ?」


 どうやら、俺はいい友達を持ったらしい。


「と、言うとでも思ったかぁー!」


 シャッ!


 皇の正体を守っていたカーテンが、冴島の手によって勢いよく開けられる。


「さ、冴島!? 友情はどこに行ったんだよ!?」

「時には、友情を捨てる覚悟も必要だろ?」


 少なくても、今はそのタイミングじゃないだろ。


「さーて、なにがあるのかなぁ~? って、なにもないじゃんか」

「……」


 皇の方を見ると、カーテンが閉められていて、彼女の部屋を見ることはできなくなっていた。

 俺が冴島と格闘している間に、皇が気づいて閉めたのだろう。もっとはやく気づいて欲しかった。


「ちぇぇーつまんなー」

「はあぁああぁぁあぁぁ……」


 こうして、なんとか事なきを得た。

 翌日、俺は皇に「もっと危機感を持て!」ときつく言っておいた。



「遅いな」


 放課後。

 皇が興奮したようすで、「今日ボクの家に来てくれないかい!?」と誘ってきた。特に用事もなかったので、頷いたのだが「ごめん! 今日日直だったの忘れていた! 校門で待っていてくれないかい?」とのこと。


 そういうわけで、校門で待ちぼうけしているのだが……。


「まだかなぁー」


 日直の仕事なんて、教室の掃除と学級日誌ぐらいのはずだが、すでに30分ほど待たされている。なにかあったのだろうか?


「それにしても、あんな興奮して、一体どうしたんだろうなぁ」


 皇が俺を家に招く用事といえば、例の件に間違いないだろうが。


「ちっ……あの転校生、調子に乗りやがって……」

「ちょっと顔がいいからって、女子にチヤホヤされてよ」


 ふと、2人の男子生徒が校門を通り過ぎていった。なにやら皇が、モテモテなことについて文句があるようだ。


「まあ、たしかに……今日も学年問わず、うちの教室まで女子たちが、皇を一目見ようと集まってたもんなぁ」


 男なら、少なからず妬んでしまうのも無理はない。皇の正体を知っている身からすると、なんだか複雑な気分だが。


「というか、ほんとぜんぜん来ないな……仕方ない。探しに行くか」


 一体どこへいるのやら。

 やれやれと肩を竦めて校舎へ戻ると、思いのほかはやく見つかった。


「あ、あの……! あの時は……助けてくれて本当にありがとう! なにかお礼させてくれない?」

「いや、ボクは当然のことをしたまでだよ。気にしないで?」


 西校舎と東校舎の間にある中庭。そこで、皇と女子生徒が、なにやら話し込んでいた。


 毛先へ向かうにつれて赤みがかるようグラデーションされた、腰まで伸びたロングストレートの金髪。やや赤みがかった瞳は、カラーコンタクトでもしているのだろうか。


 目元にはアイシャドウ、口にはリップグロスと、化粧された端正な顔立ちをしている。もしも、顔面偏差値とやらが目に見えて分かるなら、皇と同じくらいの値になるだろう。


 着崩された制服から、健康的な鎖骨が見え隠れし、程よいサイズのバストがブラウスを押し上げている。校則で定められているよりも、ずっと短く調整されたスカート丈からは、これまた健康的な生足が、すらっと丸見えになっている。


 耳にはいくつかピアスがあり、真面目な生徒には見えない。

 俺は、そんな彼女のことを知っている。


 たしか俺と同学年で、学校1の美少女とも呼ばれている女子生徒だったか。

 名前は――忘れた。

 

「それじゃあ、ボクはそろそろ帰って……」

「ま、待って! も、もうちょっとだけ……その……」


 どうやら、皇はその学校1の美少女に捕まっているらしい。

 転校早々、男子からモテモテの女子も虜にしてしまうとは。先ほどの男子生徒たちが、悪態をつきたくなる気持ちも分かる気がする。


「その、ボクこれからちょっと用事が……」

「もう少しだけ! もう少しだけ……」


 なるほど、皇をあの子が引き留めているわけか。

 皇も困っているようだし、ここは1つ助け船でも出してやろう。


「おいおい、いつまで待たせるんだよ」

「あ、手綱くん」


 皇は俺に気づくと、少し申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 女子生徒の方は「えっと、たしか」と首を傾げる。


「皇くんと同じクラスの……手綱くんだったよね?」

「え? なんで俺の名前知ってるんだ?」

「やだぁ~同じ学年じゃ~ん。名前くらい覚えてるって~」


 嘘だろ? うちの高校、1学年で300人近くいるんだぞ?

 このニコニコしている女子生徒は、それを全部覚えているというのだろうか。


 なるほど、こういうところがモテモテな理由なのかもしれない。俺とは大違いだ。今も、彼女の名前を思い出せないというのに。


「あーまあ、ともかくだ。悪いけど、皇は俺と先約があってな。ほら、行こうぜ皇」

「あ、うん。それじゃあね?」


 俺が半ば無理矢理、皇を連れていくと「あ……」と女子生徒から名残惜しそうな声が聞こえてきた。

 そうして、予定時刻から大幅に遅れてから、2人で一緒に校門を抜けると、皇は「はあぁ……」とため息を吐いた。


「ありがとう……助かったよ」

「人気者はつらいな?」

「なにそれ嫌味~?」

「なあ、連絡先交換しないか?」

「え?」

「今度またこういうことあったら、困るだろ? 今日はたまたま見つけらたけど、次も見つけられるとは限らないし。入れ違いにでもなったら面倒だ」

「そ、そうだね……たしかにその通りだね」

「ん? どうかしたか?」

「ああ、いや……なんでだろう。男の子と連絡先交換するのなんて慣れっこなのに……君が、ボクのこと知ってるからかな。緊張する……」

「おい、やめろよ。俺だって女の子に自分から、連絡先交換しようなんて言うの初めてなんだから。そんなこと言われたら、なんか緊張しちゃうだろ」

「あ、ご、ごめん」

「……」

「……」


 結局、その後はなんとなく気まずくて、なにもせずにお互いの家へ帰った。

 後日、俺を家に招いた理由を尋ねたところ……。


「新しい水着が着れたんだ!」


 と言ってきた。

 そんな興奮することじゃないじゃん……と、俺は思った。







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